第14話『武闘派巫女・清水鏡花』
「タスケテ……ミツケテ……」
夜道の中、急に車の前に現れたボロボロの女性は、フロントガラス越しにこっちを虚ろな目で見つめていた。
「ま、また幽霊!?」
「いえ、生身の人間ですが——」
ユウちゃんが言い切る前に、鏡花さんが外に出て様子を見にいった。勇気あるなこの人……。
「どうしました!? こんな泥だらけで……何か事故でも?」
「タスケテ……ミツケテ……」
「これは……」
鏡花さんは懐からお札を取り出すと、その人の額に張り付けた。直後、女性は力が抜けて崩れ落ち、それを鏡花さんが受け止める。
「ど、どうしたんです!?」
「やっぱり幽霊がらみか?」
「たぶん。試しにお札貼ったらこうなったし」
「あ、結構適当なんですね……」
結果オーライだと言いながら、鏡花さんは女性を後部座席に運んで横にさせる。目は開いているが息が荒い。
「聞こえます? 何があったんですか?」
「ひ、人が死んでて……電話、しようとしたら、同僚が変になって……」
そこまで言いかけた後、女性は意識を失った。でも息はしてるから命は大丈夫っぽい。
「お札が効いた時点で幽霊絡みだけど、死人が出てるなら警察ね」
鏡花さんは通報するために緋袴のポケットからスマートフォンを取り出す。巫女さんがスマホって新鮮な光景かも。
「今の時代、スマホ持ってない巫女なんていないわよ……って、あれ? 圏外?」
車の外に出て改めて試してみても、通話はおろかネット関係も全部繋がらない。私も同じようにしてもダメだった。
「あー、怨霊が妨害してるパターンだこれ。よくあるよくある」
「よくあるの!?」
「こういう仕事してるとね」
慣れすぎでしょ……。
「先程から嫌な気配が周囲に充満しています。間違いなさそうですね」
ユウちゃんも周りを警戒している。もしかしてこれ、私達だけで何とかするしかない感じ?
「だろうな‥…ほら来たぞ!」
剛じいが林の一角を指さす。その方向からジャケット姿の男の霊が向かってきていた……のだが、
「ちょっと待って多くない!?」
「んー、十つ子っていう可能性も」
「そんなわけないでしょ!」
同じ顔、同じ服装の霊が10体、いやそれ以上の数が向かってくる。横並びで迫ってくるから気味が悪かった。
「うわ、もしかしてこれ分霊? 私だって1体(頭だけ)しか作れないのに、やるわね‥…!」
鏡花さん! 感心してる場合です!?
「なんにせよ、殴れば解決だ! いくぞオラァ!」
剛じいが突撃し、素早い拳のラッシュで霊たちを殲滅する。相変わらず仕事が早い。
「ふん、分霊だから一体一体は大したことな——」
「っ! 皆様、後ろ!」
ユウちゃんの声で振り返ると、いつの間にか霊の1体が車の中に入り込もうとしていた。
「狙いはさっきの女か!?」
「させないっての!」
鏡花さんが御祓い棒を担いで突貫し霊を殴り飛ばす。そのまま消え去り、中の女性も無事だったようだ。
「何であの人を狙ったの……?」
「分からないけど、守ってあげる必要はあるわね」
鏡花さんはそういうと、追加でお札を取り出して車の内側、外側にまんべんなく貼り付ける。結果、見るからにヤバそうな外見になった。乗ったら呪われそう。
「よし。これなら私がいなくても安全よ」
「え、いなくなる予定なんです?」
「そりゃそうよ。同僚がいるって言ってたし、警察を呼べないなら私が助けにいかなきゃ」
そういえば被害者がまだいるんだっけ。でもこの状況で一人で行くつもりだなんて本当に勇気あるなぁ……。
「なら俺達も一緒に行こう。分霊をたくさん出せる霊、面白そうじゃないか」
「待って! 何で一緒に行く流れになってるの!? ここで待ってればいいじゃん!」
「いやいや、救助者を巫女さん一人で抱えさせるつもりか?」
「うっ……」
確かに、あの人の同僚ってことは成人しているだろうし、大人一人を運ぶのは大変かも……。
「それに、この状況でバラバラになるのも危険だろうしな」
「ええ、こういうのを死亡フラグと言うと聞きました」
「あー、確かに人手があると助かるけど……」
ダメだ味方がいない! 正論って時に人を傷つけると知ってくれないかな!?
