第12話『廃病院攻略RTA』

「俺が先行するから、奈鈴は疲れない程度に走って進んでくれ」


「わ、分かった!」


 突如大量の怨霊が湧き出てきた廃病院。そこで怨霊に襲われているであろう一般人を助けるため、私は剛じい達と共に廊下を進んでいた。


「オォォォォォ……!」


「邪魔ぁ!」


「オオッ!?」


 道中で襲ってくる怨霊を、剛じいが吹き飛ばしながら進んで行く。人が車にはねられた時ってあんな感じになるんだろうなぁーと現実逃避しながら、私はその後を追う。


 怨霊を倒しながら2階まで降りたところで、ユウちゃんが私達を止めた。


「このフロアに人の気配がします! 探しましょう!」


 その言葉を頼りに廊下に出ると、怨霊が複数さまよっていた。パッと見ただけで10体はいる。


「はい注目! 腕っぷしに自信があるやつはかかってきな!」


 剛じいが腕を掲げて叫んだ。当然周りの霊達は反応し、一斉に襲い掛かってくる。


「何でわざわざ呼び寄せたの!?」


「安全確保を考えたら、殲滅しておくのが一番効率がいいだろう?」


 サラッと答えた後、左右からやってくる怨霊をそれぞれ片腕で処理していく剛じい。最後の方は面倒くさくなったのか、回転してダブルラリアットの要領で怨霊たちを殴り飛ばした。


「2階、殲滅!」


「流石です剛一郎様」


 流れ作業な戦いを見てどうかと思ったけど、今はそれを振り払って一般人の救助に向かう。ユウちゃんの誘導で病室の一つへ辿り着くが、ドアには鍵がかかっていた。


「まったく、幽霊相手に鍵なんて無意味でしょうに」


 そう言いながらユウちゃんがドアノブに憑依すると、直後ガチャッという音と共に鍵が開いた。ホントその能力便利だねっ!?


「だ、誰かいますか? 助けに来ました!」


 私が少しビビりながらも声をかけると、クローゼットがゆっくりと開き、中から私と同じくらいの背丈の男の子が出てきた。


「……あ、貴方は一体? あの幽霊たちは?」


「わ、私はたまたま、この心霊スポットに写真を撮りに来て……幽霊は、その……」


 自分の守護霊が全員ぶっ倒しました、なんて言えないし、言ったところで信じてもらえるか不安だった。その結果、


「な、なんか勝手に消えちゃいました!」


 自分でもどうかと思うようなウソが口から飛び出した。


「え……本当?」


「は、はい……もう、2階には何もいないみたいです」


 男の子は恐る恐る部屋を出て廊下を見渡す。幽霊がいないことを確認すると、大きなため息をついてその場に座り込んでしまった。


「……た、助かった。殺されるかと思った」


 顔を覗き込むと泣いていた。それほど怖かったという気持ちはよく分かる。私なんて数日前から常にこんな感じの生活だもん。その姿を見て尚更放っておけないと感じた。


「あの、立てますか?」


「あ……うん。ありがとうございます」


 男の子は自力で立ち上がると、涙を拭きながら私に頭を下げた。私も会釈を返して話を進める。


「あの、えっと……わ、私奈鈴って言います。とにかく病院から出ましょう。詳しい話はその後で」


「そ、そうですね……! 俺は辰巳(たつみ)っていいます。よろしく」


 私が先行し、その後ろを辰巳さんがついてくる。お互いに無言だったが、階段を下る途中で新たな怨霊が姿を現した。


「うわあああ!?」


 辰巳さんが叫んで後ずさりするも、その心配はないとばかりに剛じいが霊を殴り飛ばす。


「アガァァ!?」


 腹部にストレートを喰らった怨霊は壁まで吹き飛んで消滅する。その様子を見ていた辰巳さんは呆然としていた。


「な、なんだ今の……? 急に……」


 彼に剛じいやユウちゃんは見えていない。つまり、怨霊が勝手に吹っ飛んで消え去ったように見える。そりゃ混乱もするよね。


「ね……ね? な、なんか勝手に消えるの!」


「……う、うん?」


 私が誤魔化そうとしていたとき、下のフロアから悲鳴が聞こえてきた。


「誰か! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇー!」


「ま、正敏(まさとし)!?」


「知り合い!?」


「い、一緒に来た友達なんだ!」


 急いで降りると、1階も怨霊が大量に彷徨っていた。それも2階とは違い、数えきれないほどの数がいる。


「うわああああああ!?」


 辰巳さんが思わず悲鳴を上げ、それに反応して怨霊たちが一斉に向かってくる。前の私だったらここで死を覚悟したのだろうけど、


「俺に数攻めは通用しねぇ!!」


 犬鳴村でこれ以上の数を相手にした剛じいを見ているため、私の心は若干穏やかだった。剛じいの拳から放たれる衝撃波で消し飛んでいく怨霊たちを、若干同情しながら静かに見つめる。


