私の守護霊がクソ強マッチョマンだった件
青沢メイジ
第1話『八尺様をワンパン』
私、江宮奈鈴(えみや なすず)は都内に住む普通の女子高生……の、はずだった。さっきまでは。
「ポポポ……ポポポポポ……!」
「ひいいいいいいいいっ!」
その私は今、身長が数メートルあるワンピース姿の女性に追われている。
聞いたことがある。これは確か八尺様っていう怪談に出てくる化け物だ。捕まった人は死ぬらしい。
何で? 何でそんなのに追われてんの私?
っていうか実在したの八尺様!?
とにかく死ぬのは嫌なので、私は運動音痴ながらも全力で走った。でもすぐに息切れして追いつかれる。
そして、足がもつれた私は盛大に転んだ。
「あうっ!」
「ポポポポポポポポポポポ……!」
倒れたまま振り返ると、すぐ目の前に八尺様が私を見下ろしていて、その長い手を私に向かって伸ばそうとしていた。
「誰か…誰か助けて!!」
周囲に誰もいなかったけど、私は思わず叫んだ。その直後に、
「ウチの子に何する気じゃボケェェェェェェー!!!」
「ポォォォォォォォォォォォォーゥ!!!??」
筋肉ダルマ。その呼び方がふさわしい大男が現れ、八尺様のお腹を殴り飛ばした。
八尺様はそのまま吹っ飛び、星の無い夜空へと消えていく。
それを確認したピッチリ着物姿のマッチョマンは、くるりと振り返ると、
「奈鈴! お前のことは俺が守るぞっ!!」
私に向かってニカッと笑い、親指を立てた。
いやホント、どうしてこうなった??
「俺は江宮剛一郎(えみや ごういちろう)! 享年51歳! 今の見た目は多分30代! 奈鈴のひいひい祖父ちゃんだ! よろしくな!」
八尺様をワンパンでブッ飛ばした筋肉ダルマは家のリビングまでついてきた後、マッスルポーズをキメながら自己紹介してきた。
「ちょっと待って、理解が追いつかないんだけど」
「む? 自己紹介が足りなかったか? そうだな、好きだった食べ物は焼き魚……」
「違う! そうじゃない!」
思わずリビングテーブルを叩きそうになったけど、グッと堪えて話を戻す。
「私のひいひいお祖父ちゃん? マジで?」
「うむ! そうだ! そして俺は今、江宮家の護衛をご先祖様から任されている! 俺がいる限り奈鈴の安全は保障するぞ!」
剛一郎と名乗る男はそう高らかに説明しながら再びポーズを決める。喋る度に筋肉を見せつけるのは正直やめてほしいんだけど。
「えーっと……剛一郎さんはどうして……」
「おいおい! 血縁者なのに呼び方が堅苦しいぞ!」
そっちは暑苦しいぞ!
「何か別の呼び名で頼む!」
「えーっと、じゃあ筋肉ダルマで」
「流石にそれは酷いと思うんだ!?」
「マッチョマン?」
「筋肉に誇りはもってるが、もうちょっと個性的な呼び方を頼む!」
「……じゃあ『剛じい』でどう?」
「うむ! 気に入った! それで頼む!」
自分としては安直なネーミングだったけど、本人は気に入ったらしい。まあいっか。
「で、話を戻すけど……享年ってことは一度死んでるってことだよね? どうやって生き返ったの?」
「何か勘違いをしているな。俺は別に生き返ってなんかいないぞ」
「へ?」
「俺は前から守護霊として、奈鈴やお前のお父さんを守ってきた。それは今でも変わっていない」
「ってことは?」
「奈鈴が俺を、幽霊を見えるようになったということだな!」
「えぇ……」
この暑苦しくてうるさいのが見えるようになったのは私のせい? それちょっとゲンナリする事実なんだけど。
「どうしてこうなった?」
「うむ、十中八九『霊視』を発症しているからだと思う」
「霊視?」
詳しく聞くと、その名の通り霊が見えるようになる症状で、体質として昔から見えるタイプと、何かのきっかけで発症するタイプがあるらしい。私は後者っぽい。
「霊視状態だから、さっきのヒョロガリ女も奈鈴には見えたってことだな!」
(八尺様をヒョロガリ女呼び……)
あの化け物、超強い部類に入るらしいんだけど。具体的にはそこら辺のお坊さんが負けるくらいには。
「ともかく、霊視になった原因があるはずだ。俺はさっきまで、お父さんの方に憑いていたから原因は分からないんだが、心当たりはあるかな?」
「……」
私は思わず下を向いた。心当たり? めっちゃあるよ! あれしか思い浮かばない!
