第6話『幽霊屋敷、倒壊』

 犬鳴村の村長宅であろう屋敷にて、私達は村から出る手がかりがないか調べていた。


 屋敷は広く、そのぶん部屋の数も多い。だから必然的に『扉を開ける』という行為が増えるんだけど、


「……っ!」


 開けた瞬間に幽霊が飛び出さないか、毎回ビビる私だった。


「まったく、霊がいる場合は私が気配で気づきます。それ以外では怖がらなくてよろしいのに」


「そうだぞ。それに飛び出てても俺が一瞬で退治するから怖がらなくていいぞ!」


 そういう問題じゃないの! 幽霊村にいるだけで怖いんだって! 感覚マヒってない!?


 抗議したかったけど、元々幽霊の2人に行っても無駄だと思った私は、次の部屋の扉をゆっくり開ける。その中は書斎になっていた。


「お、ここなら何かありそうだな。手当たり次第に調べてみるか」


「……2人とも、本に触れられるの? すり抜けない?」


「ここは幽霊村ですから、私達でも物に触れることができるようです」


 部屋一面の本を私一人で調べることにならなくて良かったと思いながら、おもむろに1冊本を取って開く。しかし、


「うわっ、すごい字……全然読めない……」


 達筆なのか純粋に汚いだけか、ともかく私には読めなかった。漢字とひらがなが使われているのは辛うじて分かるけど、文章の解読は無理だこれ。


「む、随分昔に見た書き方だな。懐かしい」


「剛じい、読めるの?」


「うむ、俺が生前の頃はどこもこんな感じだったぞ」


 剛じいが私のひいひいお祖父ちゃんだから、100年くらい昔ってことになる。ということは、この村はそれくらい前から存在するらしい。


「なになに……これは村の居住者一覧だな」


「何か手がかりになるかな?」


「まあ、調べてみるしかなかろう」


 そう言って剛じいはパラパラとページをめくり、しばらくしてその指が止まった。


「お、歴代の村長の名前が載ってるぞ。一番最近の奴の名前は犬鳴玖重也(いぬなき くえや)というらしい」


「そう……でも、名前が分かったところでねぇ。幽霊になってるだろうし、意味ないでしょ」


「いや、名前が分かるのは大きいぞ。呼びかければ生前の記憶を思い出して、会話ができるようになることもある」


「そうなの?」


「ああ。自我を取り戻すきっかけになる大事な部分だ」


「つまり、村長を探し出して名前を突き付け、自我を取り戻したところで村からの出方を吐かせる、ということですね?」


「うむ! そうだな!」


 私、平和的に話をして帰りたいと思ってたんだけど、この2人の様子だと初っ端から真面目に会話する気は無いと見た。


「いやあの、もうちょっと穏便に事を済ませるつもりは……?」


「問答無用で攻撃してくる相手に、配慮など必要ないでしょう」


「うむ。日本国憲法通じずって理屈で襲ってくるなら、こちらも同じように接しなければ無作法というものだ!」


 そんな作法、私は知らないよ!


「とにかく、村長の名前は分かりました。後は探す方法ですが……」


「大きな声で叫んでみるか?」


「バカ正直に出てくるとは思わないけど……」


 どうしようかと3人で考えていると、さっき本を取り出してバランスが崩れていたのか、その隣の本が床にパンッ、と落ちた。


「ひっ! びっくりした!」


「これくらいのことで驚いてどうするのです……」


「ははは、可愛いだろう? ウチの子は」


 剛じいが笑いながらその本を拾い上げて本棚に戻そうとしたが、その表紙を見た途端にピタリと止まった。


「村贄……?」


「ん? 剛じい? どうしたの?」


「いや、ちょっとな」


 そう言って剛じいは本を開いてパラパラと読んで行く。指を進めていくごとに、その表情も険しいものになっていった。


「……なるほどな」


「剛一郎様? 何か気になることでも」


「いや、何でもない。気にするな」


 そう言って剛じいは本を元に戻し、くるりと私達に振り変えると、


「さあ、ここにいても始まらん! 犬鳴玖重也を締め上げに行くぞ! 付いてこい!」


 そう高らかに叫びながら、出入口へのドアへと向かって行った。


(剛じい……)


