屋上ラブコメ観察者はくだらない

藤前 阿須

1day.尾山淳太は観測者

 キーンコーンカーンコーン

 授業終わりの昼休みの時間に僕は決まって屋上に移動する。うちの高校は珍しく屋上が解放されている。ただ、そのほとんどが太陽光パネルの設置スペースで埋め尽くされており、僕たちは二重のフェンスで囲まれたたった八畳ほどの広さしかない屋上フリースペースだが、僕にとってはどうでもいい。ただ、屋上があるという事実とある事象が起こりやすいというだけで僕にとっては一番いい場所なのだから。 

 雨の日だろうと雪の日だろうと関係なく、俺はある事象を観測するために屋上に上がるのが俺のルーティンだ。そして今日も今日とてとある事象を、私立青馬森高校の名物風景を拝むことこそが俺の日常なのだ。これは欠かせない。

 屋上の扉の先は快晴の空で眩しかった。




******




「倉賀野先輩。どうしたんですか、こんなところに呼び出しといて?」

「梅岡、大事な話がある。」

「?バスケ部のことですか?まさか辞めたいだなんていう話ですか?それは困りますよ。せっかく骨折から復帰して先輩のプレーを再び応援できるようになったんですからね。」

「いや、そういうのではないんだ。」

「じゃあなんです?バスケ部のマネージャーとしてトップ選手の管理はある程度管轄の内なんですから、相談だったら聞いてあげますよ。」

「いや、相談でもないんだ、梅岡。」

「じゃあなんなんですか?さっきから先輩、変ですよ?いつもはハキハキ喋るのに、今日はなんだかゴニョゴニョしているような気が……。」

「……クク。確かにな、なんかオレらしくないな。よし!」パチン

「そうですよ。それくらいの覇気がないとこっちが困っちゃうんですからね。まったく〜。」

「〜ふぅ。梅岡白奈!」

「ひゃい!……なんですか、いきなり。調子狂うなぁ。」

「オレと、付き合ってくれ。」ガシッ

「……へ?」

「お前のことが好きだ。オレは梅岡白奈のことが好きなんだよッ!!」

「え?ちょっ?まじ?え?どうして私なんかに?」

「オレが試合で怪我をした時、真っ先にお前はオレの元に来てくれたよな。」

「あ、あれはたまたま近くにあることが多かったからで……。」

「骨折してバスケができないとき、お前はいつもその日のバスケ部の話を俺にしてくれたよな。」

「あれはマネージャーとしてチームの輪から外れないように気遣っただけでぇ……。」

「おまけにお前はオレがバスケに復帰できるように励ましてくれたよな!」

「それはだって、バスケができなくてつらそうだったから、励ましたわけでなくて……。」

「ああそうさ。オレに気遣ってお前はあえてバカにしたような口調でオレを罵ったんだろ。」

「……うん。」

「万全じゃないオレがバスケのリハビリをしてた時も陰ながら応援してくれたことも知ってるさ。」

「!知ってたの⁉︎」

「閉門の午後八時まで体育館に残っているオレが無理していないか見守っていたことは最初から気づいてたさ。」

「〜〜もぉう。なんだよ。気づいてたなら声をかけてくれてもいいじゃん。舞台脇に隠れて損したぁ。」

「ハハ。悪い。俺のことを熱心に見つめるもんだからさ。なんか声をかけづらくなっちゃってさ。目は何度かあったんだけどな。」

「あれは偶然か私の幻覚かと思ってたのにまじだったのかぁ〜〜。」

「今度はしっかり隠れないとな。」

「〜〜〜〜ッ!猛反省中ぅ!」

「まぁそのなんだ。お前の気遣いのできるところとか、世話焼きなところとか、怪我してる奴に寄り添える優しさところとか、そういうところをひっくるめて好きなんだよ、梅岡のことが。顔とか体とか髪の匂いとか関係なくな。」

