第4話『犬鳴村で無双』

(犬鳴村……? どっかで聞いたことのあるような……)


 私は頭を捻ったけど、すぐには出てこなかった。それ以上に「日本国憲法通じず」の文言の方が気になりすぎる。


「行ったらヤバいね、うん! でも忠告してくれるだけ優しいかもね!」


 こんな明らかにヤバい場所のヤバい村に行けるわけないでしょ! 私は家に帰る!


「だが、トンネルからは家に帰れないぞ。引き返しても無駄だ」


 あー! そうだね! その通りね! どうしようもなく正論ね!


「じゃあ、家に帰るにはどうすればいいのよ?」


「うーん、ちょっと待ってくれ」


 そう言うと剛じいは腕を組み、静かに目を閉じた。そしてそのまましばらくした後、


「トンネルで感じた嫌な気配と、同じ気配をこの先から感じる。トンネルを無限回廊にしたやつがいるかもしれん」


「えぇ……」


 この先って、要するに犬鳴村の方向でしょ? 結局入らなけいけないんじゃん!


「まあここまで来たからにはやるしかない! 全てを蹴散らして家に帰るぞ!」


 こんな状況でも剛じいは意気揚々とマッスルポーズを決めてくる。その変な明るさと無限の自信はどっからくるの!?


「さあ行くぞ! 何が来ても俺が守るから安心しろ!」


 そう言って剛じいは手招きしながら先導する。私は溜め息をつきながらも、一緒に先へ進むしかなかった。


 少し歩くとすぐに道が開けて民家が見えてきた。小さな木造の家が点々と建っていて、数は多いけどどれもかなり古くてボロボロだった。そして、


「オォォォォォ!」


 案の定、その中のひとつから白い幽霊が現れてこちらに向かってきた。


「お、第一村人発見!」


「ノリが軽い!」


 私がツッコミを入れている間に、剛じいはその幽霊を流れるように羽交い締めにしていた。凄い、あっという間だった。


「おい、発声はできるみたいだが会話はできるか? ここはどういう村なのか教えろ」


 締め上げながら剛じいが語りかけたが、村人らしき幽霊はうめき声を上げ続けた後、


「ヨソモノォォォォォォォォ!!」


 そう叫んだ。


「ひいいいいっ!」


「むうっ!」


 剛じいがすぐに首を絞め上げると幽霊は消滅。でもその直後、民家や雑木林の中、そして村の奥から次々と幽霊が現れて私達を囲んでいく。


「アァァァァァ……」


 老若男女、色んな幽霊がいた。外見も着物姿、学校制服、Tシャツ短パン、コート羽織など様々。まるで統一性がなかったけど、私達を狙っているのは皆一緒だった。


「あわわわわわわわわ……!」


「んん、仲間を呼ばれたな。対話しようとしたのは失敗だったか」


 冷静に分析してないでよ! どうすんのこの状況!?


「シネェェェェェェェ!!」


 幽霊の一体がそう叫んだ瞬間、周りの幽霊たちが一斉に向かってきた。いくら剛じいでもこの数を相手にできるのは無理だと思い、私は死を覚悟した。


「甘いわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 でも、その予想を剛じいは遥かに超えていった。力拳を作って正面に打ち出すと、そこから巨大な衝撃波のようなものが出て目の前の幽霊をまとめてフッ飛ばしていく。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」


