第3話『心霊スポットにカチコミ』  

 その日の夜。


「よし着いた。思った以上に遠かったな」


「はぁ……はぁ……これ、どう考えても車で来る前提の距離だったよね……」


 私達は陽介に教えてもらった有澤トンネルの前にいた。


 学校が終わってすぐ向かったけど駅から大分遠く、山道を歩き続けて約3時間かかった。


 そのおかげですっかり日が落ちて、持参した懐中電灯とトンネル内の薄暗い照明が頼りだった。周りで聞こえるただの虫の鳴き声も、この状況だと怖さを煽る。


「パ、パッと見は普通だね……大丈夫なんじゃない? うん、きっとそう」


「いや、奥から変な気配はするぞ。噂は本当かもしれんな」


 ああもう! 抱いた希望を一瞬でフッ飛ばさないでくれないかな! このまま帰りたかったのに!


「ともかく奥に進むぞ! 奈鈴、移動を頼む」


「うう、分かった——」


 そこまで言いかけた時、急にポシェットから音が鳴り出して私は飛び上がった。


「びゃあああ!?」


 急いで確認すると、スマホの着信音だった。画面に映った『倉間陽介』の文字を見て、少しずつ鼓動が元に戻っていくのを感じる。


「……もしもし? 陽介?」


「ああ。奈鈴、お前今どこにいる?」


「え、えっと……」


 一人で行くなと言われたばっかりなのに、バカ正直にそのことを伝えるわけにもいかない。咄嗟に嘘をつくしかなかった。


「と、友達と一緒に買い物してるけど……」


「……そうか」


 少し間があったけど、上手く誤魔化せたみたいだ。


「それより、急にどうしたの?」


「いや、母さんが煮物を作りすぎたから、奈鈴の家におすそ分けに行けって」


「ああ、いつもありがとう。でもゴメン、遅くなりそうだから今日はいいや」


 私はいわゆる片親家庭で、お父さんはいつも夜遅くまで仕事をしてる。だから近くに住んでる陽介やそのご家族が心配してくれて、たまにこうやっておすそ分けをしてくれている。本当にありがたい。


「分かった……帰り道、気を付けろよ?」


「うん。ありがとう。それじゃあね」


 最初はヒヤッとしたけど、電話を切るときは心が温まる気分だった。ホッとする。


「よし、今日はもう帰ろうか」


「いやいやいや、ここまで来て帰るのはどうかと思うぞ!」


「えー、ホントに行かなきゃダメ?」


「霊視を治したいんだろ? やるしかないんだ」


「う~……」


 私はうなだれながらも覚悟を決め、トンネルに入って行った。


 有澤トンネルは心霊スポットではあるけど、普段から使われているトンネルらしい。だから照明も付いてるし歩道のスペースもある。歩くことに関しては問題なかった。


「……今のところ何もいないね」


 幽霊も見当たらず、私は少し息をつきながら剛じいに話しかける。でも剛じいは険しい顔つきのままだった。


「うむ……だが、さっきから変な感じが……」


「え、変な感じて何——」


 そこまで言いかけた時、突然強烈な寒気に襲われた。全身の身の毛がよだつ、そんな感覚が強く押し寄せて私は思わず立ち止まる。


「えっ……なになになに!?」


「奈鈴も感じたか! 来るぞ!」


 剛じいがそう言ってファイティングポーズを取った。その視線の先、トンネルの奥を見ると白い人影が3体見えた。


「アアアアアアアア……!」


 3人とも中年くらいに見える男の人の幽霊だった。黒くなって見えない目を見開き、口を大きく開けながらスーッとこちらに向かってくる。


「ふん、来たな! さあ俺と勝負——」


「ぎゃああああああああああああ!!」


 剛じいが何か言おうとしたけど無視して、私は無我夢中で逃げ出した。元来た道に向かって全力疾走する。


「やっぱ無理! 怖い怖い怖い怖い怖い怖ぃぃぃぃぃ!!」


「あ、ちょっと待てあんまり離れすぎると‥…あばばばばばばばば!」


 私が逃げれば逃げるほど、それに引きずられるように剛じいも幽霊から離されていく。でもそんなこと知ったこっちゃないわ!