「分かりました、一緒に行きます……」
「ごめんね……代わりに後で御礼をするからさ」
鏡花さんが私の頭をそっと撫でてくれる。優しさは染みるけど、状況的に全然嬉しくなかった。
「ユウちゃん、霊の出所は分かるか?」
ユウちゃんはしばらく目を閉じて集中した後、林の奥の方へと指をさす。
「あちらの方、嫌な気配を強く感じます。おそらくそこかと」
「……そんな能力も持ってるのね」
呟いた後、鏡花さんが林の中へと入って行く。それに続いてユウちゃん、私と剛じいが続く形となった。
「やっぱり鏡花さん、ユウちゃんのこと警戒してる?」
「みたいだな。まあ俺だって完全に信用しているわけじゃないが」
2人に聞こえないよう小さく話す。ユウちゃんのことは私も全然分からないけど、それでも。
「……私は信じてあげたいな」
「そうか。なら俺もそれに応えるぞ」
何とかしてあげたい、私はそう思っている。だって、
『オ父サまぁぁぁァァァァ! シンじゃヤダァぁァァー!』
犬鳴村で聞いた叫び。あれを聞いて放ってなんかおけないよ。
廃病院用に持って来た懐中電灯を再利用し、夜の林を進む。
明かりが無い部分は何も見えないため、おっかなびっくりしながら歩くしかない。だから進みはすごく遅かった。
「大丈夫? 足元気を付けてね」
それに対し、鏡花さんは慣れた足取りでドンドン進んで行く。でも高頻度で止まって私を待ってくれるからありがたかった。
「す、すごいですね……流石プロ」
「まあ怖がってたらこの仕事できないしね~」
「巫女さんってリアルにこんな仕事してたんですね……」
「あ、こういうのはウチだけだよ? 他の神社の子と一緒にしちゃダメね?」
「あ、そうなんですね……幽霊退治が巫女さんの基本業務なのかと」
「じゃあ、あの廃病院に関してはどうなんだ? 院長の霊と顔見知りみたいだったが」
「あそこは私が犯人前だった頃、除霊しきれずに仕方なく封印した場所なの。金の亡者だった院長の怨念と、その被害に遭った職員さんや患者さんが溜まってて酷かったのよね」
「それじゃあ、あの頭だけの分霊は?」
「封印が解けたら知らせるための監視用。まあ、それが原因で噂が出来て貴方達が来ちゃったんだけど。いや~ごめんごめん。反省しなきゃ」
可愛く舌を出しながらウィンクする鏡花さん。それってどうなんだとも思ったけど、私の恐怖心を和らげるためのジョークだと感じられて少し安心した。
が、そんな気のゆるみが許される状況ではない。
「前方、さっきと同じような気配が近づいてきます。警戒を!」
全員が構え、鏡花さんも懐から新しいお札を取り出すが、
「あ、さっき車に沢山貼ったから、あと4枚しかないや」
「えっ!? それってヤバいんじゃ……」
「大丈夫、節約する方法もあるし」
そう言うと、鏡花さんは2枚のお札をそれぞれ両手に巻き付けた。そう、まさに格闘家がテーピングする要領で。
そして、しばらくしてやって来た男の分霊を、
「そいやぁぁぁー!!」
右ストレートでブッ飛ばした。
「ええー!?」
鏡花さんも除霊(物理)の人なの!? さっきまでのお札と御祓い棒で戦う姿、それっぽくて良い感じだったのに!
「うむ、素晴らしい体さばき。格闘技の経験があると見た!」
そこ! 変に専門家目線で分析するんじゃない!
「ええ、空手と合気道をちょっとね」
そして正解なんかい!
「正直こっちのほうが効率いいのよね! いい運動にもなるし!」
除霊をいい運動って言う辺り、剛じいと同じ気質を感じる。もうダメだ……。
「今度は8体来ます!」
ユウちゃんの声で再び戦闘態勢。今度は4人ずつを相手にするが、それでも余裕の顔で吹き飛ばしていった。
「しかし、その服装でよく踏み込めるな」
「そのために靴履いてるわよ。気付かなかった?」
ひょいと片足を上げると、茶色いスニーカーが見えた。暗くて全然気づかなかったよ……。
「因みに、中敷きの裏にもお札が入ってるから蹴り技もイケるわ」
もう何でもありですねっ!