「あ……あああ?」


 しかし、後ろの辰巳さんは目を見開いて固まっていた。山のようにいる怨霊たちが勝手に消し飛んで行くんだから当然である。


「……えーっと、なんか消えちゃったみたいだし、行こうか?」


 そして目に見える範囲で怨霊がいなくなった時、私は何も知らないふりをして話しかけたが、彼は座り込んで体を震わせていた。


「ど、どうしました!? 大丈夫——」


「うわああああああ!」


 手を差し伸べようとした瞬間、辰巳さんは腕を振り払って立ち上がり、一目散に出入口の方へと走って行った。明らかに幽霊ではなく私へ向けられた恐怖だった。


「わ……私、何かしちゃった?」


「それはまあ、傍から見れば奈鈴さんは、眼力だけで怨霊を吹き飛ばす超人に見えますからね」


 なるほど、つまり剛じいの暴れっぷりがそのまま私への恐怖に繋がると。泣きそう。


「や、やめろおおお……!!」


 また正敏さんと呼ばれた男の声が聞こえた。距離はそこまで遠くない。


「1階のどこかにいそうだな」


「私が気配を探って案内します。こちらへ!」


2人は悲鳴が聞こえた場所へと向かっていく。私もそれに続くしかなかった。


 辿り着いたのは内科診察室。その中に正敏さんはいるようだった。私はそろーりと扉を開けて中を覗く。


「あ……あがががァ……!」


「オマエモ……オマエモォォォォォ……!」


 そこで、床に倒れている男の人に怨霊が群がり、透けた腕が何重にもなって首を絞めているという衝撃的な光景を目の当たりにした。


「ひゃああああああっ……!」


 全身の毛が逆立つのを感じながら私は声を上げる。そして次の瞬間、怨霊が一斉に顔をこっちに向けてきて更に寒気を感じた。トラウマになりそう。


「こっち見んな! あっち向いてそぉいっ!」


 しかし剛じいが衝撃波パンチで、その顔ごと無理やり後ろに吹っ飛ばす。完全にトラウマブレイカーだった。ありがとう剛じい。


「えっと、大丈夫ですか!?」


「あ……う……」


 正敏さんに駆け寄ると、意識が朦朧としているみたいだった。首周りは手形の赤い腫れが複数できている。


「こ、これ大丈夫なの!?」


「手遅れでなければ、すぐに回復する。今は安全な場所へ運ぶんだ!」


 それを聞いて息をつくと、正敏さんに肩を貸して起き上がらせる。しかし意識が朦朧としているうえ、彼の身長が高く体格差もあって上手く支えられない。


「こ、これ無理……!」


 このままでは救助が出来ないと諦めかけていたその時、ドアの入口からキャスター付きの担架(正式名称:ストレッチャー)が飛び込んで来た。


「こちらにどうぞ!」


 中からユウちゃんの声が聞こえる。剛じいが戦っている間に近くの用品置き場から拝借してきたらしい。ナイスアシスト!


 ストレッチャーに正敏さんを乗せ、病院の出入口へと急ぐ。外に出れば安全だという保障は何一つ無かったが、病院内の方が危険なためそうする他ない。


「後は私にお任せを。剛一郎様たちは残りの方をお願いします」


「了解した。場所は分かるか?」


「……ここから更に下、地下のフロアから変な気配を感じます。おそらくそこに」


 ユウちゃんが憑依したストレッチャーはひとりでに病院の外へと出ていく。私たちはそれを横目で見ながら先程の階段へと戻った。


 地下への入口を見ると、鎖と南京錠で施錠された扉が壊れていた。取手の部分が床に落ちており、どうやら無理やり引っ張り開けようとして、錆び付いた取手ごと鍵が外れてしまったらしい。


(何しんてんだか……)


 十中八九あの3人組の仕業だろう。私は呆れながらその扉を開けたが、次の瞬間言葉を失った。


 扉の裏が、お札だらけだった。


「!!?」


「おー、これはこれは……」


 びっしりと張られたお札の上に、赤いシミが大量に付いている。そして一番大きなお札が中央に貼られていたが、扉を開けたのが原因か真っ二つに引き裂かれていた。


 そして地下フロアそのものにも壁に等間隔でお札が貼られて、どれも赤いシミで汚れていた。長い廊下の奥は暗闇が広がっており、懐中電灯だけだと先の方まではよく見えない。


「こ、ここで一体何が……?」


「分からんが、怨霊を全部倒せれば何でもいいだろう。さあ行くぞ!」


 病院らしからぬ異様な光景でも、剛じいは全然気にせず先に進もうとする。対して私は足がガクガクだった。だって怖すぎるもん!


