51. side 愚かな王の息子も愚か者
マドネスが即位を宣言した翌日のこと。
アスクライ公国では戦後処理のための話し合いが行われていた。
グレール王国の代表者サリアス第二王子、対するアスクライ公国の代表は大公だ。
現状の公国の領土は建国時から大きく広がっていて、グレール王国の北半分を持っている。
今は王国の南西に領地を持つ貴族達から編入の申し入れがあり、副大公が話を進めているところ。このまま纏まれば、王国の領土は王都と南東部だけになってしまう。
ちなみに、王国で爵位を持っていた貴族達は、公国では一律で子爵位を授かっている。そこから功績や民達からの評判次第で、爵位が上がったり下がったりする仕組みだ。
もちろん公国入りをする時に説明のあったことだから、全員が納得している。
「では、王都の統治権もそちらにお渡しする形で宜しいですか?」
「我々としてはどちらでも構いませんが、南東部に領地を持つ王家派の貴族達からは大きな反発が出るでしょう。その地域だけは、グレール王国として存続させたいと思っています」
意見の異なる地域を無理に一つに纏めると、内乱が起こりかねない。
そんな理由から、大公は南東部を切り捨てようとしていた。
しかし、サリアス王子もまた、南東部の統治はしたくないと思っていた。
「では、かの地の者から爵位を取り上げ、王家に不満が向くようにしましょう。それなら解決しますか?」
「解決はします。しかし、何故恨まれるようなことをされるのですか?」
「民の幸せを願っているからです。あの辺りの貴族達は不正に汚職を重ね、民達から搾り取った税で贅沢をしています。
王家が先立って税を軽くしたとしても、民の生活は苦しいままになってしまいます」
お互いに国の中枢にいたから、そのあたりの情勢も詳しく把握している。
けれども、厄介ごとをこれ以上増やしたくない公国側と、厄介ごとを根本から絶やしたい王国側とで意見が割れていた。
けれども、直後に届いた知らせによって、この話し合いは方向性を変えることになった。
「密偵から報告が入りました。グレールの王都でマドネス国王即位の宣言がされたようです。
同時に税がより重くなっており、王都からも餓死者が出る可能性があります」
この声が聞こえた直後、数秒の静寂が訪れた。
サリアス王子も大公も、民の支えが無くては生きていけないことを理解している。
そして、権力を持つ代わりに、民達を守る義務があると考えていた。
「悠長に南東の領有を話し合っている場合では無いようです。申し訳ありませんが、兄を捕らえてからここに来ます」
だから、サリアス王子はそんなことを口にしていた。
このままでは餓死者が多く出てしまうことを理解していたから。
「お一人で行かれるおつもりですか?」
「ええ、援軍が居た方が良いことは分かっていますが、私は敗戦国の人間です。貴公にお願い事を出来る立場ではありません」
「では、こうしよう。
我々は民を守るために王都を占領する。貴殿には我々の進軍に同行してもらいたい」
大公もまた、王国の民を守りたいという想いがあった。
だから、サリアス王子の意図を汲んで、そんな提案をしていた。
「分かりました。その提案、謹んでお受けします」
「感謝する。講和についてだが、王都と南東部の扱いについては保留とする。
他の領土については、貴族達が我々の国への編入を望んでいるので、アスクライ公国のものとさせてもらう」
「問題ありません。では、全力で協力させていただきます」
「感謝する」
そんな言葉に続けて、握手が交わされる。
こうしてマドネスに敵対する形の協力体制が敷かれることになった。
一方のマドネスはというと……。
「まだどの商会からも返事が無いのか!?」
「おそらく、条件が悪く無視されているのかと……。一体、何をしたら王家が無視されるようになるんですか?」
「知らん!」
突っぱねられ、部屋から追い出される使用人。
それから使用人の詰め所に戻った彼は、感心したような表情で手紙の束に目を落としていた。
その手紙は、商人達からの返事が連ねられているもの。
(本当に面白いことになっていますね。一応、私が帰った後に王子が見つけるようにしましょう。
ルシアナ様が書かれた返事も紛れさせて、と)
アルカンシェル商会から内偵として紛れ込んでいるこの使用人は、そんなことを考えながら手紙に目を通していく。
『重税で苦しめておいて都合が悪くなったら優遇するんですか。馬鹿ですか?』
『その取引にも税がかかるんですから、お断りします。商人を舐めないで頂きたい』
『お断りします』
上から順番に読んでいくと、最後は簡潔な内容のものが入っていた。
「おっと、これでは目立ってしまいます。真ん中に入れ替えましょう」
誰にも聞こえない声で呟いてから、ルシアナが書いた手紙の位置を最後から真ん中に移動する使用人。
それから『返事が届きましたのでご確認ください』という置き書きを残して王宮を後にした。
その日の夜。
使用人の予想通り、マドネスは大暴れすることになったけれど、これはまた別のお話。
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