第2話『問題児と幼馴染』

ゴメン。ホントニゴメン。

ソンナニイヤダッタナンテオモッテナカッタ。

モウイワナイ。モウキヅツケナイ。

コレカラハズット、オマエノミカタダカラ……。




 ピピピピピッ! ピピピピピッ!


「うっ……ん……?」


 いつもの目覚ましアラームの音で私は目を覚ました。


 朝の7時。体を起こして大きく伸びをすると、眠気が徐々に消えて行った。


「ふわぁ……変な夢を見た気がする……」


「昨日のことを言ってるのか? それなら夢じゃないぞ」


「ぎゃああああああああああああ!!」


 目の前に剛じいが突然スーッと現れ、私は思わず叫んで枕を投げつける。でも枕は剛じいの体をすり抜けて壁にぶつかった。


「おはよう奈鈴! よく眠れたか?」


「眠れたけど目覚めは最悪だよっ!」


 朝一でマッスルポーズ決める筋肉ダルマを眼前で見せつけられる気持ち考えたことある? もう既に胸やけしそうだよ!


「おーい! どうした!? 何の騒ぎだ!?」


「あ、ごめーん! ちょっと虫が出ただけ!」


「そうかー。ご近所さんに迷惑だから次から気を付けろー」


 部屋の外からお父さんの心配する声がしたけど誤魔化し、私はベッドから出て大きく深呼吸した。


「……おかげで目は覚めたよ」


「うむ! それなら良かった! 改めて今日からよろしくな!」


 その言葉を聞いてまた頭が痛くなった。そうだ、今日から剛じいの強化のために色々とやらなきゃいけないんだっけ。


「よろしく。でも、その前に学校に行かなきゃだから、幽霊についてはその後ね?」


「うむ、当然だ! 学生の本分は勉強! しっかり学ぶんだぞ!」


 理解を示してくれるのはいいけど、喋る度にポーズを決めるのマジで止めて。


「学校にいる間も陰ながら守るから安心してくれ! いつでも側にいるぞ!」


 側にいられるのが嫌なんだけど、その言葉はグッと飲み込む。


「そう……でもとりあえず、今から部屋の外に出て行ってくれる?」


「なぜだ?」


「着替えるからだよっ!」




 朝の支度と朝食を済ませ、私は学校へ向かった。散り始めた桜の花びらが服や靴に付かないようにしながら歩くのは正直面倒くさい。


「んんん! 気持ちのいい天気だ! 今日はいいことがありそうだな!」


 訂正、花びらより隣の筋肉ダルマの方が面倒くさかったわ。


 私はなるべく気にしないようにしながら高校までたどり着く。途中で昨日の夜と同じように霊は見かけたけど、目を合わせないようにしていたら襲ってくることは無かった。


「日中だと、霊も多少大人しくなるんだ。積極的に襲ってくる怨霊も少なくなるはずだぞ」


 それはありがたいけど、その言い方だと襲ってくる怨霊も少なからずいるってことだよね。日中でも気が抜けないじゃん。


(はぁ……せめて授業中は幽霊のことなんて忘れたい……)