「あわわわわわわわ……」


「うーん、どうしたもんか」


 私が進まないと剛じいも進めないため、どうあがいても私も一緒に行くしかない。でも怖くて足が動かない。すると、


「頑張れ頑張れ奈鈴お前ならできるぞ奈鈴俺がいるから大丈夫だぞ奈鈴大船に乗ったつもりでいろなーにどんな怨霊でも俺が一発で沈めるから心配するなだからあとはお前の勇気だ勇気を持って進めお前は強い子だだから頑張れやれるぞフレーフレー奈鈴!!」


 止まっている私の側で、剛じいが大声かつ早口で励ましはじめた。


「あーもうっ! うるさい! 暑苦しい! 分かったよ行くよ!!」


「よっしゃああああ! よく頑張った奈鈴ぅ! 後は俺に任せろ!!」


 横でこれを延々と続けたらたまったもんじゃないので、私は仕方なく進むことにした。ええ、おかげで足の震えは止まりましたよ! 本っ当にありがとうねっ!


 地下フロアは長い廊下が続いており、その途中で倉庫や職員用ランドリーが置かれた部屋があった。そして剛じいが怨霊の気配を辿りながらその最奥まで足を進めると、


『霊安室』


 そう扉に書かれた部屋に行きついた。案の定、扉やその周りにお札が大量に貼ってある。


「うわ……うわぁ……」


 うん、病院だからこういう部屋もあるよね。それは分かるけど、これは絶対ヤバいやつだ!


「ふふん、期待させる演出してくれるじゃないか!」


 おいおいおい、これを演出程度にしか捉えてない剛じいも怖いって! どういう神経してんの!?


「あ、開けるよ……?」


「どうせ面と向かって怨霊と戦うんだ、一気に開けてやれ!」


 ゆっくり開けたところで怖さは変わらないので、剛じいの言う通り私は扉をバーンッと開け放った。


 部屋の中央に置かれた、遺体を安置するための高さがあるベッド。そこに茶髪の男の子が横たわっていた。その上で、


「……アアァ?」


「タ……スケ……て……」


 その男の子と同じ姿をした幽霊が、白衣を着た男の幽霊に首を締め上げられていた。


「その子を放せオラァ!!」


「!」


 剛じいがすぐに殴りかかろうとしたが、白衣の霊は男の子の霊を掴んだまま下がって避けた。そしてその男の子の霊を盾にするような形で佇む。


「ど、どうなってるの!?」


「あれはあの子の霊魂だ! 早く体に戻さないと本当に死んでしまう!」


 剛じいが男の子の生霊を引きはがすため再び突っ込むが、白衣の霊も再びそれをかわす。下手に攻撃できないせいで剛じいの動きにキレがないのが原因だった。


「ちいっ!」


「キサマモシネ!」


「もう死んでるわボケ!」


 ツッコミを入れている間に、白衣の霊の周りに霧のようなものが現れる。それが段々と形を作っていき、最終的には数十本の注射とメスが出来上がった。


「シュジュツノジカンダ!」


 白衣の霊が手をかざして叫ぶと、その全てが剛じいへと飛んで行く。無数の針やメスの切っ先が当たればひとたまりもない。


「そんな適当な手術があってたまるか!」


 しかし剛じいは目にも止まらぬ腕さばきでそれらを弾き、受け流し、避け、撃ち落としていく。危険な医療道具は次々と霧散し、剛じいに吸収された。


「うへぇ、クソ不味い薬を飲んだ気分だ」


「そんな感覚あるの!?」


 霊力を吸収するっていったって、そんなものまで吸収するのはどうなの? 正直ドン引きだった。


「!!?」


 白衣の霊もドン引きしている。あっちとしては攻撃を全部防がれたことに驚きを隠せないらしい。気持ちはよく分かる。


「さあ、実力差がよく分かったなら、その子の霊魂を返してもら——」


 言い切る前に、白衣の霊が動いた。男の子の霊魂を掴んだまま、真っ直ぐ私の方へと突っ込んでくる。


「きゃああああ!?」


「おいコラァ! 奈鈴に手ぇ出すんじゃねぇ!」


 すぐに剛じいが私を庇う形で割って入り拳を突き出すが、白衣の霊はそれを見越していたのか頭上を飛び越え、霊安室を出て行った。


「に、逃げた!?」


「しまった! 追うぞ奈鈴!」


 言われた通りに霊安室を出て後を追う。あの一瞬で大分距離を稼がれており、廊下の先でなんとか視認できる場所にいた。


「待てコラ! 霊魂置いてけ!」


 剛じいが突っ込んで殴りかかろうとするが、守護霊という立場のため私自身から一定距離までしか離れられず、ギリギリのところで拳が届かない。私の走りの遅さも相まって、どんどん距離が広がっていく。


(クソッ、霊魂を盾にされてるせいで遠距離攻撃もできん!)


(このままじゃ、あの子が死んじゃう……!)


 犠牲者が出る。それが頭を過ったけど私は走るので精一杯。自分の無力さに涙が出そうになったその時、


 ガラガラガラガラガラ!


 廊下のさらに奥の方から、キャスターの回転する音と淡い光が1つ、こちらに迫って来た。


「こちらです! 後はよろしくお願いします!」


 その正体は、ストレッチャーに憑依して移動してきたユウちゃんと、


「はーい任された! その代わり、後で色々聞かせてもらうからね!」


 その上に乗り、左手に懐中電灯、右手に御祓い棒を携えた巫女装束の女性だった。


「いや誰ぇ!?」

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