第9話『幽霊も通う喫茶店』

 次の土曜日、私はバスに揺られながら隣の県に入っていた。


『隣県の廃病院で、宙に浮く顔が目撃される』


 陽介から貰ったリスト、その1番目に書かれた情報を頼りに、最寄りのバス停へ向かう。


 因みに、約束通り陽介には事前に連絡しておいた。建前上はお父さんと一緒に向かっていることになっている。


「廃病院か……もう既に嫌な予感しかしない」


「安心しろ、俺が必ず怨霊を殲滅して守り切るからな!」


「そもそも行きたくないってことにいい加減気づいて」


 ガハハハと私の隣で大笑いする剛じい。


「バスの中では静かにしてくれないかな……」


「俺の声は奈鈴とユウちゃんにしか聞こえんから問題なかろう」


 いや純粋にうるさいんだってば。それと、周りを気にしながら小声で話すのも疲れるから会話はあんまりしたくないの。


「死後もこうして他人とお話ができるのは奇跡ですし、私としても多めに見て頂ければ嬉しいのですが」


 私の頭上でフワフワと浮いているユウちゃんが申し訳なさそうに言う。そう言われてしまうと拒否しずらい……。


「というか、本当にユウちゃんも来て良かったの? 危ないだろうし、やっぱり家で待ってた方が」


「いいえ、私の力が役に立つかもしれませんので。一宿一飯の恩はしっかり返しますよ」


 ユウちゃんは幽霊だから寝ないしご飯も食べないんじゃ……って、そんなツッコミは野暮か。


「それに、女は度胸! 同じ幽霊相手に日和っているようではいけませんからね!」


 フン、と自信満々に胸を張るユウちゃん。生前どういう生活をしていればこんな任侠染みた性格になるんだろうか。


(色んな意味で不安だ……)


 若干疲れた私は、窓から流れていく景色に目を移す。住宅街に住む人たちが各々の生活を送っていた。


 が、今の私は霊視を発症しているので、見えるのは道行く人々だけではない。


(うわっ……)


 大きな交差点を通った所で、そのド真ん中に立っている赤いワンピース姿の少女を見た。体が白く透けており足も無い。明らかに幽霊だった。


「……!」


(ひっ!)


 目が合ってしまい、私は反射的に顔を逸らす。でも気になってしまいすぐに視線を元に戻すと、


「アアァァァァァァ!」


 さっきの少女の霊が窓に張り付いて、私を見ていた。


「ひゃあああああああ!!」


 私が悲鳴を上げで座席から転げ落ちる。それと同時に剛じいが前に出て、


「ふんっ!」


 少女に向けてパンチを放った。霊体である剛じいの腕は窓ガラスを通り抜け、少女の霊の顔面に炸裂する。


「グボォッ!?」


 そのまま少女の霊はバスから振り落とされて消えて行った。


「奈鈴には指一本触れさせんぞ」


「あ……ああ……」


 私は咄嗟の出来事に言葉が出なかったけど、


「な、奈鈴さん。周りを……」


 ユウちゃんのその言葉にハッとして周りを見た。


 他の乗客達が、何事かと私を見つめて驚いている。


(うううううっ……! 視線……!)


 注目されることが嫌いな私は、次の瞬間頭が真っ白になった。心臓がバクバクする。この場を納める言い訳を考えなくちゃいけないけど、何を言えばいいか分からない。


「む、虫! 虫が窓にぶつかって来たっていうのはどうだ!?」


 耳元で剛じいがそう囁き、私はとぎれとぎれになりながらもそのまま口にする。


「す、すみませっ……! あ、ああああの、虫が窓にぶつかってきて……それで……」


 それを聞いて乗客たちは、大事じゃなくて良かった、そんなんで大声出すな等の各々の反応をした後に視線を外してくれた。


(はぁ……はぁ……ほっ)


