第11話『空飛ぶ顔にグーパン』

 午後6時。私達は住宅街の外れにある廃病院にたどり着いた。既に空はオレンジに染まっている。


「ここで合ってます?」


「うん。そのはず」


 『廃』病院と聞いていた私達はかなりオンボロな建物を予想していたが、それに反して外見はまだ新しく比較的綺麗だった。パッと見はとても幽霊が出そうな雰囲気ではない。


「ガセネタだったらそれで安心だし、いいんじゃない?」


「いや良くないぞ。俺の強化にならないし、それで霊視も長引くんだそ?」


 あーうん、そうだよね。ホント厄介だよね霊視って!


 私は溜め息をつきながら、スマホを操作して病院のことを改めて確認した。


 黒威病院。20年前に開業するも、杜撰な衛生管理と職員の医療ミスにより複数の事故を起こし、被害者遺族の訴えによって院長や多くの従業員が退職を余儀なくされたらしい。


 そして8年前に正式に廃業が決まったが、そのショックからか院長が死亡。病院施設の撤去等の手続きを終える前だったため、今は手続きが滞りそのまま放置されているらしい。


「死者が出てる時点でガッツリ曰く付きだね……嫌だぁ……」


 病院を見ると、4階建ての白いコンクリートが私を見下ろしているようで余計に気が滅入る。


「この中に空飛ぶ顔が出るとのことですが、それについては?」


「えーっと……最上階フロアで、女の人の生首が『帰れ』って言いながら飛んでくるらしいよ。退職した看護師の幽霊なんじゃないかって」


「なんだ、そいつ1体だけか? ならあんまり霊力を確保できそうにないな……」


 ガックリと肩を落とす剛じい。敵が多いほど量を吸収できるっていう理屈は分かるけど、私としては怖い思いをする相手が少ない方がいい。


(さっさと倒してもらって、早く帰ろう)


 私はそう決意すると、持参した懐中電灯を手に病院の中へと入る。


 中は外の印象とは違い、お世辞にも綺麗とは言えなかった。長年放置されているから当たり前なのだが、埃や蜘蛛の巣だらけ。手すりや放置された備品は錆び付いており、歩いた場所に足跡も付く。内部は既に暗く、幽霊が出てもおかしくない雰囲気だった。


「……怖い」


「この程度でビビッてどうするのです。前回の犬鳴村よりかはマシでしょう」


「そりゃあそうなんだけどさ……」


 それでも怖いものは怖い。大小の問題じゃないのよ。


「ユウちゃんって本当に勇敢というか、肝が据わってるよね」


「お褒めに預かり光栄です」


 そうこうしていると階段にたどり着く。上下に分かれているが、私達が向かうのは4階の方だ。


「上だね」


「ええ。ですが病院にも地下ってあるのですね」


「基本どの病院にも地下フロアはあるぞ。従業員食堂、売店、倉庫、洗濯場……病院によって使い方は違うがな」


 剛じいの解説を聞きながらチラリとみると、地下への階段の先には錆付いた大きな扉が鎖と南京錠で塞がれていた。開けるつもりなんて毛頭ないけど。


 ともかく、例の噂の真偽を確かめるために4階へ向かおうと階段へ踏み出した。その時、


「うわー、マジ雰囲気あんじゃん」


「幽霊ってどんなだろうなぁ。美人だったらいいけど」


「……いや、いるわけないでしょ。そんなもん」


 出入口の方から話し声が聞こえてきた。それと足音も。


「ひっ!」


 反射的に声を出してしまい、私は後悔した。静かな院内では声がよく響く。


「ん? あっちの方から声聞こえなかったか?」


「おーい、誰かいるのか~?」


 声と同時に足音が近づいてくる。私はそれに幽霊以上の恐怖を感じた。


 変な人だったらどうしよう。私が言うのもアレだけど、こんな場所にわざわざ来るなんて普通じゃない。不良か、下手したら身を隠している犯罪者か。ともかく、見つかったら何をされるのか分かったもんじゃない。


