オークリー邸での訓練

 今日はアベル様の屋敷に剣の訓練を受けに行く。


 ミネオラは今朝も庭の片隅で剣の練習をして、ブッテさんが庭を荒らされるんじゃないかと、ピリピリしていた。


 今日はエルダー様も一緒に来るそうだ。3人とも動きやすい恰好をして馬車に乗り込む。


 アベル様の屋敷は王都のはずれにあり、中に広い訓練場を持っている。正確には近衛隊長を務めているアベル様のお父様の屋敷だ。オークリー家は代々騎士の家柄でアベル様もご兄弟もみな騎士だ。


 わたしは王宮の式典で近衛騎士隊を間近に見たことがある。白銀の鎧が輝き、一糸乱れぬ動きをする様はとても美しかった。確か他の王妃とともに隊長のご挨拶も受けた覚えがある。アベル様もいずれお父様の後を継いで近衛隊長になるのが目標なのだそうだ。


 訓練場では既にアベル様が若者たちの訓練を始めていた。10歳くらいの子供から青年まで30人以上いる。


 ここは平民も貴族の子も関係なく参加できるそうだ。平民の子にとって、強い剣士になって騎士に気に入られれば、従者になっていずれ騎士になるという道が開かれる。アベル様たちは、そういう子たちが夢を叶えられるよう無償で手助けをしている。


 アベル様はわたしたちに気が付くと傍らの若者に何かを告げ、こちらにやってきた。


「すまない、訓練の邪魔をした」


 エルダー様が詫びると『気にするな』とエルダー様の肩を叩いて笑った。


「今日は弟もいる。後で挨拶させよう」


 アベル様と弟さんのふたりでここの教官役をやっているそうだ。

おふたりとも、たまに王立学校でも教えるそうで、わたしとミネオラがアベル様にお会いしたのはその帰りだったそうだ。


 若者たちは、木剣を持って素振りをしている。騎士は細身から大振りまでそれぞれ好みは違えど両手剣を使うけれど、習熟が難しいので、まずは小ぶりの木剣で練習を始めるそうだ。


 ミネオラも両手剣を使うには筋力が足りないため、同じような木剣で練習しているらしい。まだ剣士とは言えない若者たちと一緒に練習するくらいが適切、というのがアベル様の見立てだった。


 ミネオラは、さっそく若者たちに混ざって訓練を始めた。


 アベル様が訓練に戻り、わたしとエルダー様はその辺をぶらぶらと見て回った。てっきりエルダー様は訓練に参加するのだと思っていたけど、どうやらわたしと同じく見学らしい。


 訓練場の隅に古い木剣や弓矢が積んであるのを見て思いついた。


「あの、エルダー様。少し試してみたいことがあります」


 エルダー様が興味深げにわたしを見る。


 わたしは木剣を持ち上げて<香力>を注ぎ、地面に立つ打ち込み用の人型に切り付けてみた。


「あきゃっ!」


 剣が飛ばされて、わたしは後ろにひっくり返って地面にしりもちをついた。


「大丈夫?!」


 エルダー様が慌てて、わたしに駆け寄り手を取って立ち上がらせてくれた。


「すみません。ありがとうございます。思ったよりも跳ね返りました」


 <香力>を込めた木剣は遠くまで飛んでいた。拾ってきてエルダー様に手渡す。


「わたし、これに<香力>を込めたんです。剣を鍛造するときに職人が<香力>を込めて強い剣を作ると聞きました。木剣だとどうなるのかと思って」

「ちょっと僕も試してみていい?」


 エルダー様が木剣を軽く人型に当てた。何度か試すように当てた後、思い切り振りかぶって打ち付けた。


 ゴキッッ!という音とともに人型が折れてしまった。


「エルダー様、すごいです!」

「いや、すごいのは僕じゃないな」


 エルダー様はまじまじと木剣を眺めている。


「これは、木剣⋯⋯とは言えない。真剣みたいだ。ピオニィ、どのくらい<香力>注いだの?」

「えっと、そんなに強くは。もう少し注いでみましょうか」


 木剣を受け取って<香力>を注ぐ。


「あ⋯⋯」


 木剣が静かに砕けてしまった。


「限界があるみたいだね」


 エルダー様はしゃがんで、砕けた木片をつまんで観察している。ふたりで、何本かに異なる量の<香力>を注いで試してみる。注いだ量によって剣の強さが変わった。


 <香力>はしばらく剣に残り続けるようなので、誰かが間違えて使わないよう、わたしのリボンを結んで印をつけておく。


 何体か人型を壊してしまったエルダー様は『後でアベルに謝らないとな⋯⋯』と気まずそうな顔をしていた。


「もう1つ、試したいことがあります」


 風で矢を防げるかを試してみたい。先日、王立学校を覗いていてアベル様に見つかった時に弓で射ると言われて怯んで降りた。あの時は、風が矢を防げるのかが分からなかった。本当はどうなのだろう?