 そう思いながら教室のドアを開けると、視界にド派手な金髪と濃すぎるアイシャドウを目を引く顔面が真っ先に飛び込んで来た。


「あ……」


「あ!」


 目の前で鉢合わせになりお互いに思わず声が出たけど、私が戸惑っている間に金髪の彼女、飯島紀里香(いいじま きりか)さんは私を睨みつけてきた。


「テメェ、昨日はよくも邪魔してくれたな! おかげで映える写真が撮れなかったじゃねーか!」


「だって、床とか穴が空いて危なかったし……」


「テメェに心配される筋合いねーんだよ!」


 急に暴言を吐かれ、私はたどたどしく答えるしかなかった。その上から畳みかけるように飯島さんの言葉が続く。


「私がどこで何しようがテメェに関係ねぇだろ!」


「でも、部長に絶対に一人で行くなって言われ——」


「そんなん無視しろよ! いい子ぶってんじゃねぇぞ!」


 飯島さんが大声で騒ぐから、周りのクラスメイトたちが静かになっていく。

うう、周りからの視線が痛い。目立つのはイヤなのに……。


「次は邪魔すんなよ!」


「次って、またあそこに行くつもり!? それは流石に……」


「ああ? 口出しすんじゃねぇ!」


 飯島さんが拳を振り上げ、私は思わず身を引いて身構えた。そのまま拳が頭に向かって振り下ろされる、と思っていたけど、


「待った。それ以上はダメ」


 その拳を横から掴んで制止した人がいた。

 高身長で少し日焼けした肌が特徴的な男子生徒、倉間陽介。私の幼馴染だ。


「倉間君!? ちょっと、放して……!」


「放しても奈鈴を殴らないか?」


「…………殴らない」


 それを聞いて陽介はゆっくり手を離した。飯島さんは怒り表情を崩さなかったけど、素直に腕を下ろしてくれた。


 ……ん? え、あの飯島さんが素直に言うこと聞いた!? 何で!?


「お前、そういうの本当は——」


「っ! うるせぇ!」


 陽介の声を遮った飯島さんは、私を押しのけて教室を出て行った。シーンとなった教室内に、陽介の大きな溜め息が響く。


「相変わらず嵐みたいなヤツだな……」


「あの、えっと……ありがと陽介」


「ん、どういたしまして」


 お礼を言った直後に、ホームルームが始まるチャイムが響いた。それを皮切りに静かだった皆はそれぞれ雑談しながら席に移動しはじめる。


「ふぅ……」


 朝から凄まじい疲れを感じているところに、剛じいが耳元で声を掛けてくる


「相変わらず倉間君は頼もしいな。是非奈鈴の婿になってもらいたいもんだ」


「頼もしいのはそうだけど、そういう話は止めてよね」


 小声で返したあと、改めて陽介の方をチラリと見た。近くの席の男子から「カッコよかったぜ」「ヒューヒュー」とさっきのことを茶化されている。


「あいつには多分、もう彼女いるから」


「えっ、そうなのか!?」


 陽介は文武両道、気配り上手、ルックスも良いという、稀に見るパーフェクトイケメンに近い。だからかなり持てるし、告白されたっていう話を何度も聞いたことがある。


「直接確認したことはないけど、彼女がいない方がおかしいって」


「…………」


 それを聞いて剛じいは押し黙った。他人の恋愛事情に必要以上に首を突っ込むような野暮はしないらしい。正直意外だと思った。


「まあ楽しくやってるなら、幼馴染としてこれ以上嬉しいことはないって」


 私はそう言うと教科書を取り出して、授業の準備を始めた。




 そして、お昼休み。


「それで結局、朝の飯島との喧嘩は一体何だったんだ?」


「はい?」


 私がお弁当を広げようとしていた時、陽介が私の席に聞きに来た。いつもは男友達と食べてるのに、何で?


「あ、ついでに昼飯もここでいい?」


「ああうん、いいけど……」


 私の席に机をくっつけ、焼きそばパンの封を開ける陽介。急でビックリしたけど、それを振り払うように私は話を戻した。


「えっと、私と飯島さんが写真部なのは知ってるよね?」


「うん」


「それで、飯島さんがSNS映えする写真を撮るために、心霊スポットに行くって言い出して……」


「待って、俺の知ってる写真部の活動と違う」


 うん、その反応は正しい。心霊スポットに行くのはどうかと思うよね。


「何でも、普通の風景写真じゃバズらないから、もっとインパクトのある写真が撮りたいんだって」


「それ、エスカレートして最後には炎上するパターンじゃね?」


「私もそう思う」


 だから変なことをしないよう、飯島さんに同行するよう部長に言われた私だった。


「つーか、前から思ってたけど何であいつ写真部員なんだ? そいういうガラじゃないと思うけど」


「……SNS映えする写真を撮るために、部の機材目当てで入ってるみたい」


「ああ……そういう……」


 目に見えて落胆する陽介。予想通りの反応を見せてくれたところで、私は話を戻す。


「で、心霊スポットとして一番近場だった町はずれのお屋敷に行ったんだけど、床は歩くたびに穴が空きそうになるし、壁はギシギシいってるして危なくて……」


「あー、それで無理やり飯島を連れて帰ったってわけか」


 その結果、恨まれて朝に絡まれたわけだが。いや、それよりもっと酷いことになった。


(おかげで霊視なんてものになっちゃうし、ホント飯島さんと関わるとロクなことが無いわ……)