「なんでそこで髪の匂いなんですかー!」

「いやだって、オレ梅岡の髪の匂い好きだからだよ。近づくとほんわりとした甘く爽やかな柑橘系の匂いがしていいなって」

「せ、先輩⁉︎いつもそんなこと思ってたんですか!?」

「オレは好きだぞ、髪の匂い。」

「〜〜〜〜〜〜!♡!!!!」

「それはそうと梅岡。返事を聞かせてくれないか?」

「え!あの、そのぉ、急に言われても出ないんだけど。」

「今でなくてもいいんだ。ただ今日までにお前に伝えたいことは全部伝えたいと思ったから伝えたんだ。」

「……バスケ部に今日、復帰するからですか。」

「そう。だから、今まで散々伝えたお礼以外でお前に伝えたいことは全部伝えようと思ったんだ。願掛けみたいな感じで。」

「そう、ですか。」


「じゃあオレ、教室戻るわ。今日のバスケ部頑張るから応援してよな!」

「……待ってください、倉賀野先輩!」

「!」

「いいですよ、付き合っても。」

「ホントか⁉︎」

「わ、私も倉賀野先輩のことが、いや倉賀野大志のことが大好きでしたぁ!」

「梅岡……。」

「ほ、本当はバスケ部のマネージャーになってすぐあなたに一目惚れしましたァ!ぜ、ぜひお願いしましゅ。」

「梅岡ぁぁぁぁあー!!!!」

「うぁちょ。急に抱きついてくるなんてきいてませんよぉぉ!?」

「ありがとう、梅岡。オレ、めちゃくちゃ嬉しい。」

「ちょっ、先輩の方が身長高いんですから、力緩めて!胸に潰されむぐ。」

「ああ、すまない。」

「んぱぁ。危うく先輩の臭いで倒れ……ハ!そ、そんなことより、先輩もう離してくださいよぉ。」

「もう少し梅岡を堪能したい!」

「!…………んもう、しょうがないですね。付き合ってあげますよ。好きなだけ堪能してください。(ぐへへ)」

 彼らはしばらくの間、お互いに臭いを共有しながら、抱きついていた。




******♪




「うーん?今日はハズレかな。」

 俺は屋上のソーラーパネルの影に隠れて赤の他人の告白劇を見ていた。 

 こうして、屋上のラブコメ観察するのが俺のルーティンだ。今日は告白劇だったらしい。ガッカリだ。

(個人的には、キャキャウフフ展開の方が萌えるんだけどなぁ。)

 あからさまに落胆していると、隣の寝袋からコバルトアッシュヘアの女先輩が顔を覗かせた。

「んぁ、おはよう尾山君。今日はどうなの、面白いの見れた?」

「いいえ、今日はハズレでした、先輩。」

「あー。また、先輩呼びしてるぅ〜!アタシのことは先輩じゃなくて角掛さんね。ツ・ノ・カ・ケ・さ・んだよ。わかった?石頭な尾山淳太くん??」

「わかりましたよ。角掛先輩。」

「あれあれあれれ?おっかしいぞぉ?尾山君がアタシをさん付けで呼んでくれな〜い☆」

「かわい子ぶったって呼び方変えませんよ。」

「はい、そんなこと言う尾山君には罰を与えます。角掛音夢(つのかけねむ)って10回言う刑です。言わないとお尻ぺんぺんします。」

「どんな罰ゲームだよ。今時そんな体罰する親もいないよ。やめなさい。」

「そんなこと言ったって10回言うまでお尻を触り続けるもん。」

「いや趣旨変わってない!?とにかくその右手を止めて。」

「いやよダメ。尾山君が変態行為をしてくるぅ〜。」

「だからそんなことしませんってばぁぁぁぁぁぁ。」

 俺は角掛先輩を自分から押して遠ざける。

「ちぇ。尾山君、つまんないの。そんなんだから、女の子にモテないのよ。」

「別にいいですよ。そんなもの。」

「で、どうしてあの告白劇はハズレだったの?シンプルでよかったじゃない。」

「シンプルだからこそ、つまらないんですよ。あの告白劇は王道ではあるもののひねりがなくて先がわかっちゃうんですよ。見てる側としては、恋敵が二人の前に登場して告白を邪魔するとか、女性側にもう既に付き合っている人がいるとか、そういう簡単にはいかない現実に抗う姿を見たいんですよ。」

「いや普通ないでしょ、それは。」

「僕は諦めませんよ。いつか必ずここで理想のラブコメを見るんダァァァァァア」

「そんなに意気込まれても困るよ、尾山君。ワタシは平穏で安静に昼休みを休みたいんだ。睡眠の邪魔をしないでくれ。」

「わかってますよ。静かに見てますから。」

「その『見てますから』って言葉だけ聞けばエロチックに聞こえるね、尾山ク〜ン☆」

「寝るだか、煽るんだか、はっきりしてください、角掛先輩。」

「わかったよ。寝る、おやすみ。」

 そう言って角掛先輩は寝た。ほんの数秒で某アニメの丸メガネ坊主の如き眠りにつくのだから、すごいとは思う、尊敬はしないが。先輩はいつもこんな感じだ。僕と喋るか寝るかしか屋上でしない。なんで屋上で寝ているのか未だに謎だが、この日常を気に入っているので聞かないでおこう。一緒にいるだけで謎の安定安心感が得られるし、何より

「何より、角掛先輩の寝顔が可愛いんだよな。」

 絵の具よりきれいな青髪を逸らし、彼女の寝顔を堪能する。先輩から許可は得ているため、合法的にこの顔を独占できるのは少しうれしい気がする。僕の顔がほころんだ。

 さて、授業が始まりそうだし、今日のところは撤収するか。あのカップルもいなくなったことだしな。

 そう思って屋上の扉を開いて、教室に戻る。



postscript

 戻る途中の階段にて、あのカップルと鉢合わせしてしまったことは、語らないでおこう。まじで気まずかった。

 

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