トマの家族

 コリーナ商店での仕事は順調で、日を重ねるごとに教わらなくてもこなせる事が増えてきた。書類だけでなく、お礼やお願いの手紙も任せてもらえることがある。手紙の向こうの会ったこともない相手を想像すると、自然と胸が高鳴る。わたしの小さな世界が広がったように思えた。


 フィオナ様や書類や手紙を受け取る従業員にお礼を言われると、うれしくて背中がこそばゆくなる。役にたてているなら嬉しい。


「そろそろ、お茶にしましょう」


 フィオナ様とのお茶休憩も毎日の楽しみの一つだ。フィオナ様のこと、お店の事、世界のこと、いろいろなお話を聞かせていただける。


 フィオナ様は裕福な商人の家で生まれ育ち、何不自由ない暮らしをしていたそうだ。そのころ実家の店に出入りしていたトマのおじい様は、まだコリーナ商店を立ち上げたばかりで、食うや食わずの生活をしていた。愛し合うようになった二人だけれど、当然両親は可愛い娘に苦労をさせたくないと二人の仲に反対し、おじい様も店が軌道に乗るまでは一緒になれないと覚悟していた。


 でも、フィオナ様は二人で一緒に苦労することに価値がある、と家を飛び出してしまったそうだ。『ありふれた話よ』と遠い目をする。残念ながら、おじい様は数年前に亡くなってしまったけれど、一緒に苦労した日々の想い出があれば寂しくないと、少し切なそうな顔で話してくれた。


「辛いこともたくさんあったけど、あの方と苦労を分かち合ったことを後悔していないの。私を頼ってくれることが何よりの喜びだったから」


 先生が言っていた『大切に想う気持ちに、見返りは必要ない』という言葉を思い出した。わたしは先生に頼りっぱなしだけど、もし先生がわたしを頼ってくれたら嬉しく思うだろう。どんなことでも出来ると思う。


(エルダー様だったら?)


 分からない。頼ることも、頼られることも上手く想像できない。


 フィオナ様は考え込んでしまったわたしを気遣うように微笑んだ。



 ある日、仕事をしている部屋に見慣れない女の子が入って来た。


「おばあ様、すこしお邪魔します」


 女の子はわたしの目の前までくると好奇心いっぱいの瞳で私を見て私の手を取った。


「私、レイラです。兄がいつもお世話になっています!」


(トマの妹さん!)


 よく見ると、目元がそっくりだ。わたしは慌てて立ち上がってお辞儀をした。


「ピオニィです。こちらこそ、おばあ様とお兄様に大変お世話になっています」


 レイラさんは『へえ』とか『ふうん』と言いながら、わたしの全身をチェックした。フィオナ様は私たちの様子をにこにこしながら見守っている。


「いつも大切なお洋服を貸して頂いてありがとうございます」


 トマがいつも仕事用の服として持って来てくれているのは、レイラさんの洋服だ。可愛い服ばかりでありがたく着させて頂いている。


「サイズが合っていて良かった! あなた美人だから、私よりも良く似合ってる。お兄様があんなに張り切るのも当然ね」


 美人なんて言われ慣れないから、お世辞だと分かっていても恥ずかしくなってしまう。


「それに最近はね、あなたも着るんだからって、新しい服を買ってくれるの。ここぞとばかりに高い服を買ってもらってるから、逆にお礼を言いたいくらい」


 トマ、そんな気を遣ってくれていたのか。わたしは好きで仕事させてもらっているから気にしなくていいのに。


 フィオナ様が使用人に言いつけたお茶が運ばれてきた。今日はレイラさんも囲んでのお茶休憩だ。レイラさんもトマと一緒にお店を手伝うのが夢らしい。トマから妹さんの話は何度も聞いていたけれど、図書館には来ていなかったから会うのは初めてだった。


 トマのお父さんには2人の妻がいて、トマとレイラさんは母が違う。お母さん同士はとても仲が良いけれど教育方針は少し違うらしい。レイラさんは、図書館に通う兄がうらやましかった、と言う。


 話がはずみ、いつもよりも長めの休憩になってしまった。『そろそろ仕事に戻りますよ』とのフィオナ様の言葉でレイラさんが腰を上げた。


「ね、ピオニィさん。お兄様と結婚して、うちにお嫁に来てくれない? 私、あなたと仲良くなりたい」


 レイラさんがわたしの手をぎゅっと握って、熱心に言ってくれる。戸惑うわたしを助けようとフィオナ様が苦笑して間に入ってくれた。


「レイラ、ピオニィさんはご結婚されているのよ」

「ええーっ」


 レイラさんは、不満そうに口をとがらせた。


「残念。ピオニィさんみたいなお姉さんが欲しかったあ。もし、だんな様が嫌になったら、いつでもうちにお嫁に来てくださいね。お兄様も喜びますから」


 トマは喜ばないと思うけど、レイラさんの気持ちは嬉しい。


「私が来たことは、お兄様には内緒にしてくださいね」


 レイラさんはまた風のように去っていった。


「騒々しい子でごめんなさいね。トマとレイラは二人きりの兄弟だから、とても仲がいいの。最近はトマがあなたの話ばかりするものだから、気になったのでしょうね」


 仕事のためと聞いてはいても、兄が女性を連れて来たら気になるものらしい。フィオナ様、トマ、レイラさん。お互いを思いやる温かい関係が垣間見えて、優しくて真っ直ぐなトマらしい家族だと思った。

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