50. side 人手不足を極める王宮

「マドネス王子、大変です! 陛下が死にました!」


 どんよりとした厚い雲の下。王宮の厨房で必死になって食材を探していたマドネス王子の元に、そんな知らせが届いた。


「嘘を言うな! あんなに強い父上が死ぬなんてあり得ない!」

「嘘ではありません! サリアス殿下に殺されたんです」

「サリアスは病弱だったんだ! 新入りのお前には分からないかもしれないが、あいつにそんな真似は出来るはずが無い!

 今も部屋で寝込んでいるはずだ!」


 最近ここで働き始めた使用人の言葉を信じられないのか、そう口にしたマドネス王子はと弟サリアス王子の私室へと向かっていく。

 第二王子は病弱。これだけなら王国内に知れ渡っていることだが、普段から部屋に籠っていないと体調を崩すほど病弱だという話は王宮内でしか知られていない。


 けれども、マドネス王子がサリアス王子の私室を訪れた時、そこに人の気配は無かった。

 天蓋付きのベッドを覗いてみても、盛り上がっていた掛布団をめくってみても、目的の人物は居なかった。


「……本当にサリアスがやったのか?」

「先程からそう申しております」

「そうか。ということは、これからは僕が国王ということか。

 もう父上の命令よりも僕の命令が優先されるはずだ。食材を調達してくれ」

「畏まりました。今は高級な食材が手に入らないので、庶民向けの食材でも宜しいですか?」

「構わない。腹を下さないものを頼む」


 普段のマドネスなら駄々をこねたところだが、幸か不幸か今は味にこだわる余裕なんて無かった。

 それほどお腹を空かせてしまっていた。


「畏まりました。では、調達して参ります」

「お前が行くのか?」

「ええ。外出できるのは私だけですから」


 王宮には他の使用人もいるものの、王族付きの使用人はたった一人になってしまっている。

 他の使用人達は、聖女候補や来客の対応で手一杯。本来なら入っているはずの出入りの業者も、近頃の重税に耐えかねて隣国アスクライ公国に事業を移しているから、王宮に食材が納品されることは無い。


「聖女候補達はどうしている?」

「食事の時は各々の家に戻っているので、今は不在だと思います」

「そうか。とりあえず、僕は即位の宣言を出す」


 そう口にし、私室に戻ったマドネスは即位宣言の内容を考え始めた。

 しかし……。


(……即位宣言って何をすればいいんだ?)


 父から国王になるための段取りを教えられていないから、その内容は全く浮かばなかった。

 だから。


「おい、今までの即位宣言を調べてくれ!」


 使用人に過去の宣言の中身を調べるようにお願いした。

 普段なら常に侍女か執事が控えている。


 今日も控えているものと思っていたから、全く反応が無かった時、マドネスはこう声を上げていた。


「俺は国王になるんだぞ! 無視が許されると思うな!」


 それなのに、使用人達が息を呑む気配すら伝わって来ない。

 疑問に思って振り返ると、そこには誰もいなかった。


 マドネスにとっては不思議なことだった。


 けれども、他人の目からすれば当然のこと。

 どこかの王族二人が傍若無人な振る舞いをしていたせいで、王族担当の使用人達は皆辞めていってしまったのだから。


「…‥誰もいないのか。そんなに忙しいなら、侍女長に言って人を増やさせよう」


 そう独り言ちたマドネスは、普段から使用人達が集まっている部屋に向かった。

 けれども、そこにも人影は無かった。


 聖女候補がいる宮殿に行って、ようやく一人だけ侍女を見つけることが出来たものの、「聖女候補様が優先です」と言われ相手にされなかった。




 そういうことがあったから、私室に戻ったマドネスは困り果てていた。


「どうしてこうなった!? 使用人が居なかったら僕は生きていけない……」


 そんな呟きが漏れた時、部屋の扉がノックされた。

 

「誰だ……?」

「殿下、食材を調達して来ました。これから調理するので、もう少しお待ちください」

「出来るだけ早くしてくれ」

「承知しました」


 そんなやり取りから待つこと十数分。

 王家専用の食堂には王族が食べるとは思えない簡素な食事が並べられていた。


 これを作ったのは、料理人ではなく食材を調達してきた使用人。

 毒を見抜く魔道具があるから、毒の心配は無いけれど、舌が肥えているマドネス王子には合わないもの。


 けれども……。


「美味しい……。こんなものでも美味しくなるのか」


 空腹が効いて、多少の不味さも美味しく感じるようになっていた彼は、そんな反応を示した。



 それからは、戦場で王位継承を宣言した弟に遅れる形で国王即位の宣言を出したり、今までに無いほどの好待遇の条件で使用人を募ったりした。

 そして、その使用人たちの給金を支払うためにと、税金をさらに重くした。


「あとは、商人を呼び戻せば完璧だ」


 そう呟いて、今度は規模の大きい商会に宛てて手紙を書いていくマドネス。

 辛うじて判別できるほど汚い文字が詰まった手紙は、すっかり規模の小さくなった騎士団の手によって届けられることになった。




 そうして半日があっという間に過ぎていき、夕食の時間。


「なんだこれは! 不味すぎる!」

「昼食と同じものですが、ご不満でしたか?」

「作り直してこい!


 空腹というスパイスを失ったマドネスは、苛立ちながらカトラリーを使用人に投げつけていた。

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