「ちょっと前に、部活の関係で心霊スポットに……」
「そうか、分かった!」
それだけ聞くと剛じいは両腕をグルグルと回し、玄関へ続くドアへと向かっていく。
「そこに行ってみよう! 案内を頼む!」
「えぇ……」
もう既に夜の8時。幽霊が実在すると知った今、あそこに行くのは超イヤ……。
「夜になればなるほど幽霊は力を増す! 早めに行った方が安全だぞ?」
「……」
で、結局行くことになった。
曇って星一つない夜の中、私は町はずれに向かって歩く。その間、剛じいが私の周りを飛び回って話しかけてくるから鬱陶しい。
「いやぁ、まさか奈鈴と直に会話できる日が来るとはな! 状況的にはよくないが、これに限っては素直に嬉しいぞ! はっはっは!」
声がメッチャうるさい。状況も相まって胸やけしそうだよこっちは。
「おっと、その前に……」
そう言うと急に剛じいが私の方に近づいてきて、私の頭を掴んで払うような仕草をした。
「え……何? 急に何なの?」
「いや、ゴミみたいなものがついてたから取っておいた」
何だそんなこと。急にされるとビックリするから止めてよね!
「それで、えーっと……霊視の原因を見つけたらどうするの?」
「分からん!」
「はい?」
「実際にどんなものか確認しないと、対処しようがないのでな!」
「えぇ……」
まあ当然と言えば当然の答えだけど、簡単に解決しなかった場合を想像すると頭が痛くなる。
思わず大きな溜め息をつき、ふと前を見ると髪の長い女性が前から近づいてきていた。
私のことをジッと見ている。もしかして、さっきの会話や溜め息を聞かれた?
剛じいは霊視状態の私にしか見えないらしいし、彼女からは私が独り言を呟く変なやつに見えたかも……。
「あはは……どうも」
目立つのが苦手な私は、その場をごまかそうとその人に会釈した。次の瞬間、
「奈鈴!」
剛じいの叫び声が聞こえ、それと同時に、
「オオオォォォ!」
女性が目と口をガッと開け、私に向かってスーッと迫って来た。
「ひゃぁぁ!?」
思わず私は尻餅をついた。その私の首めがけて女性の両手が伸びるが、
「ぶるあぁぁぁぁ!!」
「オゴオォォ!?」
剛じいが女性に顔面パンチを喰らわせ、女性は遠くの道路に吹き飛んだ後に跡形も無く消え去った。
「えっ……あっ……!?」
「今のは浮遊霊、しかも怨霊だ。むやみに話しかけてはいけないぞ。あちら側に連れて行こうとしてくるからな」
「ふ……ゆう、れい……?」
未だに理解が追いつかない。さっきのが幽霊で、私は襲われた? 何で?
「霊視ってのは、ただ霊が見えるようになるもんじゃない。霊界に片足を突っ込んでるみたいなもんだ」
「は?」
「つまり、霊にも奈鈴がよく見えるってことだ。目を合わせたらお互いを認識したってことで、悪意がある幽霊、怨霊は襲ってくるぞ」
「……ってことは、霊視になってると、怨霊に狙われ続けるってこと?」
「うむ。まあ俺がいる限り、奈鈴には指一本触れさせんがな!」
そう言って剛じいは笑顔でマッスルポーズを決める。いや笑いごとじゃないっての!
「早く行こう! 早く原因探そう! 早く治そう!!」
私は血の気が引くのを感じながらも気合で立ち上がり、速足で目的地へ向かう。冗談じゃない、怨霊に狙われる毎日なんて心臓がいくつあっても足りないよ! 私は静かに暮らしたいのに!