 エルダー様に言ってみたら呆れた顔でため息をつかれた。


「戦時中でもあるまいし、普通の女性は射られる危険なんてないはずだけどね」

「でも王宮から脱出するときに知ってたら、見張りの兵のことを気にしなくて良かったわけですし、知っていて損は⋯⋯」


 エルダー様の目が怖いので、口を閉じた。


「⋯⋯でも、気にはなるよね」

「弓矢は打てますか?」


 エルダー様はムッとした顔で弓と矢を持ってくると、構えて弓に矢をつがえた。


「僕は武官を選ばなかっただけで武芸は苦手ではないよ」


 そして、少し先の的を狙う。真剣な目をして弓を構える姿は、物語に出てくる騎士のようだった。少し胸が高鳴る。


 すぐに、エルダー様が矢を放った。


 ヒュッと音がして見事に的中する。


「わ! すごいです!」


 エルダー様は、得意げな顔でわたしを見た。わたしはもう一本、矢を持ってきてエルダー様に渡す。


「次は、わたしが合図したらあの的に向かって打ってみて頂けますか?」


 わたしは的を<香力>を使って風で覆いエルダー様に合図をする。ひゅうと矢が飛ぶ。的に届いたところで矢が静止し、的には刺さらない。風を止めると、矢は地面に落ちた。


「へえ、矢も防げるんだね。確かに、いざという時は使えるね」


 そして慌てて言いなおす。


「⋯⋯違うな、使う機会なんてないはずだった」


 風の力を強めたり弱めたりして、これもふたりで色々と試す。だんだん楽しくなってきた。


「僕、やってみたいことがあるんだけど、いいかな」


 エルダー様がいたずらを思いついたような顔で笑う。こういう顔はミネオラとそっくりだ。



「何をやっているんだ?」

エルダー様が思いついたことをふたりで試して練習しているとアベル様が様子を見に来た。エルダー様は待ってました、とばかりにアベル様に挑戦的な瞳を向けた。


「アベル! 僕と勝負しよう!」


 アベル様は呆れたような顔をする。


「何を。学生時代にだって俺に勝てた事ないのに、馬鹿な事言うな」

「いや、僕は絶対に勝てる自信がある」


 エルダー様が不敵な笑みを浮かべて、アベル様に木剣を向けた。


「奥方の前で恥をかくぞ」

「悪いが、君は現役の騎士だ。だから、ハンデをもらう」

「お前、⋯⋯ずいぶん一方的だな」


 言いながらも、アベル様は付き合ってあげる気になったらしく、木剣を受け取った。


「どういうハンデが欲しいんだ?」

「僕はピオニィの助けを借りる」


 エルダー様がわたしの顔を見てうなずく。わたしも、しっかりうなずく。


「え? 奥方の?」

「ピオニィの<香力>を使わせてくれないか?」


 アベル様は「いいだろう」とにやりと笑った。


「ここは足場が悪い。あっちでやろう」


 アベル様は訓練の邪魔にならない、端の広いところに移動した。


 王立学校の訓練でも、同じように木剣を使って模擬試合を行っていたそうだ。エルダー様は一度もアベル様に勝てたことがなく、いつも悔しい思いをしていたそうだ。


 アベル様とエルダー様は向かい合って立ち、わたしは少し離れたところに立つ。


「面白いわね。何たくらんでいるの?」


 ミネオラがわくわくした顔で、やってきて、わたしを見る。


「秘密よ。アベル様と一緒に驚いて」


 アベル様は弟に立ち合いを頼んだ。


「先に『降参』した方が負けです。エルダー殿には兄に対するハンデとして、奥方の助勢を認めます。では⋯⋯はじめ!」


 ふたりがお互いの様子を見るように間合いをとって剣を構える。

わたしはエルダー様からアベル様の方に風を流した。アベル様は向かい風に立ち向かうことになる。


 エルダー様がアベル様に打ちかかる。アベル様は難なくそれをかわし、エルダー様に反撃しようとする。そのタイミングで、わたしはアベル様の足元の土を崩す。アベル様がバランスを崩すが、すぐに体勢をたてなおす。そこに再びエルダー様が打ちかかる。アベル様は受け流そうと剣で受けた。


