ある夜、図書室で

 夕食後のひととき。僕とピオニィは図書室でおしゃべりをしたり、読書をしたりして過ごすことが多い。


 お互いに読んだ本の感想を話したり本を薦め合ったり。本とは全然関係ないことも話す。


 もちろん僕は読書よりもピオニィと過ごすのが目的だ。最近ずっとピオニィにべったりしているミネオラは読書が嫌いだから、ここには寄り付かない。


 ここならピオニィを独り占め出来る。だから、仕事がどんなに忙しくても必死で時間を作ってここで過ごす。僕はこの時間があれば、どんな辛い仕事でも頑張れる。


 今日のピオニィは、心ここにあらず⋯⋯といった様子だったので、きっと読みかけの本に意識が向いているのだろう。僕も読みかけの本を持って長椅子に座った。


 てっきりピオニィもお気に入りの窓際の机に向かうかと思ったら僕の隣にすとんと座った。


「ん? どうしたの?」


 こんな風に、寄ってくるなんて珍しい。


「あの⋯⋯」


 ピオニィが何か言いかけて、口ごもり、目を泳がせている。


(え、何だ? 言いにくいこと?)


 外で仕事をしてみたり練習場を覗いてみたり、割と突飛な事をする人だ。何を言い出すかドキドキしながら続きを待つ。


「えっと、エルダー様」

「はい。」


「⋯⋯ぎゅっとしても、いいでしょうか」


「は?! え?! ――ぎゅ?!」


 あまりに予想外の言葉で思考が飛んだ。


(え? え? え?)


 ずいぶん間抜けな顔をしているであろう僕を見てピオニィが慌てふためく。


「い、いきなり不躾なことを言って、申し訳ありません! やっぱりいいです。ごめんなさい。忘れてください!」


 ピオニィが耳まで真っ赤にして、逃げるように長椅子から立ち上がった。


(まずい、せっかくのチャンスが!)


「ごめん! ちょっと待って、驚いただけだから!!! もちろん、いいよ! こ、これでいい???」


 立ち上がって両手を広げてみる。顔が熱い!


 ピオニィがちょっとためらうそぶりを見せた後、僕の方にたたっと寄ってきて、ぎゅっと抱きついた。花束を抱きしめたかのように、甘い香りがたちのぼる。


(なんだ、これ。幸せすぎる⋯⋯!!)


 ついに僕の想いが伝わったのか。嬉しい、何がおこったんだ!


 僕も抱きしめて良いのかどうか迷っているうちに、ピオニィは離れてしまった。そして僕の顔を見上げて嬉しそうに笑う。


(ああ、今日もかわいい)


「ありがとうございます! ミネオラが、エルダー様にぎゅっとしてるの見て少しうらやましかったんです。先生は大人になってからは、ぎゅっとさせてくれないですし。前にお兄さんだと思って、っておっしゃって頂いたので、もしかしたら⋯⋯って。」


(兄⋯⋯?)


 僕の衝撃が顔に出てしまったのか、ピオニィが慌てる。


「ごめんなさい、妹じゃないのに。ごめんなさい、変ですよね」

「いや、か、家族だから当然いいんだよ! ほらミネオラだって、エマだって君とぎゅっとするでしょう? 僕が君とぎゅっとしても、全然おかしくないよ」


 いいんですか?とほっとしたような顔をするピオニィに向かって、もう一度、腕を広げてみせる。彼女は恥ずかしそうにぎゅっと抱き着いてくれた。僕も彼女の背中に手をまわす。驚かせないように、怖がらせないように、そっと。


 恋心としての『好き』じゃないのは残念だけど、どんな形の『好き』でも幸せだ。僕の『好き』も、いつか彼女にちゃんと伝わるといいのだけど。

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