父からの連絡

 父から連絡があったのは、しばらく後の事だった。


「とにかく一度、屋敷に戻れ。話がある」


 それだけが書いてある手紙が届いた。文面から、父がわたしに戻るよう伝えたのは初めてではない事が読み取れる。


 エルダー様に手紙を見せると深いため息をついた。


「君の耳には入れたくない、嫌な話が出ている。御父上から、君を戻すよう言われた事はあるけど断った。――念のために聞くけれど、君はここを出て御父上の家に帰りたいとは思わないよね?」

「絶対に戻りたくありません」


 エルダー様は少しだけ安心したような顔になる。


「うん。それならいい。もしまた御父上から手紙が来たら、僕に見せてもらっていいかな」

「はい、返事は⋯⋯」

「君が返事をしたくないなら、しなくていい」


 ここ最近エルダー様が不機嫌そうな顔でお帰りになることが多かった。すぐにいつもの様子に戻られるけれど、わたしの事で父から不愉快になるような働きかけがあったのだろう。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 こんなに良くして頂いているのに、わたしは迷惑しかかけていない。申し訳なくて消えたくなる。


 エルダー様は、わたしの目をしっかり見て言う。


「僕が、僕の家族を守るのは好きでやっていることだ。迷惑だと思う事は絶対にない」


 優しいエルダー様。わたしは妹と思って頂いている以上の気持ちを求めてしまうのに。


 罪悪感が増す。でもそれに気づかれないように笑顔を作る。


「ありがとうございます」


 父が強硬手段に訴えたのは、それから更に数日後だった。


 昼下がりに庭でブッテさんと花壇の手入れをしていた。冬に向けて土に栄養を与えて耕したり、霜から根や新芽を守るために落ち葉で覆ったりする。


 今日はミネオラはアベル様のところに出かけていていない。エルダー様が今日は早めにお戻りになるとの事だったので、バードやエマたちは忙しそうに仕事に精を出している。


 突然、門の辺りが騒がしくなり見知らぬ男性が数人、門の警備をしている使用人と言い争いをしている。


 バードが何事かと屋敷から出て来た。


 ブッテさんとわたしは、遠目にそれを見守る。


「ずいぶんと偉そうに振る舞う方々のようですが、どなたですかねえ」


 ブッテさんは庭にいることが多いため大抵の来客の顔は覚えているらしい。そのブッテさんも一度も見たことが無い人たちらしい。


 気になって良く見ようと数歩進んだところで、門の所に留めてある馬車の紋章が目に入った。


「お父様の⋯⋯」


 わたしが父に応じないので直接迎えを寄越したのだろう。


「旦那様からお許しが出ていません」


 バードが懸命に止めている。


 その時、男たちがわたしの姿を目に留めこちらに歩いてきた。慌てて室内に戻ろうとするが、時すでに遅く、あっという間に囲まれてしまう。


「御父上がお呼びです。私たちと一緒にお戻り下さい」


 言葉は丁寧だが有無を言わせぬ物言いだ。


「旦那様にご相談致しますので、本日はお引き取り下さい」


 負けずに答えたが引き下がる様子はなく、衝撃的な事を告げられる。


「ピオニィ様とエルダー・バーシュ殿の婚姻は成立していません。あなたはこの家とは縁もゆかりもありません。御父上の元にお戻り下さい」


(婚姻が成立していない?)


 神殿で儀式を行ったはず。法的な手続きの方で何かがあったということだろうか。バードに視線を投げると、何のことだか分からない、といった様子だ。


 わたしが混乱しているうちに男たちはわたしの腕をつかみ、馬車に乗せようとする。バードと門番とブッテさんまで慌てて止めようとする。


「これ以上、邪魔だてをすると当家のお嬢様を不当に監禁していると衛兵に訴えることになりますが。――ピオニィ様、それでもよろしいですか?」


 ただの脅しにしては真に迫っている。もし婚姻の不成立が本当なら、父がわたしの新たな使い道を決めていたとしたら。宰相である父の力をもってすればバーシュ家を困った状態に追い込むことは可能だろう。


 馬車に乗ったら、もう二度とここには戻れないはずだ。それでも覚悟を決める。


「承知いたしました。バード、わたしは行きます。これまでのご厚情、心から感謝しています。エルダー様にもその事だけお伝え頂けますか?出来れば、直接お礼を申し上げたかったのですが⋯⋯」


 馬車に押し込まれる間に、わたしはそれだけを何とか伝えた。


 あっという間に馬車はバーシュ家の屋敷を離れていく。遠ざかる屋敷をしっかり目に焼き付ける。ほどなくして見えて来たのは、見慣れた⋯⋯父の屋敷だった

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