第13話『巫女さんと怨霊バッティング』
逃げる白衣姿の怨霊の前に、突如現れた巫女さん。
一体何者なのかと困惑しているのも束の間、乗っていたストレッチャーから飛び降りて怨霊の前に仁王立ちをする。
「だいぶ待たせたわね院長。今の私なら何とかできるわ」
「キサマ……キサマァァァァァァー!」
院長と呼ばれた怨霊は霧から巨大なメスを生成すると、怒りをむき出しにしながら襲いかかる。
「おっと」
それに対し、巫女さんは持っていた御祓い棒で応戦する。どう見ても木製だったが、メスと打ち合う際にガキンという音が響いた。
「修行の成果、しっかり見せてあげる!」
軽やかな身のこなしで御祓い棒を操り、ジリジリと院長を追い詰めていく。表情にも余裕が見えていた。
「あの巫女さん、一体何者……?」
「よくわからんが今のうちだ!」
我に返った私は、すぐに院長へ向かて走り距離をつめる。そして剛じいの可動域内に入った瞬間、
「うおらぁ!」
「!!?」
ガラ空きになった院長の背中に、渾身の右ストレートを叩き込んだ。その衝撃で院長が抱えていた男の子の霊魂を手放す。
「お任せ下さい!」
宙を舞った霊魂を、ユウちゃんが憑依するストレッチャーが受け止めた。すり抜けるかと思ったけど、憑依している状態なら幽霊も運べるらしい。便利だね。
「ナイスキャッチ! この先の霊安室にいる本人へ!」
「かしこまりました!」
ガラガラと音を立てながら、ストレッチャーが通り過ぎて廊下の奥へと消えていく。それを見て剛じいがニヤリと笑った。
「よーしよし、これで心置きなく戦えるな……覚悟はできてるか?」
「オノレェェェェ!」
院長の霊が踵を返して今度は私達の方へ向かってくるが、
「フィジカルで俺に勝てるわけないだろっ!」
「ガッフゥッ!?」
パンチ1発でそれを吹っ飛ばす。そしてその先には例の巫女さんが。
「おっと、ナイスパス!」
巫女さんは御祓い棒を野球のバットのように構え、飛んできた院長の霊に向かって勢いよく振り抜く。
クリティカルヒットした攻撃は再び院長の霊を野球ボールのように吹き飛ばし、その先には剛じいが。
「うむ、良い打球だ! よーく引き付けてからそぉい!」
それを剛じいが殴り飛ばし、再び巫女さんの方向へ……その流れがしばらく続くことになった。
「ガッ! フゲッ!? ブハッ! オゴッ! ガッバァァァ!?」
殴られて飛ばされてを繰り返す院長の霊。敵ながら同情する光景だった。
そしてその光景を作り出している2人はどうしているかというと、
「さっきの霊が言ってた剛一郎さんって貴方? 随分面白い守護霊がいたものね!」
「お褒めに預かり恐縮! でもお前のような巫女さんもかなり面白いと思うぞ!」
殴るの止めないまま、にこやかにトークをしていた。
「この状況でお話してるの私どうかと思う!」
「はいはい、じゃあそろそろ終わりにするか。頼めるか?」
「ええ、そのつもりでここに来たし!」
「それじゃあ、ほいパス!」
剛じいが大振りのアッパーカットで院長の霊を高く打ち上げた。院長本人は何度も殴られて既に満身創痍。もはや何の抵抗もなく宙を舞う。
「はっ!」
そこに巫女さんが懐から取り出したお札を投げつける。それは地下の入口や壁に貼ってあるお札と同じものだった。
「悪霊退散!」
お札が霊の眉間に張り付いた瞬間に巫女さんがパンッと手を合わせると、お札を中心に霊の体が光り出す。
「オオアアァァァァァァ!」
院長の霊は苦しそうに悶えた後、光が収束していくのと同時に薄くなっていき、そして消え去った。
「お仕事完了っと」
巫女さんが大きく伸びをしたのを見て、私も肩の力が抜ける。剛じいも構えを解いて私の側まで戻って来た。
「……で、流れで協力したけど、貴方達一体何なの?」
「おいおい、こういう時は自分から名乗るのが礼儀だぞ?」
「正論だけど、こんなところに来る人を警戒するのは当然じゃない?」
「それはアンタもだと思うんだが?」
言葉に棘を感じるやり取りをする2人。あれ? もしかして何かヤバい空気?