「うわああん! もう帰るぅぅぅー!!」


 全ての情緒がごっちゃごちゃになって、泣きながらとにかく走った。早くここから出る、その一心で。


 でも、しばらく走ったところで違和感に気付いた。


「ぜぇ……ぜぇ……あ、あれ……どうして……!?」


 一向に出口が見えてこない。そこまで奥に入ったわけではないのに、トンネルは視界のその先まで延々と続いていた。


「奈鈴! 止まれ! 多分閉じ込められてる!」


 後ろから聞こえて剛じいの声で、私は眩暈を感じて立ち止まった。

嘘でしょ? こんなことある? あはは、無限ループって怖くね?


「剛じい……」


 私は藁にもすがる思いで剛じいの方へ振り返った。その先で、さっきの幽霊たちが私たちを追ってくるのが見えた。


「ひいいいっ!」


 私は悲鳴を上げて身を縮こませるが、剛じいはそのまま霊に向かって突撃した。


「うらああああああ! まとめてブッ飛ばしてやるぞぉ!」


 剛じいの強烈なタックルが先頭の幽霊に決まり、そのまま吹き飛んで消滅。残り2体が両サイドから剛じいを襲おうと腕を振り上げたが、


「遅すぎるわぁー!」


 両腕を大きく広げ、そのまま回転して霊たちにラリアットをぶちかました。モロに喰らった霊たちは面白いように吹っ飛び、トンネルの壁にぶつかった後に消滅した。


「ふんすっ!」


「ははは……うん、凄いね」


 マッスルポーズを決める剛じいを見て、もう乾いた笑いを出すしかない私だった。


「……幽霊も倒したし、もう帰ろう。うん」


 そう自分に言い聞かせて踵を返した瞬間、出口の見えないトンネルを見て私は膝から崩れ落ちた。そうだ、私達閉じ込められてるんだった。


「もうダメだ……私、このまま呪い殺されるんだ……」


「そんなことさせないために俺がいる! 安心しろ!」


 できるかぁ! この状況で安心できるかぁ!!


「……具体的に、これからどうするの?」


「先に進むしかないだろう。押してもダメなら引いてみなって言葉もある!」


「使い方おかしい気がする……」


 崩れ落ちた私を剛じいが延々と鼓舞してきて鬱陶しいため、私は何とか立ち上がってトンネルの奥へと進む。


 そして奥に進めば案の定、幽霊が次々と現れ始めた。


「オオオオ……!」


「タスケ……タス……」


「ユル……ナイ……」


 幽霊は若い男性、老人、中年の女性、男児と様々だった。時折聞こえる言葉もそれぞれ言っていることが違う。彼らは何を言おうとしていたのか、怖いながらも私は少し気になった。


「そいやぁぁぁぁぁぁ!!」


 まあそれは些細なことだと言わんばかりに、剛じいが殴り飛ばして殲滅していったけど。


「む、見ろ奈鈴! 出口が見えるぞ!」


 しばらく進むと剛じいが叫んだ。確かにずっと先にトンネルの終わりが見える。とにかくここから出たい私は歩みを早めた。


「どうりゃぁ!」


 最後の幽霊を右ストレートでブッ飛ばし、私の隣に並んで出口へ向かう剛じい。そして2人で一緒に外へ出る。


「……は?」


「むう?」


 外は本来続いているはずの道路が途切れており、代わりに細い土の道が雑木林の奥へと続いていた。それだけでもおかしいが、それ以上に不思議な光景が広がっている。


 景色が灰色だった。


 全てが色あせたような光景で、暗くも無ければ明るくもない。草木も空も自分の体も色素が抜けかけたような世界だった。剛じいは元々の白い霊体が他より際立って見えている。


「何なの……何なのここ!?」


 この世の光景ではない。そう直感した私は剛じいを頼るが、彼は腕を組んで唸っていた。


「いやぁ、こんな状況は予想外だぁ。全く見当がつかん」


 ちょっとぉ!? ここで頼れるの剛じいだけなんだけど!?


「む、あそこに立て看板があるな。調べてみるか」


「え?」


 視線の先を見ると確かに看板がある。少しでも情報が欲しい私はそこまで歩いて目を通した。


『犬鳴村 これより先、日本国憲法通じず』

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