 私はその背中をユウちゃんと一緒に追う。

 一瞬だけ振り返って例の本を見たけれど、私には何が何だか分からなかった。




 剛じいに付いて行くまま私たちは屋敷の外に出た。周囲の様子を確認すると、今のところ近くに幽霊はいないみたいだった。


「それで結局、どうやって村長……犬鳴玖重也を見つけるの?」


 私は疑問をぶつけると、剛じいはにこやかな顔で私に聞き返してきた。


「第1問! かくれんぼの途中、どうしても隠れ場所から出ないといけないときって、どんなとき?」


「え……何よ急に?」


「まあまあ、いいから考えてみてくれ。3択まで絞るから」


1.鬼が近くにいるとき

2.他の人が同じ場所に隠れに来たとき

3.隠れ場所が倒壊しそうなとき


「さあどれだ?」


「3だけ次元が違う気がするのは何?」


 この中ならぶっちぎりで3でしょ。1は変に出たら鬼と鉢合わせするし、2は一緒に隠れればいいんだから。


「はぁ……3ってことは分かったけど、それが一体何なの?」


「第2問!」


 私の言葉を無視してクイズを続ける剛じい。ちょっとイラっとした。


「伝統を重んじる奴を怒らせる方法は何だ?」


1.伝統が途絶えたとき

2.伝統がバカにされたとき

3.伝統を他人に破壊されたとき


「……いや、全部でしょ」


「正解! 全部だ!」


 ちょっと! 3択クイズの意味ないじゃん!


「第3問! ここ、犬鳴村でだけ俺ができることって何だ?」


「ねえ、このクイズまだ続くの?」


「これが最後だ! さあ考えてみてくれ!」


 私は内心面倒くさいと思いながらも、話が進まなそうだから付き合ってあげることにする。


1.物に触れられる

2.物を持てる

3.物を壊せる


「いや、これも全部じゃん」


 書斎での出来事を思い出せば簡単だ。幽霊の村だから剛じい達のような幽霊も物に触ることができていた。そして、物に触れられるなら持てるし壊すこともできる


「正解! 100点の答えだな!」


「……で、それと村長探しと一体何の関係があるわけ?」


 いい加減ウンザリしてきた私は腕組をしたたま剛じいを見る。それに対して、剛じいはニヤリと笑って言葉を続けた。


「さっき俺が拾った本はその村長、犬鳴玖重也が書いたものだった。で、書かれていた内容を見た感じ、奴はこの村の伝統を重んじる奴みたいだ」


「はぁ……」


「ついでに、普段はこの屋敷からほとんど出なかったらしい。幽霊になった今でも、この屋敷に隠れている可能性が高い。地縛霊ってやつだ」


 そう言うと剛じいはファイティングポーズを取って、村長の屋敷を見据えた。


「つまり、奴を引きずり出すには、屋敷を安全じゃなくして、伝統の物をぶっ壊せばいい。そして、今の俺はそれができる」


 剛じいが拳に力を込めて腕を引き始めた。その視線は変わらず屋敷を、豪華で立派な伝統ある風貌の日本家屋を見据えている。


「ちょっと待って、まさか……」


「ぶるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 雄叫びと共に、剛じいが拳を突き出した。そこから放たれた巨大な衝撃波は屋敷に直撃し、壁に大きな穴を開けた。いや、それどころかそのまま貫通して反対側の壁まで風穴を開けている。


「オラァ! 犬鳴玖重也! 出てこいやぁ!!」


 怒涛ともいえる拳のラッシュを撃ち込み、屋敷の壁や屋根、柱と言う柱に次々と穴を開けていく。そこからヒビが広がり、屋敷全体へと伸びる。


「やりたい放題すぎるんじゃない!?」


「日本国憲法が通じん村なんだろ? ならここまでやっても責められる筋合いは無いわっ!」


 パンチを連打しながら剛じいが叫ぶ。その言葉はいつもの無駄に明るい口調ではなく、力がこもっていた。


「村の伝統なんぞクソくらえじゃオラァ!!」


 最後に渾身の一発を放ち、衝撃波が屋敷を大きく揺らす。その直後、壁と柱をポロボロにされた大きな屋敷はそのまま倒壊し、あっという間に瓦礫の山と化した。


「あわ……あわわわわわわ……」


 私は立ち尽くすしかなかった。声は出るけど言葉が出ない。いやもう、ここまでする?


「ふぅ……これでよし!」


 いや、一仕事終えました、みたいなテンションで呟かれても困るわ!

 隣のユウちゃんを見てみてみなさいよ! 声すら出せずに絶句してるんだけど!


「アアアァァ……!!」


 そんな私たちをよそに、倒壊した屋敷の方から声が聞こえてきた。見てみると、奥のほうから年老いた男の幽霊が一体、瓦礫の下からスーッと現れてこちらを睨んで来た。


「キサマァ……! ヨクモワガヤヲォォォォ……!」


 村長の霊は剛じいを睨みながら頭を掻きむしっていた。

うん、そりゃそんなリアクションもするよね。正直、この状況に関しては幽霊の方に同情している私がいた。


「ふん、貴様が村の物やよそ者にしてきた仕打ちを考えれば軽いもんだろう」


 私とは違い、剛じいは吐き捨てるように言った。顔を見ると今まで見たことがないような形相で村長を睨みつけている。そこで初めて、私は剛じいを怖いと思った。


「……ねえ、一体どうしたの?」


「……奈鈴は知らんでいいことだ」


 思わず聞いた私を突っぱねる剛じい。その直後、村長の霊が再び叫び出した。


「ユルサン……ユルサンユルサンユルサンユルサンユルサンユルサン!!」


「ひっ!?」


「ワレラガカミヨォォォォォ! ヨソモノニテンバツヲォォォォォ!!」


え、神? 神って言ったか今!?


