第5話『肝の据わった幼女』

「ふおおおおおおっ!」


 私は女の子の霊の指示に従い、安全な場所とやらへ文字通り死ぬ物狂いで逃げていた。


 当然、鉈男の霊は追いかけて来て時折斬撃波を飛ばしてきたが、


「次来ます! 右に避けて!」


「はいいい!」


 女の子の霊が鉈男の斬撃波のタイミングを教えてくれ、指示通りに動いてそれを避ける。それでも危ない時は、剛じいが何とか攻撃を弾いてくれた。


 そして、女の子の幽霊に言われるまま案内されたのは、村の外れにある厩舎の中だった。昔は牛や馬が飼われていたのかもしれないけど、今は1頭も見当たらない。


 私はその中へ飛び込む形で逃げ込んだ。いや、ほぼ足をもつれさせて転んだに近い。これ以上一歩も走れなかった。


「ぜえー……ぜえー……あ、あいつは……?」


「あの大男が対峙しています」


 息を整えながら外を覗くと、少し遠くで剛じいが仁王立ちして鉈男を足止めしている。手負いの剛じいが戦うのはまずいと思ったけど、鉈男の様子が少しおかしかった。


「アァァァ……アアアあァ……!」


 その場でうずくまり、頭を抱えて泣き声を上げている。その様子はさっきまでの殺気マシマシだった時とは雲泥の差だった。


「うむ……これはどうしたもんか」


 流石の剛じいも困惑しているみたいで、しばらく様子を見守る。すると鉈男はゆっくり体を起こした後、よろよろと村の方へと戻って行った。


「……何だったんだ、あれは?」


 鉈男が完全に立ち去ったのを確認した後、剛じいが厩舎の中に入って聞いてくる。しかし女の子の霊は首を振った。


「分かりませんが、あの男はここに来るとああなって、近づこうとしないんです」


「ま、まあとにかくありがとう。えっと、貴女の名前は?」


「他人の名を尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀ですよ?」


「うっ……」


 急に正論を言われて尻込みした私だったが、すかさず剛じいがフォローを入れてくれた。


「待て、助けてくれたことは感謝するが、さっき奈鈴を襲おうとした相手に簡単に名前を教えるわけないだろう」


 言ってる! 奈鈴って思いっきり言ってる! ああもうダメだこの守護霊!


「む……それもそうですね。今回は謝罪も兼ねて私から名乗りましょう」


 こっちはこっちで聞き分けいいし! 突っ込まないんかい!


「私は……私、は——」


 急に言葉が詰まる。あれ? 急にどうしたの?


「……ユウちゃん、と呼ばれていた……気がします」


「呼ばれていた……?」


「本当の名前は……記憶が……」


 ユウちゃんと名乗った女の子の霊は、うつむいたまま動かなくなった。でも顔を見なくても困惑している様子は分かる。


「生前の記憶がないやつか……たまにいるな」


「ちょっと、そういうカテゴリ分けは失礼だから止めてあげて」


「すまん……」


 私は腰を低くしてユウちゃんの目線に顔を合わせる。幽霊相手だから正直怖かったけど、なるべく笑顔で話しかける。


「ユウちゃんね。よろしく。私は江宮奈鈴だよ」


 ユウちゃんは顔を上げる。少し困ったような表情をしてたけど、かすかに笑顔が戻った。うん、笑ってるとカワイイ。


「ありがとうございます。江宮……さん」


 ユウちゃんはペコリと頭を下げた。年齢の割にかなり礼儀正しくて良い子みたい。


「奈鈴でいいよ。それでこっちが……」


「江宮剛一郎! 奈鈴のひいひい祖父ちゃん兼、江宮家の守護霊だ!」


 剛じいは高らかに宣言しながらマッスルポーズを決める。いや御辞儀ぐらいしてよ。ユウちゃんの礼儀正しさ見習ってくれない?


「……暑苦しいですね」


「なっ、なんだとっ!?」


 ユウちゃんナイス。ショックを受けている剛じいを見たらちょっとスカッとした。


 ……って、そんなことをしてる場合じゃない。話を戻さないと。


「えーっと、それで、ユウちゃんはどうして私達を助けてくれたの?」


 鉈男の霊と戦う前は、ユウちゃんも私達を襲う怨霊だったはずだ。でも何で急に味方をしてくれたんだろう?


「……分かりません。ただ、似たような光景をどこかで……それで、体が勝手に……」


「???」


 ユウちゃんは俯いてしまう。私は剛じいを見ると、腕を組みながらちーちゃんをジッと見つめていた。


「……さっき見た時と違って、悪意が無くなってるな。怨霊じゃなくて、ただの浮遊霊になってるみたいだ」


「怨霊が浮遊霊になるの?」


「うむ。霊として力が弱まった時や、目的を達成して成仏する寸前は怨念が消えて、ただの浮遊霊になる場合がある」


 それってつまり、浮遊霊になった原因は剛じいにあるんじゃない?


