第10話『一応、平和的解決もできます』

 幽霊が出ると噂されて困っている喫茶店だったが、まさかその幽霊が堂々とお客さんとしてやってくるとは思わなかった。


 少年の幽霊は私のテーブルから2つ隣の席に着くと、鼻歌を歌いながらくつろぎ始める。


「え……ええっ?」


「どうかされましたか?」


「あ、いや何でも……」


 店主のお婆さんが首を傾げたので、私は手を振って誤魔化す。霊視状態の私と違い、少年の霊は見えていない。


「悪意は感じないから怨霊じゃないな……ただの浮遊霊か?」


「見た感じ、危険性は無さそうですが……」


 剛じいとユウちゃんが分析していると、少年の霊がこっちを見た。


「あ、どうも」


(ういっ!? あ、えっと、どうも)


 面食らいながらも会釈で返すと、少年はその後何事もなかったように視線を戻し、再び鼻歌を歌い始めた。


「ちょっと! どういうこと? あれ誰!?」


「うーん……よく分からん」


 お婆さんに聞こえないよう小声で話すが、結局少年の霊は何者なのかは分からない。そのためしばらく観察することにした。


「……」


 少年の霊は鼻歌を歌ってただただ席に着いているだけだった。時折店の出入口の方へ視線を移していたが、幽霊を含め追加の来客は無かった。


(……もしかして、誰か待ってる?)


 私がそれに気づいた時、幽霊が店内の時計を確認した。時刻は2時50分。


「おばちゃん、ちょっとトイレ借りるね」


 少年の霊はそう投げかけ、スーッとトイレへと向かっていく。それを見て私達は確信した。トイレで幽霊が出るという噂はウソじゃない。


「ちょっと待った!」


 トイレに入る前に、剛じいが飛び出してそれを阻止する。ドアの前に仁王立ちされたので、少年の霊は止まるしかなかった。


「な、なんですか!? そんなに切羽詰まってるなら、お先にどうぞ……?」


「いやトイレに行きたいんじゃなくてだな!?」


 珍しく剛じいがツッコミに回ってる……この幽霊、天然なのかな?


「お前、トイレに行って何するつもりだ?」


「何って……用を足した後、鏡で身だしなみを整えようかと」


「いや、お前には必要ないだろう?」


「何言ってるんですか! これからデートなんですから必要に決まってるでしょ!」


 デート……だと!? 死後の世界でも幽霊同士の恋愛とかがあるの!?


「とにかく、あと10分で彼女が来るんです。それまでに髪型を整え直さないと」


「……鏡を使ってか? お前、鏡に映るのか」


「当たり前じゃないですか。何言ってるんです?」


 知らない人が鏡に映って振り返るけど誰もいない、みたいなことはホラー作品とかでよくあるけど、どうやら少年の霊はそういうタイプらしい。そこを誰かに見られて、このお店が幽霊騒ぎに巻き込まれたようだ。


「俺は基本、鏡に映らないぞ」


「そんなわけないでしょう。貴方ヴァンパイアか何かですか?」


「いや幽霊だぞ」


 そう言って剛じいは体を上下に浮かせて見せた。その瞬間に少年の霊が固まる。私に背を向けているから表情は分からないけど、驚いていることは伝わった。


「え……ああ……!?」


 少年の霊が透けている足で後ずさりする。幽霊が幽霊に本気でビビっている光景は変な感じがしたが、人としては真っ当な反応である。


「ゆ、幽霊……!? そ、そんなのが僕に何の用だよ!? の、呪い殺すつもりか?」


 体を震わせながらもファイティングポーズを取る。どう見ても剛じい相手に勝ち目はないと思ったが、それより私は気になることがあった。


(どうしよう、話がややこしくなってきたけど……)


 場合によっては私が話に入る必要もあると思ったけど、店員のお婆さんがいる前ではそれができない。それに犬鳴村での出来事を考えると、幽霊絡みは何が起こるか予測不能っだった。最悪大きな事件になった場合お婆さんを巻き込んでしまう。


「……ねえユウちゃん、お婆さんをこの場から遠ざける方法ってないかな?」


「そうですね……一応あります。やってみましょう」


 そう言うとユウちゃんはカウンターの奥、お店の厨房へと飛んで行った。


「おばちゃん! 幽霊だ! 幽霊が出た! 見える!?」


 少年の霊がお婆さんに訴えるが、幽霊の声が彼女に届くことはない。その直後、厨房からガタガタガタッという音が大きく響いてきた。ユウちゃんが物に乗り移って音を立てているみたいだ。


「あら、何かしら?」


 確認のためにお婆さんは厨房へと消えていく。これで店内は私達だけになった。ユウちゃんナイス!


