第7話『土着神に鉄拳制裁』

「イキノコリ……イキノコリィィィィ! ユルサンンンンン!」


「ひっ!」


 鉈男の霊はまっすぐ私を睨んで近づいてくる。全身から感じる気迫で思わず私が悪いのかと勘違いしそうになったけど、


「おっと、ウチの子は関係ないぞ。言いがかりは止めてもらおうか!」


 剛じいが私の前で仁王立ちする。こういうときはホント頼もしい。


「出口は開いたはずだし、このまま帰かえらせてもらいたいところだが……」


「シネェェェェェ!」


「ま、そう簡単には帰してくれないか!」


 怒号と共に突っ込んでくる鉈男を、剛じいが正面から受けて立つ。鉈を避けながら拳を叩き込み、屋敷の瓦礫の中へと吹き飛ばした。


「流石です、剛一郎様」


「うむ。だが相変わらず手ごたえがないな。どうしたものか」


 そう言っている間に、鉈男が再び立ち上がってこちらに向かってくる。このままじゃ最初に戦った時と同じで、剛じいが消耗するだけだった。


「なんとか、弱点か何か分からないかな!?」


 私は頭をフル回転させて突破口を探す。鉈男に関する情報で何か役に立ちそうなのは……。


「厩舎……動物小屋?」


「またあそこに逃げ込むのですか? それは根本的な解決には……」


「違うの。あいつがどうして厩舎に近づかないのか、そこに手がかりがあるんじゃ……」


 そこまで言いかけて、私はハッとしてポシェットに手を突っ込む。取り出したのは、蜻蛉玉付きのかんざし。


「それは!?」


「厩舎の中で見つけたの! 関係あるんじゃない!?」


 私はそう言って、ダメ元で鉈男に向かってかんざしを放り投げた。


 ……が、私はノーコンなので、かんざしは鉈男の横へと大きく弧を描いて飛んで行く。


「しまったぁぁー!」


「何してるんですか貴女は!?」


「!?」


 でも鉈男はそのかんざしをしっかりと目で追い、鉈を放り出して駆け出した。やっぱり何か関係があるみたいだ。


「隙あり!」


「待って剛じい!」


 追い打ちしようとする剛じいを止めていると、鉈男が落ちてきたかんざしをキャッチした。そしてそれをしばらく見つめていた後、


「アアアァァ……! ミワ……こ……!」


 その場でがっくりと膝をついて泣き始めた。


「アああアあァぁ! ミワコ……ミワ子ォォぉォ!」


 誰かの名前を何度も何度も叫ぶ。その姿は見ていて痛々しく感じた。昔、お母さんの葬式で泣きじゃくっていた自分の姿となんとなく重なる。


「……なんていうか、人なんだね。幽霊も」


 元は生きていた人間だから当たり前なんだけど、私は思わず呟いた。剛じいとユウちゃんはそれを聞いて、無言で頷く。


「うウゥゥ……美ワこォォ……」


 鉈男の声に力が無くなってきた頃、剛じいが近づいて語り掛けた。


「……東雲美和子(しののめ みわこ)さんのことか?」


「!」


 鉈男がハッとして剛じいを見上げる。え、何で剛じいが名前知ってるの?


「お前はその関係者だとして……旦那か、彼氏あたりか?」


「ミワ子……オレノつマ……」


 鉈男は掠れた声でそう答える。かんざしの持ち主は美和子さん、そして鉈男はその夫のようだ。


「ミワコワ……こノ村デ……!」


 鉈男はゆっくりと立ち上がり、手に持ったかんざしを再び見る。そして。


「生キノコリ……ユルサなイ……!」


 また私を睨んできた。ちょっと、もう勘弁してっての!