「さっき、ユウちゃんの霊力を途中まで吸収してたよね……?」


「え、俺のせい?」


「……更に聞くけど、そのせいで記憶が消えた可能性は?」


「あー…………」


 こらぁ! 目を逸らすな!


「……怨霊ってのは文字通り怨念に取りつかれてる霊のことで、怨念は生前の記憶に由来するからな。怨念が消えれば、記憶も消えるわな」


 ああもうっ! 何から何まで剛じいが原因じゃん!


「ご、ごめんねユウちゃん。成り行きとはいえ、記憶を奪っちゃったみたいで……」


「いえ、代わりのこうして自我が戻ったようですし、むしろ感謝したいぐらいです。ありがとうございます、剛一郎様」


 大人! 大人の対応! こんなできた子供見たこと無いよ私! 凄い!


「だがこの村のことや、鉈男のことは覚えてるみたいだな。この厩舎のことも知ってたし」


「はい……村に来てからの記憶はおぼろげに。確か、村に来てあの鉈男に追い回されたこと、それと……」


「それと?」


「……村長の元に連れて行け、と他の者から言われたような」


「村長か……」


 ここが村の形をしているなら、当然村長もいるか。そして、その村長は鉈男と別人、いや別幽霊らしい。


「うーむ、鉈男に攻撃が効かなかった以上、脱出方法を探すなら村長のことを調べた方が良いかもしれんな」


「でも、どうやって探せば……それに、また鉈男に会ったら……」


 剛じいでも倒せない霊が徘徊しているうえに、どこにいるか分からない村長を敵だらけの村で探すのは怖い。


「何をウジウジと。女は度胸、舐められたら負けですよ?」


 悩んでいる私に、ユウちゃんはハッキリと言い切った。幽霊とはいえ肝が据わりすぎてないこの子?


「……ねえユウちゃん、失礼かもしれないけど、貴女何才? 因みに私は16ね」


「本当に失礼ですね……7才ですが?」


 嘘でしょ!? 7才でこの佇まい!? どういう環境で育ったの!?


「ともかく、私もこの村で浮遊霊を続けるつもりはありません。ここは協力して出る方法を探しましょう」


「う、うん。分かった」


「剛一郎様、おケガの具合は?」


「うむ、もう少し待っていろ!」


 剛じいはそう言ってマッスルポーズを取り、両腕に力を入れ始めた。すると少しずつ消えかけて霞んでいた腕が元に戻り始める。


「なーに、すぐ終わるさ! あと5分ほど待っていろ!」



~5分後~



「その年なのにしっかりしてるね。どうしたらそんな自信満々に振舞えるの?」


「何となくですが、両親の影響があったような気がしますね。それが本当なら、2人に感謝しなくては」


「きっと素敵な両親だったんだね。ユウちゃんがその証拠だもん」


「ふふふ……そうでしょうか。そうだといいのですが」


「そうだよ。だって着物だってそんな綺麗な——」


「完ッ! 全ッ! 復ッ! 活ッ!!」


 話に花を咲かせていたところで、剛じいが叫び声を上げた。


「あ、終わった? でもうるさいから静かにして」


「ひどくないか!?」


 剛じいが抗議するが、正直私はもう少しユウちゃんと話していたい。というのも、何かユウちゃんに関して手がかりがないか話を通じて知りたかった。


「うーん、ご両親に関してもっと知れれば、ユウちゃんの未練が分かるかと思ったけど……」


 せっかく悪意のない幽霊になったんだし、良い子みたいだからなるべく成仏させてあげたい。そのためには死因や亡くなった場所に関する情報が欲しかった。


「私のことを案じてくれるのは感謝しますが、今は村の脱出を。傷も癒えたことですし、そろそろ行きましょう」


 しかし本人はかなり割り切っているようで、すぐに厩舎の外へと出て行ってしまった。何というか、思考がすごい大人びている。それはこの5分間の会話の中でもすごく伝わった。


「口調も崩さないし、姿勢もずっと綺麗だった……凄いなぁ」


「良いところのお嬢様かもしれんな」


「十分ありえるね」


 それは私も考えた。良家のご令嬢なら手がかりもいくらか探しやすい。ただ、


(お父様、死んじゃいや、か……)