「うわっ! なんだ、その剣?!」


 アベル様は、受け止めきれず剣を落とした。そこにエルダー様が打ちかかったが、すばやくエルダー様の懐に入ったアベル様が腕でエルダー様を押しのけた。


「くっっ!」


 エルダー様が倒れずに踏みとどまる。


  アベル様がすばやく剣を拾おうと身をかがめたところで、わたしは風向きを変え、アベル様の上から風を吹かせ負荷をかける。一瞬、アベル様が起き上がるのが遅れた。そこを狙ってエルダー様が打ちかかる。


 アベル様は一歩身を引いて立ち上がると、打ち損なった体勢のエルダー様に剣を向けて振りかぶった。エルダー様が素早く体勢を戻し、そこに打ち下ろされた攻撃を木剣で受ける。


「くあっ!」


 アベル様の木剣が吹き飛んだ。そこに、エルダー様が木剣をつきつけた。


「⋯⋯降参」


 アベル様が両手を顔の横にあげた。


「でも、これは、ずるいだろう。助勢が強すぎる」


 アベル様がわたしの方を恨みがましく見る。


「僕は騎士じゃないからね。正々堂々としていなくても、勝てればいいんだ。これで、やっと君に勝てたな!」

「お前、ずっと根に持っていたのか? 本当に負けず嫌いだし、しつこいな」


 エルダー様はアベル様の言葉なんて耳に入らないかのように、勝ち誇っている。


「やったね、ピオニィ! 僕たちの勝ちだ!」


 おかしくなってミネオラを顔を見合わせて、くすくすと笑った。


 アベル様の弟がこちらに歩いて来る。


「弟のリンデルだ」


 アベル様も大きいがリンデル様はもっと大きい。母が違う2人は全然似ていない。リンデル様は黒髪の短髪でガッシリしている。腕なんて、わたしの3倍くらいありそうだ。


「今のは、エルダー様と奥方の<香力>ですか?」


 エルダー様の木剣に興味を示す。


「俺も、その剣が気になった。<香力>を込めたのか。打ち込んだ時の重さが木剣とは思えない。本物の剣よりも強いかもしれない。驚いた」

「いくらか試したが<香力>を入れすぎると危ない。今は少しだけ注いでもらっている」


 エルダー様がリンデル様に木剣を渡した。リンデル様は、自分の持っている木剣と打ち合わせてみたり、手でたたいてみたりして観察している。


「後は風を吹かせて足場を崩したの?」


 ミネオラが私に尋ねる。


「うん。少しだけ。動き回る人に合わせるのは難しかった。やりすぎると怪我をさせてしまうし、もう少し練習しないと」


 下手なことをするとエルダー様の足を引っ張ってしまいそうだった。事前にどういう風に助力をすれば良いか、ふたりで相談して少し練習した。それでも、思っていたことの半分もできなかった。


「なるほどね。自分で<香力>を使うのは難しくても助勢してもらう、というのは良い考えかもしれないな」


 アベル様とリンデル様が2人でうなずいている。


 ミネオラが別の木剣に<香力>を込めてみたが、全力で込めても先ほどエルダー様がアベル様と戦った時ほどの力が木剣には入らない。<香力>があれば、誰でも出来る事ではないようだ。


 その後、ミネオラ、アベル様とリンデル様が交代で、わたしの助力付きで何度も戦いたがり、わたしも動きに合わせた操作が上手く出来るようになってきた。


 もっと、もっと、と頼まれるけれど、さすがに夕方頃には疲れてしまったので、お終いにさせてもらう。<香力>は無限ではなく、体力のように使いすぎると疲れて眠くなってしまう。


 アベル様とリンデル様が若者たちの訓練でも<香力>を使ってみたい、とおっしゃるので次回もミネオラと一緒に参加させてもらうことにした。


 ミネオラは、明日は庭でやりましょうと言っていたけど、絶対にブッテさんに怒られる気がする。

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