 何とか息を整えて席に座り直す。なんとか誤魔化せたけど、正直生きた心地がしなかった。


 やっぱり、幽霊よりも現実の人間の方が怖いかも。私は少しそう思った。




 スマートフォンの時計が12時半を過ぎたころ、


「次はA市商店通り、A市商店通り。お降りの方は降車ボタンを押してください」


 バスのアナウンスが流れ、私は降車ボタンを押す。


 目的の廃病院の最寄りは別のバス停だったが、地図アプリによるとその近くにはお店が無いらしい。昼食を済ませるために、私はお店のありそうな場所で一旦降りた。


 A市商店通りは、文字通り道路を挟んでお店が並んでいる場所だった。休日ということもあってか、人通りもそこそこ見受けられる。しかしそのほとんどが中高年の人たちで、私と同じくらいの年の人はあまりいなかった。


 学生が休日にどこか遊びに行くとなると、電車に乗ってもっと都会の方へ行くことが多い。地元には生活用品店は数あれど、遊ぶためのお店はほとんど無いからだ。そのため、地元商店に集まるのは決まって中高年だった。


 そのため、私みたいな高校生はこういう場所を歩いているだけで若干目立つ。


「そこのお嬢ちゃん! 揚げたてのコロッケを1つどうだい?」


「初夏セールで半袖が安いわよ! 是非見て行って!」


(あうう……やっぱりこうなるのね)


 呼び込みをしている店員さんたちに何度も声を掛けられ、私は気が滅入ってくる。地元の商店街なら全員顔見知りなので何とかなるけど、見知らぬ人たちにこれをされるのはキツかった。


「はっはっは! 人気者だな! まあウチの奈鈴なら当然だが!」


 ああもうっ! この親バカ……じゃなくて先祖バカは人の気も知らないで!


 とにかくゆっくり落ち着けるようなお店を早く探そう、そう思って足を進めていると、途中で中年の女性2人が井戸端会議をしていた。


 私は何事もなく通りすぎようとしたのだが、


「ねぇ、やっぱり幽霊が出るって本当なのかしら?」


 『幽霊』という単語に引っ掛かり、思わず足を止めそうになった。でも本当に止まると不審がられるので、そのまま曲がって建物の陰へ隠れてから足を止めた。


「ん? 急にどうした奈鈴?」


「いや……ちょっとそこの人たちの話が気になって」


「ふむ……幽霊の話をしているみたいですが……」


 私達は気づかれないよう、建物の陰に隠れながら聞き耳を立てる。


「あんたそんなの信じてるの? 幽霊なんているわけないじゃない」


「でも、客足が減るくらい噂が広がってるのよ? 私としては心配で……」


「ここの常連だもんね貴方。で、当人はどうしてるの?」


「信じてないみたいだけど、鏡鳴神社に一応除霊のお願いをしに行くって前に言ってたわ。」


「ああ、鏡花ちゃんのとこね?」


「ええ。こうでもしないとお客さんが安心できないだろうってね」


「そうね。鏡花ちゃんに頼んだって言えば周りも安心するだろうし、任せておきましょ」


 そこまで話した後、女性たちはその場を去って行った。足音が聞こえなくなったタイミングを見て、私達は表通りへと戻る。


「まとめると、このお店で幽霊が出るらしく、その噂のせいで客足が減っていると」


 私達はその店を見据える。洋風の小さなお店で、入口ドアの上に『喫茶ひなた』と書かれた看板が掲げられていた。入口には黒板タイプの置き看板におすすめメニューが書かれている。


「おお、特製ナポリタンが税込み500円とな? これは安い!」


 気になる部分そこなのとツッコミを入れたくなったけど、確かに安い。無駄遣いを嫌う私としても嬉しい値段だった。


 ……って、いやいや。私まで食べ物に気を引っ張られてどうする!


「ゆ、幽霊が出るならこのお店はパスかな。うん。他のお店を探して——」


「いや何を言ってるんだ。俺が倒してしまえば問題なかろう。自身の強化にもなるしな。文字通り昼飯前だ!」


「それを言うなら朝飯前なのでは?」


「そうだったか? はっはっはっは!」


 軽いコントのような会話をする2人に、私は胃が痛くなる。この状態でお昼を食べるのしんどいんですけど。


「何、マジの心霊スポットより安全だと思うぞ。それにグズグズしてる時間もなさそうだしな」


「え? 何で?」


「さっき、神社の人に除霊を頼むと言っていただろう? このままだと獲物が横取りされるじゃないか」


 幽霊を獲物呼ばわりするのはどうかと思うけど、私の霊視を治すためだと考えると無視もできないのが辛い。


 冷静に考えれば、剛じいの言う通り心霊スポットに行くよりかは確かにマシだ。それにまだお昼だし、夜に幽霊と逢うよりかは良い。何事もなければそのままお店を出れば済む話でもある。


