恋心

 今日は少し心が落ち着かない。庭の隅でミネオラとわたしは<香力>を使って、剣術の練習をしていた。


 ブッテさんにお願いして、草花を傷めないところに人型代わりの杭を打ってもらった。<香力>を使った風でミネオラが杭を剣で打つ邪魔をしてほしいのだそうだ。


 ミネオラが剣を振るのを眺めていると、昨日、エルダー様がアベル様に勝った時のことが頭に浮かんできた。『僕たちの勝ちだ!』とエルダー様が嬉しそうな笑顔でわたしを見てくれた時


(ああ、この人が好きだな)


 エマが言っていたあの言葉が、わたしの頭に浮かんだ。そう思った自分に驚いて、あの時は考えるのをやめてしまったけれど、今朝までずっと頭から離れない。


 エマはあの言葉を思った時が恋の始まりだった、と言っていた。2回も結婚しているけれど、わたしはまだ恋がよく分からない。強く惹かれてその人のことを特別に思う事ということは知っている。


 エルダー様のことは、とても好きだ。優しくて温かい心をお持ちだし、図書室にいるときなどに、子供っぽくムキになるところも、アベル様が言うよう少ししつこいところも嫌じゃない。むしろ、完璧じゃないことに少し安心する。


 先生のことも、とても好きだ。でも先生とエルダー様への感情が同じかというと少し違う気がする。


 陛下のことは尊敬していた。でも、畏れ多くて好きや恋などという感情は当てはまらない。


 トマ、⋯⋯は何か違う。


 他に比べる対象がいなくて、ますます分からなくなる。


「――ピオニィ、ピオニィってば!!」


 ミネオラが呼んでいた。ぼんやりしてしまっている間にミネオラはとっくに剣を下ろしていた。


「もう、風を止めていいってば。⋯⋯どうしたの?ぼんやりして」

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」

「そうなの?何か悩み事?」


 ミネオラがわたしの顔をのぞきこむ。


「いえ、何でもないの。ごめんなさい、今度はどうやって風を吹かせる?」


 もやもやした考えを頭から追い払って、またミネオラの指示通り風を吹かせ始めた。

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