「あの、えーっと……」
とりあえず場を治めようと、私は巫女さんの顔色をうかがいながら言葉を探す。
あれ? そういえばこの巫女さんの顔、どこかで見たような……。
「……あああ! 生首の化け物っ!!」
「誰が化け物よっ! 私は人間!」
そう言われても、この病院の4階で出くわした顔だけの幽霊と同じ顔をしている。私は後ずさりした。
「あれ私の生霊! っていうか、あれを消し飛ばしたの貴方達だったのね!?」
「あー、生霊だから殴った時に変な感覚があったのか」
「いき……りょう?」
ちょっと、私を置いて専門家だけで話を進めないで。説明プリーズ。
「文字通り、生きている人間の霊って意味だ。本人は死んではいないが、その霊魂が例外的に外に出て活動する場合がある。ある意味、さっき取り返した男子の霊魂も生霊ってわけだな」
「よく知ってるわね。で、私は生霊の分身を作って活動させることができるの。まだ完全じゃないから頭だけだけど……」
なんでそんなことを、と言いかけたとき後ろから足音が近づいて来た。
私はビクッとしながらも懐中電灯の光を向けると、音の主は少し前まで霊安室に横たわっていた茶髪の男の子だった。その後ろにユウちゃんも付いてきている。
「あ……えっと、鏡花ネキ……?」
「やあ日那田(ひなた)君。その様子だと命に別状はなさそうね?」
日那田君と呼ばれた男の子は、私より先に巫女さんの方に反応した。どうやら知り合いらしい。
「お、おう……幽霊みたいなやつに捕まってから記憶ないけど、もしかして鏡花ネキが?」
「うん、ブッ飛ばしておいた。あと正真正銘幽霊だよ」
「そ、そっか……」
淡々と言う様子に日那田さんは若干引いていた。その気持ち私も分かるわ~……。
「で、どうしてこんなところに来たのかな? 前々から来ちゃダメって言ってたよね?」
「ゆ、幽霊なんて信じてなかったし……肝試しがてら……」
「肝試し以前に、設備が古くて怪我の可能性もあるから近づくなって町内でも周知されてたよね?」
「新しい遊び場が欲しくてよぉ……っていうか、何で鏡花ネキもここに来てんだよ!」
「今日、貴方のお祖母さんに会ってね。それで色々話して、貴方たちがここへ行く計画をしてたって気づいたから様子を見に来たの」
「あんのババァ! 余計なことを!」
「余計はそっち!」
巫女さんが御祓い棒でパァンと床を叩き、日那田さんはビクッとして静かになった。ついでに私も。
「一歩間違えたら死んでたのよ! どれだけ危ないか分かったら、もう二度とバカなマネは止めなさい! いいわね!?」
「は、はい……」
日那田さんはそれ以上喋らなくなった。言動や見た目がヤンキー染みている人だったが、この人には頭が上がらないらしい。
「ほら、さっさと帰るわよ。貴方も一緒に送ってあげるから来なさい」
「あ、ありがとうございます。えっと……鏡花ネキ?」
「私は鏡花。清水鏡花(しみず きょうか)よ。まあ好きに呼んで」
そんなこんなで、私達は鏡花さんの運転する車で送ってもらうこととなった。
A市に寄ってそれぞれの家で男子たちを降ろし、親御さんに説明する。当然幽霊の件は正直に話せないので『立ち入り禁止の場所で遊んでいて危ないから保護した』という名目になっている。
「……なるほど、大体の事情は分かったわ」
最後に残った私は自己紹介を兼ねて、道中で自分の今の状況を大まかに説明する。鏡花さんにとっても興味深かったのか、真剣に話を聞いてくれた。
「でも無茶するわね。女一人で心霊スポットなんて」
「ですよねー……私もそうは思ってるんですが……」
「おいおい、俺がいるから安全は保障されてるようなもんだぞ!」
「いくら守護霊でも、物理的な危険は回避できないでしょ。ああいう場所は不良のたまり場になってる場合もあるんだから」
「そのような場合は、私が危険を排除するのでご安心を」
「そう、それが気になってるのよ」
鏡花さんはそう言うと、車を止めて私の膝の上に佇んでいるユウちゃんを見る。周囲の林から聞こえる虫の声が嫌に耳につく。
「守護霊はともかく、貴方一体何者? どうしてそんな力を持ってるの?」
「……それはどういう意味ですか?」
「物理的な干渉ができるのは一部のヤバい霊だけよ。さっきストレッチャーが独りでに人を運んできたときは腰ぬかすかと思ったわ」
え、そうなの!? 私はてっきり幽霊の特色というか、個人差みたいなものだと思ってたんだけど。剛じいは対霊特化、ユウちゃんは憑依特化みたいな。
「ただの浮遊霊がそんな力持つわけない。もう一度聞くけど、あんた一体何者?」
「……」
黙り込むユウちゃん。それを鏡花さんは無表情で見つめていたが、よく見ると右手を車のドアポケットに突っ込んでいる。そこは数枚お札が入っているのが見え、私はすぐにフォローする。
「ユ、ユウちゃんは記憶が無くて! それで、生前の記憶を思い出すまでは、ウチで……」
「何でそんな生前の記憶にこだわるの? 浮遊霊っていう不安定な状態を続けてまで」
「分かりません……ですが、思い出したい大事なことがあると、何となく……」
「……思い出したところで結果は変わらないわ。逝くのが早いか遅いか、それだけ」
鏡花さんとしては、早く成仏して生まれ変わった方が良いという見解らしい。強制的に成仏させる剛じいの力があればそれも可能だ。
それでも、私は今日喫茶店で見た少年の霊を思い出し、思ったことを口にする
「き、危険が無いなら、ユウちゃんが自分で納得する形で成仏してほしいんです」
「……はぁ、ホントお人好しなのね」
鏡花さんは頭を抱えたが、その顔は笑顔だった。それを見て私も肩の力が抜ける。
「迷惑なのは重々承知です。それでも私は記憶を取り戻したい。それまでは、奈鈴さんの力になると誓います」
「分かった分かった。それならこれ以上何も言わない。キツイ言い方してゴメンね」
手を合わせて謝る鏡花さんに、ユウちゃんにも笑顔が戻る。とりあえず一件落着かな。
「さて、次はこっちが巫女さんのことを色々聞いても?」
「ええ、運転しながらでいいならいくらでも——」
そう言って鏡花さんが再び車を走らせた次の瞬間、
「っ!」
「ふわっ!?」
すぐに急ブレーキを踏まれ、私は一瞬前のめりになる。何が何だか分からなかったが、とりあえず前を見てみると、
「タスケテ……」
茶色くボロボロになった服をまとい、髪もボサボサな女性が、フロントガラス越しにこっちを見つめていた。
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