「奈鈴はこの村の住民じゃない。もう村は滅んで、村人は1人もおらん!」


「……!?」


 意思疎通が出来ている今、剛じいがその事実を再度伝える。今度は鉈男も理解したのか、驚いた様子を見せた後に固まった。


「……モウ、ダレも居ないノカ?」


「ああ、だからこれ以上、苦しむ必要もないんだ」


 剛じいが優しく諭し、鉈男ががっくりと肩を落として大人しくなる……。


「奈鈴!!」


「後ろっ!」


 次の瞬間、剛じいが叫んで私の側に戻って来た。ユウちゃんも同時に叫んで、私はそのまま後ろを向く。


 その視線の先には、鉈男が放り投げた鉈が落ちている。


「え、何!? 何がどうしたの!?」


「奈鈴、俺から離れるなよ!」


 剛じいが私の前に出て警戒していると、鉈が宙にゆっくり浮き始めた。


「いっ!?」


 そして、その切っ先を向けて真っ直ぐ突っ込んで行った。鉈男の方へ。


「アぁぁァ!?」


 鉈男は驚いて顔を手で守ろうとするが、鉈はそのまま突っ込むのではなく、ぶつかる直前で柄の部分が前になり、鉈男の右手へと治まった。


「ガアアアアア!!」


 そして、再び雄叫びを上げたと思ったら、再び私を襲おうと向かってきた。


「な、なななな!?」


「うおらぁ!」


 剛じいがそれを止め、拳と鉈で打ち合いをした後に腹パンをキメて吹っ飛ばす。でも、鉈男はすぐに立ち上がった。


「……なるほど。あの鉈、ただの凶器じゃないな。独立した怨霊っぽいぞ」


「しかも、かなり力を持っているようですね」


 私はビビッて声を出せないのに、剛じいとユウちゃんは冷静に分析している。肝が据わりすぎでしょ……。


「嫌な気配の源は鉈男だと思っていましたが、どうやらこっちだったようですね」


「鉈男に戦闘力を与えていたのもこいつかな。どおりで手ごたえが無いわけだ」


 うんうん、と納得している剛じいに鉈男が迫る。ちょっと! 前見て前!


「シネェェェェェ!!」


「俺はもう死んどるわボケェェェー!!」


 剛じいが今度は鉈男ではなく、持っている鉈めがけて拳を放つ。酷いノリツッコミだ。


「グギャアアァァ!!」


 が、ノリツッコミ交じりといえどかなり効いたのか、鉈男が悲鳴を上げて苦しみだした。やっぱり鉈本体が弱点みたいだ。


「おいこら本体ぃ! お前が表に出てくるまで殴るの止めんぞっ!」


「キサマァァァァァ!!」


 明らかに激昂している鉈男……の体を借りているであろう何物かだったが、そんなのに剛じいは怯まない。


「もひとつドン! 更にドン! 倍率ドンッ! 二乗でドーン!!」


 滅茶苦茶な語録を口にしながら、攻撃をかわしつつ何度も鉈の側面を殴って蹴っての繰り返し。次第に鉈男の動きに勢いが無くなり、苦しむ声が長くなっていく。


「キサマァァァァ……! ワレノクモツニナレ……!」


「供物ぅ? そんなのになってやる筋合いは無いわ! 何様のつもりだ?」


「ワレハ、コノチノカミ! ソノタマシイヲ、ササゲヨ!」


 何様だと思ったら神様だった……って、ええっ!? 神様!?


「ほーん、さっき村長が呼び出そうとしたのはお前だったってわけだな。見捨てて真っ二つにするなんて冷たい神様だな」


「ノコサレタ、カズスクナイクモツダ。ホンモウダロウ」


「供物、か……」


「クモツヲ、イケニエヲ、ワレニ! タマシイヲササゲヨ! ムラハ、ソウシテマモラレル!」


「……」


 そこまで聞くと、剛じいが急に静かになった。でも、その拳は固く握りしめている。


「……村全体が存命の時も、そんな感じだったんだな」


 そう呟いた後、剛じいはギロッと音が鳴りそうなくらいに鉈男を睨みつけ、


「同情の余地なしで結構! 心置きなく叩き潰せるってなぁ!」


 そう叫んで鉈男に突っ込んだ。


「ぶるああぁぁぁぁぁぁ!!」


「!?」


 鉈本体への止まらない拳のラッシュ。最初は鉈男も対抗していたが、次第に動きについていけなくなっていき、


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」


「アガガガガがガガガガ!!」


 防げなくなり、拳全てをモロに受け続ける。そして剛じいがトドメとばかりに放ったアッパーカットが、鉈男の手から鉈を上空へ弾き飛ばした。


「とうっ!」


 それを追うように剛じいがわざとらしく足に力を入れてジャンプする。いや、あんた普通に飛べるでしょ。


「うらあああああ!」


 空中で鉈が静止した後に剛じい目掛けて突っ込んで来たが、拳を振り下ろしてそれを地面へと叩きつけた。そしてその場所へと剛じいが急降下していく。


「鉄 拳 制 裁!」


 突き出た拳が鉈の側面にめり込み、ひび割れ、そして砕け散る。その直後に黒い靄のようなものが大量に噴き出した。


「な、なにあれ!?」


「クソ神様の本体……だろうな。神様ってのは、本来形を持たないからな」


 鉈に憑依していた神様が出てきたってことだろうけど、この場合どうなっちゃうの!?