「わ、分かった……でも、しっかり守ってよね?」


「当然だ! 大船に乗った気持ちでいろ!」


 霊視になった時点で泥船に乗っているようなものだと心の中でツッコミつつ、私は入口のドアを開けた。カランカランと心地よい鈴の音が響く。


 内装は思っていた以上に広かった。ゆったりとしたスペースに4人用テーブル席が6つとカウンター席が5つ。ゆったりとしたスペースは小麦色の家具で統一されている。


 そのカウンターの奥で、エプロン姿のお婆さんがコップを磨いていた。


「いらっしゃいませ。どうぞご自由におかけくださいませ」


 柔らかい笑顔を見せながら、お婆さんはペコリと頭を下げる。私も軽く会釈した後、近くにあった席に腰を下ろした。


「ご注文は、そちらのメニューからどうぞ」


 言われるままにメニュー表を開く。と言っても頼むものは最初から決まっていたようなものなので、すぐに注文を取ってもらった。


「特製ナポリタンとオリジナルブレンドコーヒーを。コーヒーは食事と一緒に」


「かしこまりました」


 お婆さんは再び頭を下げた後、カウンターの奥の厨房へ向かう。そして店内には私だけになった。


(バイトさんとかいないんだ……)


 お店の雰囲気は良いけど、お客さんがいないから寂しい印象を受ける。これが幽霊騒ぎの影響かと思うと、ちょっと勿体ないと感じた。


「……それで剛じい、ここに幽霊いそう?」


「いや、今のところは何も……ユウちゃんはどうだ?」


「私も、今は何も感じませんね……」


 2人そろって首を横に振る。それを見て私は内心ホッとした。いないに越したことはない。


(ってことは、噂はウソだったのかな。もしかしたら誰かの営業妨害?)


 ウソの噂を流して他人の邪魔をするというのは、田舎だと効果が大きい。直前の会話を聞いただけの勢いで首を突っ込んじゃったけど、もっとよく裏取りをしてからの方が良かったかも。


 そんなことを考えているうちに、お婆さんがお盆を持って戻って来た。


「お待たせいたしました。特製ナポリタンとオリジナルブレンドです」


 テーブルに置かれたナポリタンはモクモクと湯気を上げ、一緒に登るケチャップとベーコンの香りが私の食欲を刺激した。色んな考察が全部吹き飛んだように感じ、私はすぐに手を合わせる。


「いただきますっ!」


 ふうふうと冷ましながらも一口。ベーコンの油を纏ったパスタが口の中に滑り込み。程よい塩味と酸味が口の中に広がる。味は濃い目だがしつこくなくて食べやすい。コーヒーに合う味つけだ。時折ピーマンの苦みがアクセントとなり、病みつきになる美味しさだった。


「美味しっ……!」


 思わず口に出す程の感激。これが500円で食べられるなんて贅沢すぎる。私もこれくらい料理が上手くなりたいと思うほどだった。


「ありがとうございます。お口に合ったようで良かったです」


 お婆さんがニコニコしながら話しかけてきた。独り言を聞かれたのはちょっと恥ずかしかったけど。


「いえ、本当に美味しいです。友達にも紹介しますね」


 あまりの感動に私は珍しくハイになっていて、普通に話すことができていた。


「ふふふ、それならサービスしますよ。お代わりが欲しければ遠慮なく仰って下さいね」


「ありがとうございます」


 お言葉に甘えて少量だがお代わりを頼み、自分でも驚く早さで完食した。その後コーヒーを口にして一息つく。こんなに和やかで幸福感のある外食は久しぶりだった。


「ここの常連になりそうです」


「まあ嬉しい。是非お友達と一緒にまた来てくださいな。サービスしますよ」


「はい。こんなに美味しいお店なのに、お客さんが少ないのは勿体ないです」


「そうなんですよ。最近お客さんが減っててねぇ」


「例の噂のせいですか? そんなの気にならないくらい美味しくて——」


 流れでそこまで口にした瞬間、しまったと思った。

 気が緩んだせいで余計なことを喋ってしまった。


「あらまあ、貴方も知っているんですね。思ったより浸透しているのかしら」


「あ、えーっと……」


 初めてお婆さんの表情が曇った。さっきまですっごい良い雰囲気だったのに、私のバカ!