 四方八方に拳の波導を撃ちまくり、幽霊は私達に近づくこともなく消滅していく。私は剛じいの透けている足元でその様子を見ているだけでよかった。


「オゴァァァ!?」


「アババババ!」


「グエェェェー!」


「うわ、うわぁ……これはひどい……」


「奈鈴、ゆっくりでいいから移動しよう。この調子でトンネルを封鎖してる不届き物を探すんだ!」


 ポカンとしていた私を剛じいが我に返し、私は村の奥へと足を進めた。過ぎから次へと幽霊が襲ってくるけど、剛じいの視界に入った途端に消滅されられていく。


「おおおお! 力が溢れる! みなぎってくるぞぉぉぉぉ!」


 霊を大量に倒して回ってるおかげか、剛じいの霊力が高まって更に強くなっているみたい。それが本来の目的だったことを思い出したけど、状況が状況なだけに素直に喜べない。


「ウわァぁァァーン! ウワぁァァぁーん!」


「ん?」


 剛じいが無双している最中、やけに耳に残る泣き声が聞こえた。


「剛じい、女の子の声が聞こえない?」


「ここの怨霊の一体だろうな、放っておこう」


 追加で霊を殴り飛ばしつつ剛じいは言う。それでも私は気になった。何というか、他の霊の声より聞き取りやすいというか、澄んだ声だと思った。


「あっちかな……?」


 泣き声がしている方を見ると、小さな建物があった。パッと見だと倉庫に見える。


「……」


「気になるか?」


 いつの間にか隣にいた剛じいが気にかけてくる。気づいた時には周囲の霊は全て消え、村は静かになっていた。


「う、うん……なんというか、声の感じが違うような気がして……」


「そこまでいうなら調べてみるか。何かあったら俺が何とかするぞ」


 お墨付きをもらい、私は建物の扉を開け放つ。中は木箱が積まれており案の定倉庫だったが、


「ウワァーん! うワァーン」


 その真ん中で、膝をついて泣いている女の子がいた。綺麗な赤い着物を着た、10歳にも満たなそうな小さな子で、ぱっつんヘアーに髪飾りをつけている。


 しかし、全身が白みがかって透けている。この子も幽霊だった。


「うわァァァ……あ……?」


「あ……」


 目があった。涙を浮かべたその顔は私を見た途端に無表情になり、一瞬の静寂の後、


「アアアぁァぁぁぁぁ!!」


 目を見開いて、私に向かって突っ込んで来た。


「ぎゃあああああああ!?」


「よっと」


 私がビビッて尻餅をついている間に、剛じいが片手でその女の子の霊を捕まえた。首根っこを掴んでそのまま持ち上げる。


「やっぱり怨霊だったな。このまま倒して……」


「オ父サまぁぁぁァァァァ! シンじゃヤダァぁァァー!」


 とどめを刺そうとしたところで、女の子の霊が叫んだ。物凄い声量で私も剛じいも一瞬固まってしまい、その間に女の子はポツリポツリと言葉を続ける。


「オ母さ……おトウ……ワタシ、が……」


 剛じいの手の中で呻く女の子。それを見て私は何だか可哀想に思えてきた。


「ねえ、剛じい……」


「……この子は既に死んでいる。何もできることはないぞ」


 剛じいはそう言って、女の子を掴んでいる手にゆっくり力を込める。女の子の霊は次第に静かになっていき、姿も段々と消え始める。


「せめて、霊力は優しく吸収してあげよう」


 配慮はしてくれているみたいで、そのまま静かに女の子の霊は消滅する……と思った直後、


「奈鈴っ!」


「えっ?」


 急に剛じいが女の子を放り出し、私の背後に回った。


 そこには大きな男の霊がいつの間にか現れていて、右手に持った鉈を大きく振り上げていた。


「うわあああああ!?」


 私は腰を抜かして何もできなかったけど、


「ぬんっ!」


 剛じいが振り下ろされた鉈を腕一つで弾き、もう一本の腕で男の腹にパンチを放った。男は呻きながら後方にフッ飛んだけど、消滅はせずに再び立ち上がってくる。


「ふん、気配の消し方とそのタフさ、お前なかなか強いな?」


「イキ……ノコリ……」


「どんなに強かろうと、奈鈴には指一本触れさせんぞ!」


「ユルサン……!」


 会話になっていなかったけど、お互いの殺意は私でもよく感じられた。男の霊は再び鉈を振り上げながら向かってきて、それに対抗するよう剛じいも腕を構えた。


「うおりゃああああ!」


「シネェェェェ!」


 両者激突し、激しく攻撃を打ち合う。男の霊は鉈を素早く振り続け、剛じいがそれを腕二本で弾いていく。


「うおおおおおおおおおお!」


「アアアアアアアアアアア!」


 激しい戦いがしばらく続いた後、


「ぬおおおりゃあああ!!」


「!」


 剛じいが力強い一撃を男の顔面に叩き込み、再び吹き飛ばしたことでそれが終わった。


「ちいっ……」


 しかし剛じいは構えを解かない。男は再び立ち上がり、何事もなかったかのように私達を見据えている。


「まるで手ごたえがない……どうなってるんだ?」


「アアアア!」


 今度はその場で鉈を地面に振りかざした。するとそこから斬撃が飛び、地面を割りながら私達へ向かってくる。


「ぬっ!?」


 剛じいが一瞬だけ私へ振り返った後、その場で守りの姿勢を取った。斬撃が剛じいのクロスしている腕にぶつかり、斬撃がそこで止まる。


「ぐうう……!」


 しかし斬撃は消えず、剛じいを押しのけてそのまま進もうとする。剛じいはそれを受け止め続けながら苦悶の表情を浮かべていた。


「剛じい!?」


「なんのこれしきぃ!」


 踏ん張ってはいるが、剛じいは動けない。何とか力になりたいと思っても、私にできることは何もない——


「大馬鹿者! 早くそこからどきなさい! 後ろに貴女がいると避けられない!」


 どこからか声が聞こえて、私はハッとする。すぐに立ち上がって剛じいの後ろから退き、近くの民家の陰に隠れた。


「うおりゃっ!」


 直後、剛じいが受け流した斬撃が私が座り込んでいた場所を通過する。深くえぐれた地面が視界の先まで続いており、当たったらどうなっていたか嫌でも分かった。


「お返しだオラァ!」


 剛じいが再び拳で衝撃派を放ち、男の霊を彼方まで吹き飛ばして視界から消し去った。


「ふう、奈鈴が無事でよかった」


「でも剛じい、腕が!」


 両腕をグルグル回す剛じいだったが、それがぼやけて消えかかっていた。


「大丈夫だ。これくらいなら、しばらく休めば治る」


 それを聞いてホッとした瞬間、遠くから再び斬撃が迫って来た。


「危ない!」


「おっと!?」


 紙一重で避けたが、あの男の霊がまだ生きている……いや、もう死んでるんだけど、とにかくまだ戦える状態らしい。


「うーむ、この状態で戦うのはキツイかもしれん」


「どうしよう……!?」


 少し休めば治るって言ってたけど、この幽霊だらけの村で休む場所なんてあるわけがない。これからどうする!?


「こちらです! 着いてきて!」


 再び声が聞こえた。さっき私に指示を出したのと同じ、高く澄んだ女の子の声。


「えっ?」


 私達が振り返ると、そこにいたのは、


「休めそうな場所に案内します!」


 綺麗な赤い着物を着た、ぱっつんヘアーに髪飾りをつけている、女の子の幽霊だった。

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