秋の訪れ

 改めてエルダー様の仲立ちでアベル様とミネオラが話をして、ふたりは結婚する意志を固めた。オークリー家とバーシュ家の間で話が順調に進んでいる。


 リンデル様とリリー様の結婚も認められた。


 ミネオラによると、リリー様のご実家の体面を慮って先にリンデル様とリリー様の婚姻を進め、落ち着いた頃にアベル様とミネオラの婚姻を進めることになった。


 ミネオラは今すぐ領地に戻るよう父母から言われているらしいが、とにかくアベル様と離れたくないと戻ろうとはしない。間に入って婚約の手続きを進めているエルダー様がとても困っていた。


 色々と落ち着かないので訓練はお休みしている。


 久しぶりに屋敷に来たアベル様のミネオラに対する態度には本当に驚いた。恋人たちの甘い甘い空気に、同席するエルダー様とわたしの方が赤面してしまう事もある。


 エルダー様によると、妹が愛されているのは嬉しいけど相手が親友というところに複雑なものがあるらしい。


 親友と言えば、アベル様の方も初めはミネオラの容姿がエルダー様と似ている事にひっかかりがあったそうだ。でも『お兄様の方が私に似ていると思えばいいのよ』とミネオラが言い切っていた。


 長椅子にぴったりくっついて座り、『ね?』とアベル様を見上げ、アベル様が照れくさそうに赤くなる。


 凛とした騎士という雰囲気のアベル様も素敵だったけど、ミネオラに骨抜きにされている姿も愛らしくて素敵だ。ともあれ、ふたりはとても幸せそうだ。


 図書室で本を広げるエルダー様に聞かれた。


「君は、前からミネオラの気持ちを知っていたの?」

「いえ、全く。あの時みなさんと同じように驚きました」


 いつも一緒にオークリー邸に行っていたのに、全然気が付かなかった。いつから好きだったのかミネオラに聞いてみたけれど『気が付いたら好きだった』とのこと。


 ミネオラにも『この人が好きだな』の瞬間があったのだろうか。


 そんな事を考えていたので、図書室にエルダー様とふたりでいることを急に意識してしまった。恋を自覚してからは、近づきすぎると緊張してしまう。本を一緒に見る時も少し離れるようにしていた。


 『妹のような家族』として置いて頂いているのに一方的にこんな感情を持っていると知られたらエルダー様は迷惑だろう。優しい方だから、お困りになるはずだ。


 もしエルダー様が誰かに恋をして、その方を本当の妻として迎えたら。考えるだけで、胸が痛くなる。


 外から風が入り、金木犀の香りが漂う。春になったばかりの頃にこのお屋敷に来てから、あっという間に季節が過ぎた。


 居心地が良くて先延ばしにしてしまっていたけれど、ここを出て自分で生きて行くことをいよいよ真剣に考えるべきだ。


 バーノルド先生には、結局、相談できずじまいだった。今度、エルダー様のお許しを得て図書館に行って、トマに働き口について相談してみようか。もしかしたら、正式にコリーナ商店で雇ってもらえたり⋯⋯はさすがに甘えすぎだろう。


 本を開いたまま、ぼんやりしてしまっていたようだ。いつの間にか、エルダー様がすぐ近くに立っていた。


「あのさ、」

「わ!」


 驚いて本を落としてしまう。慌てて拾おうとしたが、先にエルダー様が拾ってくれた。


「ありがとうございます」


 受け取ろうとしたがエルダー様は本を持ったまま、少しだけ困った顔になった。何かを言いあぐねているようだった。


「最近、君の所に御父上や、誰かから連絡があった?」


(誰かからの連絡?)


 記憶を探ってみる。


「えっと⋯⋯あ、先生。バーノルド先生から、先週お手紙を頂きました」


 先生は外国のあちこちを巡っているので、こちらから連絡するのは難しいけれど、先生の方からたまに手紙を送ってくれる。国のお仕事をしているので、王宮時代には仕事の手紙の中に、わたしの手紙も混ぜて頂いて先生に届けてもらっていた。さすがに、今の立場でそんなことは出来ない。


 エルダー様は、どうしても連絡したかったら、王宮の伝手で頼めると言ってくれているけれど今のところ無理を言ってまで先生に伝えたいことはない。


「うん。それは、見せてもらったよね、ありがとう。他には?」


 全く思い当たることは無い。


「特に誰からもありませんけれども。⋯⋯何かありましたか?」


 エルダー様がすっと目をそらした。何かがある。


「いや、特に何がということではないんだ。――もし、特に御父上から連絡があったら、僕に教えてもらえるかな」


 父が。また父が何か動いているのだろうか。すっと辺りの空気が冷たくなって体温が下がったように感じる。


 父が怖い。今はエルダー様のおかげで父の言うことを聞かなくても良い立場にある。それでも、幼い頃から染みついた恐怖は抜けない。


 一気にわたしが顔色を失ったことに気づき、エルダー様があわてて笑顔を受かべる。


「ごめん、心配させて。特に何もないんだ。僕が心配しすぎているだけだから」


 エルダー様が本を机に置いて両手を広げた。


「久しぶりに、ぎゅっとしてもいい?」


 わたしは頷いて立ち上がり、エルダー様に抱きついた。


 草原の香り。草や花の香りが混ざった爽やかな香り。エルダー様の香り。


 冷えた心がエルダー様のぬくもりで、ゆるやかに温まる。


 離れたくない。


 いつもなら、ぎゅっとしてすぐ離れるのだけど体が動かなかった。すぐに我に返って体を離そうとしたけど、背中にまわされたエルダー様の腕が離してくれない。


 顔を見上げると、エルダー様の表情には何かを心配しているような切実な色が浮かんでいた。怖くなって、またエルダー様にぎゅっとしがみついた。


(やっぱり、わたしエルダー様が好きだ)


 また胸が痛くなった。

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