続・ある夜、図書室で

 最近、彼女がぎゅっとしてくれなくなった。


 ミネオラが僕に抱きつくのを見て以来、たまに『ぎゅっとしてもいいですか?』と言ってくれるようになっていて、僕の方からお願いした時も屈託ない笑顔で応えてくれていた。


 本当は毎日いつでもぎゅっとしたいくらいだけど、たまにで我慢していた。


 それなのに。


 最近は彼女の方から『ぎゅ』を言い出してくれない。僕がお願いすると少し困った顔をするようになった。ぎゅっとしてくれるけど、すぐに離れてしまう。


 僕は何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか。


 そういえば。


 図書室で一緒に本をのぞきこんだ時にさりげなく距離を取られることがある。やはり僕は何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか。


 ついため息が漏れてしまったのかもしれない、いつもの窓際の机で本を読んでいた彼女が優しく声をかけてくれた。


「どうかされましたか?」

「⋯⋯あ、ごめん。今日は少し疲れたな、と思って」


 彼女は本を閉じて机に置いた。何を言えばいいか少し考えているようだ。


「ね、ぎゅってしてもいい?」


 断られたら心が折れそうだ。でも彼女は少しだけ困った顔をした後に立ち上がってこちらに来てくれた。


 僕も立ち上がり、両手を広げる。彼女はいつものように、ぎゅっと抱きついてから、すぐに身を離そうとする。


(――待って、もう少し)


 とっさに彼女を強く抱きしめてしまった。たちまち、彼女が身を固くするのが分かった。


(しまった)


 慌てて手を離して彼女を見ると⋯⋯


(え?)


 彼女は顔も耳も首も真っ赤にしてうろたえていた。


 そして『今日はわたしも疲れたので』など口ごもりながら言って、さっさと部屋に戻ってしまった。


(逆、なのか)


 もしかして嫌われたのではなく、男性として意識してくれたのか。考えが浮かんだとたん、全身がかっと熱くなった。顔も真っ赤になっているだろう。彼女がいなくて良かった。


 うぬぼれだろうか。でも、さっきの様子は嫌われている感じではなかった。もう『お兄様』から『夫』にはなれないかと思っていた。何があったのか分からないけど嬉しい。


 でもやっぱり、うぬぼれかもしれない、いや違うはず。


 考えて考えて眠れず、僕は朝まで図書室で過ごしてしまった。

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