 チラリと横を見ると、同じく話を聞いていた剛じいが肩をすくめていた。流石に同情してくれているらしい。


「やれやれ、最近の若者は自意識過剰で困る」


「それ剛じいが言う?」


「ん? どうした奈鈴?」


「あ、ううん。何でもない」


 私は視線を陽介に戻すと、授業中に考えていたことを相談することにした。飯島さんは朝から戻らなくて教室にいないし、この話をするタイミングは今しかない。


「それで、色々思うことはあるけど、飯島さんの計画を邪魔しちゃったのは本当だから、代わりに私が心霊スポットの写真を撮りにいこうかと思って」


「え……え!? 正気か?」


 流石に予想外の話だったのか、陽介は食べていた焼きそばパンを落としそうになった。


「うん。正直、作品を作るうえで新しい発想のきっかけにもなるとは思うし」


「えぇ……いや、うーん……そう、なのか……?」


 悩みながらも、何とか私の考えを嚙み砕いて納得しようとしてくれているみたい。いやもう本当にごめん、そしてありがとう。


「それで、心霊スポットについてこれから調べようと思ってるんだけど、何か心当たりない?」


 陽介は人脈もあるし、知識も豊富だから何か有益な情報があるはず。そう思っての頼みだった。


「そうだな……近場で有名なのは有澤トンネルがあるけど……」


「有澤トンネル?」


詳しく聞くと、7駅先の郊外にあるトンネルで、昔殺人事件が起きた場所らしい。亡くなった人の幽霊が出る噂がある。


「うん分かった、調べてみるね。ありがとう」


「ちょっと待て」


 陽介が真剣な表情で静止し、思わず私は固まった。


「な、何……?」


「そんな場所に一人で行かせられない。反対だし、それでもって言うなら俺も一緒に行く」


 どうやら私のことを心配してくれているらしい。ジッと見つめられて不覚にもドキッとした。


「わ、分かってるよ。ちょっとネットで調べるだけだし、行くときはお父さんと一緒に行くから」


「ん……それならいいけど」


 陽介は溜め息をつくとパンの最後の一口を食べ終えて立ち上がった。


「んじゃ、俺は次の授業、課題の発表だから準備してくる」


「うん、頑張ってね」


「……絶対一人で行くなよ? 約束だぞ?」


「分かってる。ありがとう」


 何度も釘を刺した後、教室から出て行く陽介。それを見送った後、私は横目で剛じいに小声で話しかける。


「だってさ」


「うむ、奈鈴を心配してくれてありがとう倉間君! 後は俺に任せてくれ! ひと回り強くなって帰ってくるからな!」


 そう、心霊スポットの写真を飯島さんのために撮りたいという話は全部嘘。本当は剛じいが戦って成長するための相手を探すためだった。じゃなければ誰が好き好んでそんなところ行くかっての。


「はぁ……霊視を治すためとは言え、本当に行かなきゃダメ?」


「ああ。仕方がないだろう? 今のところ、それ以外に方法がないからな」


 危険から逃れるために危険な場所に飛び込む、どう考えても矛盾してるけど、霊に関することは剛じいに任せるしかない。ここは言うことを聞くしかなかった。


(ごめんね陽介。約束、破るから……)


 当然、お父さんとも陽介とも一緒に行くわけにもいかず、私は剛じいと2人で有澤トンネルに行くことになった。


 ホント、正直怖いんだから何とかしてよね剛じい!


「大船に乗ったつもりで任せろ! はっはっはっはっは!」


 ……不安だ。

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