「おいおい、急ぎすぎて転ぶなよ? 運動苦手なんだろう?」
剛じいが慌てて追いかけてくるけど、私はその言葉を無視して足を早めた。
途中、さっきと同じように幽霊と何度もすれ違った。目を合わせないようにしながら進んだけど、中には襲ってきたやつもいた。
「奈鈴に手ぇ出すなオラァ!」
「オゴォ!?」
そしてそれを、剛じいが全て殴り飛ばしていった。
(あんなんだけど、強さは本物なのね……)
そんなことをしている間に、霊視発症の心当たりがある場所、町はずれの廃屋敷へとやって来た。
裏山近くにあるそれは、外観は伝統的な武家屋敷という感じで立派だけど、長年放置されてるせいで壁や屋根は穴だらけ。広い庭も草が生い茂って周囲の雑木林と一体化している。風が吹くたびに所々からギシギシという音が聞こえてきて、いかにも『出そう』な雰囲気だ。
「ここだよ。今日の夕方、部員の一人がここで写真を撮りたいって言って、付き添いで一緒に来たの。かなり昔に一家全員が病死して、そのまま廃墟になったって噂」
「……」
「中もボロボロで物理的に危なかったから、すぐ帰ることになったけどね」
私が説明したけど、剛じいは返事をしないで屋敷を壊れた門越しに見上げている。その表情は凄く険しかった。
「剛じい?」
「いかん、これ無理だ」
「はっ?」
急な告白で思わず声が出た。え、今なんて言った?
「凄い怨念が渦巻いている。これを相手にするのは今の俺でも無理だろう」
「えぇ……」
ここまで幽霊や八尺様を一撃で倒してきた男が一瞬で諦めるレベルって何!? そんなヤバいのここ!?
「な、何とかできないの……?」
「今の俺じゃ無理だな。入ったところで、ここにいる怨霊に返り討ちにされる未来が見える見える」
「じゃあ、私はこのまま、幽霊を見ながら生活しなくちゃいけないってこと……?」
思わず涙目になる私。それならいっそ死んだ方がマシだよ!
「落ち着け、解決法が無いわけじゃない。今の俺じゃ、と言ったろう?」
「うん?」
「霊ってのはな、他の霊と戦ってぶっ倒すと、そいつの霊力をぶん取ることができる。それを繰り返せば霊として成長できるってわけだ」
「え、霊って成長するの!?」
「おう! 守護霊も怨霊も例外は無い。強くなるために他の霊を倒す弱肉強食の世界だ」
死してなお、競走社会の中で成長を求められるとかもう地獄じゃないの?
いや、元々ある意味地獄の世界だったわ。
「とにかく! 今の俺はまだ成長途中だ! だからしばらく強化月間ってことで、怨霊や怪異を相手に訓練をする!」
「……そうやって剛じいが強くなれば、ここの怨霊にも勝てるようになって、私の霊視の原因も調べられるってことか」
それまでどのくらい時間がかかるか分からないけど、幽霊と一緒の生活を永遠に続けるのはイヤだから、しばらくは我慢しなきゃってことね……。
「分かった。じゃあ強くなったらお願いね。その間、私は大人しくしてるからさ……」
「何を言ってるんだ。奈鈴にも付き合ってもらわないとだぞ」
「は?」
そっちこそ何言ってるの? 私は幽霊となんか戦えないんですけど? こちとら一般女子高生よ?
「守護霊ってのはな、守る相手の側から離れられないんだ。まあ、その代わり強い力を持って生まれるわけだが」
「……つまり?」
「俺の対戦相手を奈鈴の足で探すしかないってことだ!」
「……」
思わず言葉を失った。頭も痛い。この筋肉ダルマ、私に自ら危ない幽霊に近づけって言ってるぞ。
でも、それを拒否したら霊視は治らずに一生このままってことに……?
「お父さんの方に憑いて、道すがらに幽霊を狩るとかじゃダメ……?」
「霊視状態の奈鈴から俺が離れる方が100倍危険だぞ。こっちのほうがまだマシだ」
「うっ……その……いや……!」
「安心しろ! 何度も言ってるが、俺がいる限り奈鈴には指一本触れさせないからな!」
そう言って剛じいは笑顔でマッスルポーズを決める。そういうことじゃないんだって!
「これから一緒に、幽霊退治を頑張ろうな!」
「ウソでしょおおおおおおー!!」
こうして、この日から幽霊と関わる日常が始めることになった。
泣きそう。いや、もう泣いてる……。
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