「おばちゃん……何で……?」


 無視されたと思い、少年の霊はがっくりと肩を落とした。そこへ剛じいがゆっくりと語り掛ける。


「……お前の声は、もう彼女には届かない」


「何で……何でだよ!?」


「お前はもう、死んでいるからだ」


 時間が止まったような気がした。一瞬のような、数分にも感じるような静寂が周囲を包む。


「……は、ははは、何だよそれ。冗談にしても笑えないよ」


「冗談でこんなことを言うか。事実を受け入れろ」


「そんなわけないだろっ! だって僕はこうして生きて、喋って……」


「店員のおばさんと、会話できていないだろう?」


 再び少年の霊が静かになる。そう、このお店に来てから少年は一方的に声をかけているだけで、言葉のキャッチボールは全くしていない。そのことに気付き始めているようだった。


「そんな、でも……」


「思い出せ。お前は何でこの店に来た? その後、どうなった?」


「どうなったって、彼女が……」


 そこまで言いかけて、少年の霊はハッとして再び固まった。そしてぽつぽつと呟き始める。


「……そうだ。彼女が、来なかったんだ。時間になっても、全然」


「……その後は?」


「携帯にも出なくて、心配になって……店を、飛び出した……?」


「……」


「その後、彼女の家に向かって……道路を渡って……あれ?」


「どうした?」


「……分からない。分からないんだ」


 記憶はそこで途切れているらしい。幽霊になっても自分が死んでいることに気付いていないということは、おそらく……。


「そこでお前は、交通事故にあったんだろう。でも自分は生きていると思い込んでいるから、生前の記憶を頼りにこの店へ……」


「うそだ……うそだウそだうソだ!!」


 張り上げられた声に、私はビクッとなる。でも剛じいは動じずに淡々と様子を見守っていた。


「じゃあ僕は! ずっと彼女を待たせタまま、この店に入り浸ってたっていウのか!?」


「どちらかというと、待っていたのはお前の方だがな」


 剛じい、そういうツッコミは今はどうでもいいから! どうにかして早くこの場を納めてよ!


「僕はもう、彼女には会えないのカ……?」


「何とも言えないが……特徴は?」


「茶髪で、少し小柄で……赤色が好きで、赤いワンピースをヨく着ていて……」


(赤い……ワンピース!?)


 それを聞いて、私は背筋が凍った。


 ここに来る途中、交差点の真ん中にいて、バスに張り付いて来た少女の霊。彼女も赤いワンピースを着ていた。


「剛じい、ちょっと……!」


「ん?」


 予想が正しければ、彼女さんもこの世にはいない。そして幽霊の世界からも今日、剛じいが消し去ってしまった。そのことを耳打ちで伝えると、剛じいは分かった、とだけ返した。


「……貴方は、生きてイる人間ですか?」


「え!? ああ……はい、そうです」


 剛じいとのやり取りを見て、私にも話しかけてくる。剛じいとユウちゃんで若干慣れ始めたとはいえ、やっぱり幽霊に話しかけられるのは怖いと感じた。


「お願いです……僕の彼女が今どうなっているか、探して調べて下サい!」


「ええっ!?」


 急にお願いされて思わず上ずった声を上げてしまう。彼女さんがもうこの世にいないと知っているため、余計に困った。


「いかがなさいましたか?」


 私の声に反応して、お婆さんが厨房から顔を出す。何とか誤魔化そうとしすると、途中で再び厨房から物音が響いて来た。


「換気扇の次は食器棚? 困ったわね……」


 お婆さんがまた厨房へと消えていく。ユウちゃんナイス!


「ええっと、彼女さんを探すんですか? それは……」


 話を戻して無理と伝えようとしたところ、剛じいが口を挟んで来た。


「それはお前自身でやるんだ。もちろん、幽霊としてではなく人間としてな」


「どウいうこトですか?」


「……全てを受け入れて、成仏しろ。そうすれば生まれ変われる」


「生まれ……変ワる……」


「霊になってまで彼女を想い続けられるくらいだ。生まれ変わっても何らかの形で再会できる。運命の相手っていうのは、そういうものだ」


 初めて耳にする情報で本当かどうかは定かじゃないけど、説得する剛じいの顔は真剣だった。それを見て少年の霊も困惑の表情が徐々に消えていく。


「……本当に、彼女に会えルでしょうか?」


「ああ。むしろ、ここで成仏しておかないと難しくなるかもな」


「そレは何故?」


「この店、お前がいることで幽霊が出ると騒がれている。近々その筋の人が除霊に来るだろう。そうなれば、どうなるか分からん」


「分かラない?」


「除霊といっても、方法は色々ある。無理やり成仏させる、留まっている場所から追い出す、何かに封印させる……後者だった場合は、生まれ変われないぞ」


「……ソうですか」


 少年の霊は俯いた後、ゆっくりとカウンターの奥を見つめた。


「俺、おばちゃんに迷惑かけたたんですね……」


「お前、この店は好きか?」


「もちろん。元常連ですから」


「そうか」


 剛じいの表情が柔らかくなる。それを見て少年の霊も少しだけ笑顔が戻った。


「これ以上迷惑はかけられないので、逝くことにします。色々とありがとうございました」


「おう。再会できることを願っているぞ」


「はい……李香、今行くからね」


 少年の霊は最後にそう呟くと、ゆっくりと消えていなくなった。


「……成仏、したの?」


「ああ、これでもう幽霊が出るなんて騒がれなくなるだろう」


 それを聞いて思わずふーっと溜め息をつく。今回は暴力的な解決方法にならなくて安心した。


「それより、彼女さんの方もちゃんと生まれ変われるの? 思いっきりぶん殴ってたけど……」


「大丈夫だ。俺の攻撃は相手の霊力を吸収する。そうすると霊は霊体を維持できなくなって、天に帰らざるを得なくなるんだ。決して跡形も無く消し去ってるわけじゃないんだぞ?」