 彼女が怨霊だったときの叫び声。それが意味するのは——


「……ん?」


 そんなことを考えていると、視界の端に違和感を覚えた。よく見ると、積まれた藁山の近くに何か落ちている。


 近寄ってそれを拾い上げると、それはかんざしだった。装飾として薄紫色の蜻蛉(とんぼ)玉が付いている。


「何でこんなところに……?」


「おい奈鈴、どうしたー?」


「何をしているのです? 早く行きますよ!」


「あ、はーい」


 何かの手がかりになるかもと思い、私はかんざしをポシェットに入れて2人の背中を追う。ユウちゃんの事といい気になることだらけだけど、今は村からの脱出が先だ。



「でも、具体的にはどうしよう? 村長の霊を探すって言っても、手がかりが無いんじゃ……」


「それならご安心を。私にいい考えがあります」


 再び村に入ったところでユウちゃんが答えた。自信満々な返答、なかなか頼もしい。


「もしかして、前に会った場所を思い出した?」


「いえ。ただ本当に村長という立場なら、この村で一番大きな家に住んでいるはずです。権力者は大きな家が好きなので」


「え」


「というわけで、大きな家を探してそこを調べましょう。戦いになったら、剛一郎様にお任せします」


「おう、任された!」


「えぇ……」


 思った以上に単純な考えだった。それでいいの二人とも!? 幽霊なんだからそこに留まってる保障もないのに!


「いや、村長が地縛霊の怨霊だった場合はその場にいる可能性が高いぞ」


 な、なるほど? ユウちゃんはそれを知っていて提案したってわけか。


「そうなのですか? それなら尚更、大きな家を探しましょう」


 知らなかったんかい! そうだね、記憶ないんだったよね! 知らないはずだよね!


(……あれ? 記憶ないはずなのに、権力者は大きな家にいるって知ってる?)


 どうやら全部の記憶が無くなってるわけではないらしい。もしかしたら何かのきっかけで記憶が戻るかも。


「っ! 隠れて!」


 考えていると、ユウちゃんが静かな声で指示を出した。私達はすぐに近くの民家の陰に隠れる。


「どうした?」


「感じます……鉈男が近くにいますね」


「何!?」


 それを聞いて剛じいが目を閉じて静かになった。そしてしばらく後に目を開け、


「確かに、うっすら気配を感じるな。しかし俺でも気づかなかったのに、よく分かったな」


 そういえば、剛じいも鉈男と初めて対峙したときも、直前まで気づけなかったっけ。


「私、そういうのはよく分かるみたいです。こう、殺意とか悪意というか……」


「むう、生前に身に着いたのか、はたまた霊としての力に目覚めたか……」


「しっ。静かに」


 息を殺していると、近くでザリザリという音が迫ってくる。多分、鉈が地面を引きずっている音だ。


 それが通り過ぎ、完全に聞こえなくなってからしばらくした後に、ユウちゃんが警戒を解いた。


「鉈男が近くに来たらまたお知らせしますので、隠れながら進みましょう」


「そうだな。倒す方法が無い以上、戦いは避けるか」


 私もそれに同意し、ユウちゃんの指示を聞きながら村の奥へ奥へと進んで行く。当然、途中で鉈男以外の村民の怨霊も襲ってきたけど、


「ふんっ!」


「フベラァ!?」


 剛じいの敵ではなかった。


「私にも、あのような力があれば……」


「ユウちゃん?」


「……あれ? 私、今なにか言いました?」


「……ううん、大丈夫だよ」


 聞かなかったことにした私は、剛じいの後ろをついて行くように進む。そしてしばらく歩いていると、村の奥で一際大きいお屋敷を見つけた。ご丁寧に丸石が敷き詰められた大きな庭までついていて、そこには小さな池も作られていた。


「十中八九ここだな」


「うわ、分っかりやすー……」


「私の思った通りでしたね」


 各々感想を言った後、私は玄関の扉を開けて中に入った。最初に長ーい廊下が目に入った後、


「オォォォォォ!」


 左右の部屋から怨霊が現れて襲ってきた。


「お邪魔しまぁーす! そして邪魔すんなぁ!」


 叫びながら剛じいが連続パンチで霊をブッ飛ばしていく。傍から見たら押し入り強盗にしか見えないよねこれ。


「まあ、正当防衛ということで」


「……よくそんな難しい言葉知ってるね、ユウちゃん」


 言ってる間に、剛じいが襲ってきた霊を全て消滅させた。グルグルと肩を回した後、ユウちゃんに確認する。


「今いた霊の中に、村長の霊はいたか?」


「さぁ……連れていかれた後のことは覚えていないので、顔も分からないです」


「ふむ、なら中を探すか。それっぽい奴を見つけ次第、血祭りにあげてやろう」


「言い方! それじゃこっちが悪者だよ!」


 私は突っ込みながらも、文字通り屋敷に土足で上がり込む。ここに村から出る方法があると信じて、私は一つ一つ部屋を調べることにした。


「おらぁ! 俺たちを閉じ込めた不届き物はどこだぁ!? 出てこいやっ!」


「私に何をしたのかもきっちり吐いてもらいますよ。さあ姿を見せなさい!」


 慎重に進む私とは裏腹に、剛じいとユウちゃんは喧嘩口調で威圧しながら四方を睨んでいる。完全にヤクザのカチコミだこれ。


「早く帰りたい……!」


 私は心の中で号泣しながら、早く手がかりが見つかるよう祈った。

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