「こ、この状態だと剛じいが殴って倒せるわけ!?」


「心配するな。もう殴る必要もない」


「へっ?」


 私が首を傾げている間に、神様である黒い靄は徐々に消えていっていた。


「アアァァ……! チカラガ……シンコウガ……!」


「神様は人の信仰心が無いと存在できん。そして、こいつを信仰している村人は既に全滅しとるからな」


 信仰する人間がいなければ、神様もいなくなる。納得したけど、村人の幽霊を残らずブッ飛ばしたのは剛じいだよね?


「いや、信仰は生きている人間のものじゃないと意味がない。だからこいつは、代わりに村人の霊力を使っていたみたいだな」


 剛じい曰く、この神様は村人が全滅して自分を信仰する人が居なくなったため、その村人の霊を吸収して霊力に変換、そうして今までこの村で存在し続けていた、とのことらしい。


 そして、その幽霊も今は剛じいがほとんど倒しちゃったから、完全に供給源が無くなったと。


「神様のクセに生に執着しよって。見苦しいからさっさと消え失せろ」


「クソ……クソォォォ……ユルサナ……」


 吐き捨てる剛じいに反論しようとしたが、言い切る前に神様は完全に消え去った。残っているのは、鉈から解放された鉈男の霊のみ。


「……」


「大丈夫か?」


 剛じいが近づいて語り掛けると、


「……ありがとう。これで、妻の所へ行けます」


 鉈男はそう言って、ゆっくりと消え去った。


「結局、あの男の人はなんだったんだろう?」


「……村を存続させるためには、子供が生まれないとダメだ。それは分かるな?」


「え? う、うん」


「そして、近親者どうして結婚しないよう、定期的に村の外の人と結婚する必要がある。それも分かるな?」


「そ、そうだね」


「でも、ヤバい神様を信仰している、日本国憲法が通じないやりたい放題の村、そんな場所に行きたい人がいるわけがない。そんなとき、ここの村人なら何をすると思う?」


「……まさか」


 行きたがらないなら、無理やり連れて行けばいい。そしてその後……いや、もうそれ以上考えたくはなかった。


「あの男の奥さんは、その被害者だったんだろうな。で、その復讐のために村に乗り込んで壊滅させた……そんなところだろう」


「じゃあ、あの厩舎は?」


「かんざしが落ちてたところを見るに……多分、そこで見つけたんだろうな、奥さんを」


 その時、奥さんがどんな状態だったのかは考えたくなかったけど、旦那さんのことを想うと胸が苦しくなる。そりゃ近づきたくは無いし、村を壊滅させたくもなるよね……。


「まあ、もうクソみたいな神様も村人もおらん! これで一件落着だな! はっはっは!」


 暗い空気を吹き飛ばすように、剛じいが大声で高笑いする。確かに、もうこれ以上この村関連で苦しむ人はいない。と思っていたところで、


「あの、私のことは……? 記憶の手がかりが、まだ……」


 ユウちゃんが後ろで、恐る恐るという感じで手を上げた。


「しまった! 気が高まっていたから忘れてた!」


 ちょっとぉ!? 何か考えてると思ったのにまさかのド忘れ!?

 いや私も怒涛の展開のせいで忘れてたんだけどさ!


「い、今からでも遅くないし、何かないか探して——」


 私がそう言いかけた時、周囲の景色が歪んだ気がした。いや、実際に歪み始めている。


「え、なになになに!?」


「おおっと、どうやらこの村、あの神様がなんとか形を維持してたっぽいな。それに力を使ってたからあんなに弱かったんだな。納得」


「えっと、つまりそれって……」


「もうすぐここは消滅する! その前に脱出するぞ! 全員駆け足!」


「嘘でしょ!? また走るのぉー!?」


「わ、私の記憶の手がかりがぁー!?」


 私とユウちゃんは泣き叫んだが、歪み続ける世界に身の危険を感じ、再び死に物狂いで走り出す。途中でチラッと後ろを振り返ると、地面だった部分が真っ黒の奈落に変わっていくところが見えてしまった。


「俺の感覚的に、全力で走ればまだ間に合うぞ! さあ出口のトンネルに急げ!」


「そんなん聞いても安心できるかぁー!」


 私の叫びが無人になった村に響く。

 ホント、心霊スポットなんか来るもんじゃないね! 今更だけど!

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