「幽霊なんて私は信じてないんですけどね。でもお客さんの何人かが、実際に見たって言って聞かないんですよ。困ったものです」


「あー……えっと、詳しく聞かせてもらっても?」


「うーん、私としてはこれ以上噂を広められるのはねぇ……」


 どうやら、私が友達や他人に話すんじゃないかと心配しているようだ。でもそれに関してはハッキリと否定する。


「絶対にそんなことしませんよ。お客さんが減って、ここのナポリタンが食べられなくなるのは嫌ですから」


「まあ……ありがとうございます」


 お婆さんに再び笑顔が戻った。私としてもここのナポリタンはまた食べたい。閉店するのが嫌なのは同じだった。


「実は、トイレにある鏡に変な人が映ってるのを見たって人が何人がいてねぇ」


 お婆さんがフロアの奥にあるトイレのドアを指さす。男女共用の個室トイレのようだ。そこに幽霊がいるってことだろうか。


「調べてきますね」


 ユウちゃんがすぐにドアをすり抜けて確認しに行く。しかしすぐに戻って来て首を横に振った。


「営業中に調べてみたけど、何も映らなかったわ。だからどうしようも無くてねぇ……」


「そうですか……」


 霊視状態の私や剛じい達が見つけられてないとなると、ただの嫌がらせのウソである可能性が高い。その場合、私ができる協力方法としては……。


「まあ幽霊なんているわけないですし、きっとただの嫌がらせですよ。美味しいお店っていう噂を友達に流しておきますね」


「ありがとうございます……本当に良い人ですね」


 お婆さんが深々とお辞儀をする。本当は何度も通ってお金を落とすのが一番なんだろうけど、バス代もかかるため頻繁には来れない。できることは幽霊の噂を皆が忘れるように協力することだけだった。


「じゃあ私はそろそろ……うっぷ」


 話がまとまったところでお会計をしようとした途端、お腹の重さが響いた。ヤバい、調子に乗って食べ過ぎたみたい。


「……すみません、少し食休みをしても?」


「ええもちろん。ゆっくりしていってくださいね」


 私は感謝を述べると、スマートフォンの時計を見た。

 午後2時丁度。次のバスまで1時間もあるし、しばらく休憩していくことにしよう。


(ふぅ……やっぱり幽霊より、実際の人の方が何をするか分かんないから怖いよね)


 嫌がらせのために幽霊を利用するということが怖い。私はそう思いながらスマートフォンのアプリを立ち上げた。


(え~っと、喫茶ひなたの口コミは……)


 一応調べておこうと思い、飲食店の口コミサイトやSNSで喫茶ひなたについての情報を集める。口コミの総数は少ないものの、料理やコーヒーが絶品と評価されていた。


 そして、幽霊を見たというような口コミや意見は全く見つからなかった。


(まあ当然か。ネットでそんなこと書いたら総叩きだもんね)


 信じる人なんて極少数だろうし、ネットに書ける内容じゃない。つまり、幽霊の噂はA市内の口コミで広まっていることになる。


(……そもそも、一番最初に幽霊騒ぎを言い出したのって誰なんだろう?)


 私はそう思ってお婆さんに質問しようと、アプリを落として顔を上げたその時だった。


 お店に新しいお客が入って来た。


 私と同い年くらいの男の子だった。サマージャケットとデニムパンツを着こなした少年で、短い黒髪をワックスで固めてきっちり整えている……のだが、


「……え?」


「なぬっ?」


「はい?」


 全身が透けている。入店する際もドアは開かず、スーッと通り抜けて現れた。


 しかし当の本人はそんなこと気にしていない様子で、


「おばちゃん、この席借りるね」


 そうカウンターに投げかけて、開いている席に座った。

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