「さあ、次シバかれたいのは誰~?」
「次もあの男の霊、その次も同じ相手だぞ」
「それじゃあ、泣いて懲りるまで殴るしかないわね」
かわいそう。その一言が頭をよぎった。
まあ、先に襲ってきたのは霊のほうだから別に悪くないんだけどさ。
そんな感じで男の分霊を倒しながら進む。そして鏡花さんが戦闘で体を動かす度に、
ブルンッ。
「くっ……!」
女性としての敗北を突き付けられた。霊の前にこっちが泣きそう。
「しっかり食べて、しっかり運動するのが秘訣よ」
「心読まないでもらえます!?」
「だって視線感じるんだもん」
「……ごめんなさい」
「うむ、奈鈴はもう少し遠慮なく食べるべきだ。全部が細すぎて心配になる」
「剛じいは黙って——うわわっ!?」
いつの間にか道の一部が坂になっていて、私はバランスを崩す。でも近くの木につかまって転落はなんとか回避した。胸に目をやって足元がお留守になるとかエロオヤジか私はっ!
「大丈夫か!?」
「う、うん。ちょっとびっくりしたけど……」
転がり落ちたらシャレにならないので、傾斜になっている場所を照らして確認する。下まで結構距離があり角度も急で、さっきはかなり危ない状況だったかも。
「……ん? 坂の下に何かあるよ?」
一番下で、茶色の布みたいなものが見えた。その他にも何かが散らばっているが、ここからだとよく分からない。
「ゴミじゃないのか? 不法投棄とはけしからん」
「いえ、何かの手がかりという場合も。私が見てきます」
ユウちゃんが坂の下までスーッと飛んで行き、それを確認しようとしたとき、
「アアァァァァァァァ!!」
「きゃあああっ! あぐうっ!?」
男の分霊が出てきて、ユウちゃんの首を締め上げた。
「いかん! このままだと霊力を取られるぞ!」
「私に任せて!」
鏡花さんが軽い身のこなしで坂をくだり、締め上げている腕に向かってチョップを放つ。分霊の腕は斬られ、ユウちゃんを掴んでいた手と一緒に消え去った。
「アアアァァ!」
「そいやぁ!」
分霊に正拳突きが決まり、お腹に風穴が開く。そしてそのまま内側から霊は消滅した。
「大丈夫?」
「ううっ……はい、霊力は少し吸われましたが、問題ありません」
それを聞いて私はホッと肩の力が抜けたけど、
「奈鈴! 何か来るぞ!」
「えっ!?」
剛じいの言葉で再び緊張が走った。さっきまで進んでいた道の方向から足跡が近づいてくる。霊は勿論、熊やイノシシだったら別の意味でヤバい。
「おーい……」
しかし、足音と一緒に人の声も近づいてきた。
ライトを当てると、そこにはポロシャツ姿の男の人がよろよろと歩いてくる。例の女性の同僚さんだろうか?
「そこの君、近くで女の人を見なかったか?」
「えっと、それなら——」
「答えるな! 逃げろ!」
遮って剛じいが叫ぶ。声量で思わずビクッとなった。そして、
「黙っテろクソ虫ィ!」
「っ!?」
、私はすぐに走り出した。剛じいの声が聞こえるということは、あの人にも霊に関わっている。つまり怨霊絡みであることには間違いない。
「待て待テマてマテ!!」
男の人は一変し、荒れた声を上げながら追いかけてきた。体格差があるためすぐに距離を詰められる。
「ニガサン!」
「ひいいいい!」
「ウチの子に手ぇ出すんじゃねぇ!!」
「いぎっ!」
剛じいが男の顔面を殴ると一瞬足を止めた。その隙に再び距離を取る。
「生身の人も殴れるのっ!?」
「いや普通は無理だ! あいつ、霊に取り憑かれて一体化してる!」
「つまりどういうこと!?」
「戦えはするが決め手にはならん! 足止めがいいとこだ!」
倒しきれないと分かったところで、男が再び走り出す。このままじゃ捕まるのも時間の問題だった。
「そいやっ!」
剛じいが男の足を払って再び転ばせるが、根本的な解決にはならない。
どうする? 考えろ私!
「鏡花さんなら何とかできないかな!?」
そう思って振り向くが、大分走ったせいで先程の坂道はもう見えなくなっている。完全にはぐれた。
「ウソでしょー!!」
唯一の希望を失った私は、夜の林を疾走する。
どうか、無事生きて家に帰れますように……!
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