「とりあえず身を隠せ! 上だ!」


 剛じいの声で我に返った私は、足音を立てないようにしながら階段を急いで上がった。今は物理的に実害が出そうな相手3人より、幽霊1人に合う方がまだマシだ。


一気に4階フロアまで上がり、隠れそうな場所を探す。とりあえず近くの病室の中に入った。個室で広さはそこまで無かったが、クローゼットがあり中に入れそうだ。


「ここにしよう!」


 私は音を立てないようにしながら中に入る。完全に光が遮断されて真っ暗となり、かなり怖かった。剛じいとユウちゃんの姿が見えなかったら耐えられなかったかもしれない。


 しばらく隠れていると、物音と話し声が近づいてくるのが分かった。1階で聞いた声と同じで、彼らが上がって来ている。


「これ、幽霊の足跡なんじゃね? 絶対そうだろ!」


「おま、幽霊って足ねーだろ」


「……普通に考えれば、俺らみたいな人が前に来てたんじゃない?」


 私はハッとして足元を照らす。そこには廃病院まで来る途中で付いた泥や、埃を踏んだ跡がしっかり残っていた。


「ど、どうしよう?」


「私にお任せください!」


 ユウちゃんがそう言うと、そのまま床をすり抜けて3階へ降りて行った。その直後、ガシャンと言う音がうっすら聞こえてくる。


「おい、何か物音したぞ!?」


「あっちからだ! 行ってみようぜ!」


「……怪我には気を付けて行こうな」


 そんな会話が聞こえた後に足音が遠ざかっていき、しばらく様子を伺っていると立て続けに大きな物音がした。ユウちゃんが気を引き続けてくれているみたい。


「よし、今のうちに病院からでよう。流石に人がいると色々まずい。物理的に奈鈴が襲われる可能性は避けんとな」



 今回ばかりは剛じいも諦めたらしく、自ら帰るよう促してきた。完全同意した私は音を立てないようゆっくりクローゼットから出て、部屋の出口へと懐中電灯を向ける。


 その出入り口の陰から、こちらを覗く顔があった。


「ひっ!?」


 私が身を縮こませると、その顔は出入口の陰から出てきて姿を現した。


 いや、姿は無かった。頭だけが宙を浮き、体が無いため後ろ長い黒髪が目立つ。


「あ……あああ……!」


 今まで出会ってきた幽霊たちは皆五体満足の人間の姿をしていたが、目の前の霊は違う。得体の知れない化け物であると認識した瞬間、私は声を失っていた。


「カエレ……カエレ……!」


 その顔は無表情で呟きながら、私に向かってスーッと近づいてくる。


 ヤバいと私は思ったが、ここには剛じいも一緒にいた。


「ふんっ!!」


「グッブェッ!?」


 剛じい渾身の右ストレートが顔面を捉え、顔だけの霊はボールのように吹き飛んだ後に消滅した。


「……変なヤツだったが、これでもう大丈夫だ」


「うわーい、本当に頼りになるー。あははははー」


 驚き、恐怖、呆れからの安心感、感情がジェットコースター並にアップダウンするから本当に疲れる。


 私が渇いた笑いを出していると、近くの床からまた何かがスーッと出てきた。私はビクッと体を震わせたけど、よく見るとそれはユウちゃんだった。


「……何でそんな怯えているのです?」


「ご、ごめん。幽霊かと思った」


「幽霊ですが?」


「あ、うん。ごめん、そうじゃなくてね」


 さっきの出来事を説明し、新手の敵かと思って怖かったことを伝えると、ユウちゃんは申し訳なさそうに謝った。


「それより、あの人達はどうだった?」


「奈鈴さんと同い年くらいの男性が3人ほど。面白いくらいに物音に反応していましたので、1階まで誘導しておきました」


 今頃1階を調べてしばらくは上がってこないはずだと話すユウちゃん。少しの間安全は確保したけど、これからどうやって外に出るべきだろうか。


「こういう病院は大抵、上の階からでも外に出れる非常階段があるはずだ。それを探そう」


 剛じいの提案に同意し、気を取り直して病室から出ようとしたその時、


 ガタガタガタガタガタガタ……!


 病院全体が小刻みに揺れ出した。


「な、何!? 地震……!?」


「いや違う、これは……!」


「な、なんなんですかこの気配は!?」


 剛じいとユウちゃんは揺れではなく、何か別のものを感知しているらしい。つまりそれは幽霊案件だということ。要するにヤバい。


 しばらくすると揺れが収まったが、さっきの2人の発言を聞いていた私は気が気ではなかった。一体何が起こったんです!?


「奈鈴、しばらくその場を動くなよ?」


「えっ」


 どうしてと問いかける前に、その理由がやって来た。


「アアアアアアアア!」


 幽霊が3体、一気に病室へとなだれ込んで来た。


「奈鈴に触ろうとすんじゃねぇ!!」


 そんな霊たちにも目にもとまらぬ速さで拳を叩き込んで消滅させる剛じい。うわーい、本当に頼りになるー。あははははー!


「って、そんな場合じゃなかった! 何で他に幽霊出てくるの!? さっきの頭で終わりじゃないの!?」


 冷静になりながらパニックになるという頭がこんがらがった状態になる私だったが、それを吹き飛ばす声が響いて来た。


「うわああああああああ!」


「で、出たぁー!! た、助けっ……!」


「あああああ! 嫌だぁぁぁぁぁぁ!」


 さっきの3人組の断末魔が、断続的に聞こえてくる。考えられる状況は1つしかない。


「あ、あの人たちも襲われてるの!? 何で!?」


 霊視を発症しているから私は襲われる、そう剛じいから聞いているが、あの人たちも霊視を発症しているのだろうか?


「強い怨霊は、時に普通の人間の前にも姿を見せることがある。今回は多分、そのパターンだろう」


「それってヤバいじゃん! 助けないと!」


 流石に見殺しにはできない。怨霊と戦えるのは剛じいしかいないため、私も現場に向かう必要はあるが。


「うむ、見ず知らずの相手も見捨てないその優しさ、流石俺の子孫!」


「言ってる場合じゃないでしょ!」


 私がツッコミを入れていると、また1体怨霊がこちらに向かってきた。


 しかし、剛じいは見向きもせず右腕の裏拳でそれを消し飛ばすと、グルグルと肩を回して頷く。


「よし、では行くか! あいつらが呪い殺される前に!」


「縁起でもないこと言わないで!」

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