「テンバツヲ! テンバツヲ! テンバツヲ! テンバツヲォォォォォ!!」


 気迫と声量に圧倒され、私達は警戒して身構える。幽霊相手ならともかく、本当に神様が出てきたらどうなるか分かったもんじゃない。


「ごくり……」


 私は思わず生唾を飲み込んで成り行きを見守った。そして、


「……」


「……」


「テンバツヲ……」


「……何も起こらないですね」


 いや神様こないんかーい!


「……」


 村長は神様を呼ぶのを止め、こっちを見据えた後に、


「テンバツヲ!!」


 単身でこっちに向かってきた。


「天罰(物理)!?」


「いえ、幽霊だから物理ではないと思いますが」


「冷静なツッコミ!」


 ユウちゃんとそんなやりとりをしている間に、


「ふんっ!!」


 剛じいが村長の霊を捕まえて、その頭を片手で持ち上げていた。


「お前、犬鳴玖重也で間違いないな?」


「ア……アああァァ……?」


 剛じいが名前を呼ぶと、しゃがれ気味だった村長の声が段々と聞き取りやすくなっていった。名前を思い出すと自我が戻って会話ができるようになるって言ってたけど、それってこういうことだったの?


「自我が戻ったか? なら俺達の質問に答えてもらおうか!」


「き、貴様のようなよそ者に教えることなど——」


 そこまで言いかけた時、剛じいが手に力を入れる。そのまま村長の頭を握りつぶす勢いだ。


「あがああああああ!?」


「何にも言わないなら役に立たないから、このまま消滅させるぞ?」


「ま、待て! 話す! 話すから止めてくれ!」


 台詞だけ聞くと小物感が凄いけど、2メートル近いマッチョマンに捕まってる状況じゃあ仕方ないよね。うん。


「まずそもそも、この村は一体何なんだ? 答えろ!」


「こ、この村は犬鳴村! 我ら犬鳴一族が代々治めている村だ! 我らが神を崇め、信仰するための!」


「ほう……で、そこが何で今、こんな幽霊村になってる?」


「よ、よそ者! よそ者が村に来て全て焼き払っていった! それで村は全滅だ! そこから先は覚えていない!」


 つまり、村外の人が来て村の人たちを皆殺しにしたから、村単位で幽霊になったってこと? それはちょっと酷い話だな……。


「そうか。で、出口は?」


「そ、外に繋がるトンネルがある! それ以外は山に囲まれてるから……」


「そのトンネルを無限回廊にして出れなくしてるの、お前だろう? 気配で分かる」


「そ、それは……」


 村長は言葉に詰まった。どうやら図星みたい。


「そういう術を解除するのは術者をブッ飛ばすのが定積だが……」


「……ひいいいい!」


 村長が一層大きな悲鳴を上げる。このまま剛じいに消滅させられるかと思って怖がっているみたい。


「き、きた! こっちに来るな! やめてくれぇぇぇぇ!」


 ……ん? こっちに来るな? 何言ってるのこいつ?


「剛一郎様! 後ろ!」


 ユウちゃんが叫び私達は振り返る。その視線の先には、


「ミツケタ……ミツケタァ……!」


 鉈を持った男の霊が、こちらにゆっくりと近づいてきていた。


「やばっ! あいつまた来た!」


「すみません、色々あったため気配を感じ取るのが遅れてしまいました!」


 まあ目の前で屋敷倒壊、そのうえ村長を腕一本で締め上げるっていう衝撃的な光景が続いたから仕方ないね。ユウちゃんは悪くないよ……って、納得してる場合か!


「ユルサンゾォォォォォォォ!!」


 鉈男は走り出し、一気に私達へと距離を詰める。剛じいはすぐに私とユウちゃんの前に立って戦闘態勢をとるが、


「アァァァァァァァ!!」


「えっ!?」


「むっ!」


 鉈男は私達ではなく、剛じいが左腕に持っていた村長の霊に斬りかかった。剛じいが反射的に村長を遠くに投げ飛ばすと、鉈男もその方向へ走る。


「カタキィィィィィィィ!!」


「ひいい! や、やめっ! やめてくれ! もうあんな……!」


 村長は懇願しながら必死に逃げるが、あっという間に追いつかれ、


「シネェェェェェェェー!!」


「うわああああああああ!!」


 鉈で頭から真っ二つに引き裂かれた。


「ああっ! まだ聞きたいことが山ほど……!」


 ユウちゃんが思わず叫ぶが、そのまま村長は跡形も無く消え去った。そして鉈男はユウちゃん声にかまうことなく、


「イキ……ノコリ……!」


 ぐるりと向きを変え、私を睨んだ。

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