「えーっとつまり、無理やりだけど成仏はさせてるってこと?」


「そういうことだ! 生まれ変わりもちゃんとできる! 安心したか?」


 すごい安心した。そっかぁ、ただ殴って経験値稼ぎしてただけじゃなかったんだね。ちょっと見直したかも。


「……って、殴っても説得しても結果が同じなら、全部説得する方向にできない?」


「説得できる状態にないのが怨霊だぞ? なら拳で解決するしかないだろう」


「確かにそうかもしれないけどさ……」


 ちょっと納得しきれなかったけど、私にはどうしようもできないことなので今は割り切ることにした。


(それにしても、何で彼女さんの方まで亡くなって、しかも怨霊に……?)


 そんなことを考えていると、ユウちゃんが厨房から帰って来た。それに続くように、お婆さんもカウンターに戻ってくる。


「話し声からして、終わったようでしたので」


「いろんなところからガタガタガタガタ……一体なんだったのかしら?」


 ホントすみません。でも幽霊騒ぎを解決するためだったから許して下さいね!


「すみませんねお客様。ほったらかしにしてしまって」


「いいえ、ゆっくりできたので大丈夫です」


 私はそう答えると、再びスマホを取り出してネットを立ち上げる。調べるのは、この町で交通事故があったのか。


(見つけた。1年前に……2件?)


 1つはこの商店通りから少し離れた場所で、歩行者側の信号無視が原因で男子高校生が亡くなっている。もう1つは、私がバスに乗って通りかかった交差点。ひき逃げに合った女子高生が亡くなっているとのこと。そして、それは同日のうちに起こってた。


被害者はどちらも未成年であるため名前を伏せられていたが、私はこの2人のことだと察する。


「……ひき逃げだって気づいていれば、怨霊にもなるわな」


「そうだね……」


 待ちに待ったデートを台無しにされたうえで命を奪われる。その気持ちを考えるといたたまれない。犯人が既に捕まって刑務所にいるということが唯一の救いだった。


(今日、同じ日に成仏したっていうのも運命なのかな)


 私はそんなことを考えながら、心の中で手を合わせる。そして伝票を受け取って席を立った。


「ご馳走様でした。また来ますね」


「ありがとうございました。またお越しくださいね」


 お会計を済ませ、私は店を出る。色々と思うことはあったけど、最終的には平和に終わってホッとした。


「はぁ……一件落着。美味しいお昼も食べたし、今日はもう帰る——」


「帰らないぞ。本来の目的を忘れないようにしないとな」


 くっそう。この後に心霊スポットに行くとか気分台無しだよ!


「また犬鳴村みたいなところは絶対勘弁だからね!」


「それは行ってみないと分からんからなぁ。とにかく、バス停まで行こう」


「……バス停?」


 その言葉にハッとして、私はスマートフォンで時間を確認した。


 午後3時5分。


「……3時のバス、逃しちゃった。次は5時発だって……」


「2時間ですか……まあ、気長に待つとしましょう」


「そういうことじゃないんだよユウちゃん!」


 5時に乗ったとして、心霊スポット到着予定時間は5時半。もう夕方じゃん!


「また暗い時間に行くの……?」


「完全に日が落ちていないだけマシでしょう。しゃんとしなさい」


「そうそう。それに俺が完璧に守ってやるから安心しろ! はっはっは!」


「うわぁーん!」


 いつまでも変わらず楽観的な2人に、私は頭を抱えて涙を流した。




 その後、『喫茶ひなた』にて。


「こんにちは~! 日那田さん、ご無沙汰しております」


 入店ベルを鳴らしながら店に現れたのは、長い黒髪が目を引く女性だった。Tシャツの上からでも分かるスタイルの良さと整った顔立ちは、美女という言葉が最も相応しい。


「あら鏡花ちゃん、いらっしゃい。待ってたわよ」


「どうも。前に言った通り、今日は様子を見に来ました」


 鏡花と呼ばれた女性はそう言うと、店の中を目を凝らしてくまなく見渡す。その後トイレに入って同じように確認した後、日那田さんに声をかけた。


「今のところ、変な気配は感じないですね……」


「そう……幽霊がいないなら、それに越したことはないのだけれど」


「トイレの“鏡”に出たって話ですが……他に何か、変なことはありませんでしたか?」


「そうね……あ、そういえば」


「?」


「少し前、換気扇や食器棚がガタガタ震えてたの。調べてみたけど原因が分からなくて……」


「なるほど……厨房、見せてもらってもいいですか?」


「ええ……やっぱりあれも幽霊のしわざかしら?」


「断言はできないですが、調べておいたほうがいいですね」


 鏡花は眉をしかめると厨房へと足を踏み入れていく。


「物理的な干渉ができる霊は、危険ですから」

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