31. 料理のための
「すまない。夕食抜きでも我慢するつもりでいたが、腹の虫は正直なようだ……」
恥ずかしそうにしながら、そう口にするレオン様。
怒ってはいないみたいだけど、食事を抜いたら体調に関わると聞く。
だから……。
「食材だけなら商会にあるのですけど、私が作ったものは口に出来ますか……?」
不安になりながら、そんな問いかけをする私。
平民なら手料理を振る舞うのは普通のこと。でも、熟練の料理人さんが作る美味しい料理に慣れている貴族になると、ただの令嬢が手料理を振る舞うなんて言語道断。
それでも、彼に我慢させたくなかった。
「いいのか? 食べていいのなら、喜んで頂きたい」
「でも、私は料理人ではありませから、味の保証は出来ませんの」
「それでも構わない」
拒絶されると思っていたから、この答えに戸惑ってしまう。
侯爵令息の立場なら、手料理には抵抗があるはず。でも、彼は違うみたい。
「理由をお聞きしても?」
「ここで食べなかったら後悔する気がしたからだ。好きな人の手料理を食べたいと思っても罪ではないからな。
社交界では禁忌とされているが、実に勿体ないと思っている」
私が恐れていたような事態にはならず、そのまま商会本部に戻った私達。
それからすぐに、私は商会の従業員なら自由に使える厨房に入った。
「こんな場所があったのか。釜は無いが……」
「釜が無くても火は使えますわ」
この厨房には私が作った魔道具が詰め込まれている。
十段階で火力を調整できる火魔法を使った調理用の魔道具に、水魔法と火魔法を組み合わせてお茶が冷めないようにする魔道具。それと、私の背丈ほどの高さがある大きな箱型の魔道具。
手を洗った私は、その大きな箱型の魔道具の扉を開けた。
この魔道具は水魔法で氷を作り、風魔法で中を
上の扉は野菜やお肉、下の扉は氷や長期保存用のお肉が入っている。
今回使うのは上の扉のところに入っている新鮮なお肉とお野菜だから、そっと扉を開けた。
「なんだこの煙は……!?」
箱の中から出てきた白い煙に驚いて、私の前に立ちはだかるレオン様。
この箱を危険なものと勘違いしてしまったみたいだった。
「これは湯気と同じものですから、気にしないでください」
「そうなのか?」
「ええ。原因はまだ分かっていないのですけど、危ないものではありませんわ。
この箱も私が作った魔道具ですから」
私がそう説明すると、興味津々といった様子で中に手を入れたり、匂いを嗅いだりするレオン様。
「冷たいな。なるほど、氷を入れ替えなくても常に冷やしておけるのか。
この魔道具、俺の家にも二つくらい欲しいな」
「魔力の補充は必要ですけれど、便利ですわ。
でも、たまに冷やし過ぎて中身が氷漬けになってしまいますの……」
完璧な魔道具だったら商品に出来たのだけど、月に一度のペースで食材を氷漬けにして使えなくしてしまうのよね……。
下の段に入っている長期保存用の食材は、そういう理由で生まれたもの。
火魔法を食材に満遍なくかければ新鮮な時に近い状態にすることが出来るから、捨てずに残してあるけれど。
味は新鮮なものの方が上だから、レオン様に出すことは出来ない。
「それは確かに問題だな……」
「ええ。でも、目を瞑れば便利ですわ」
お話をしながら目的の野菜とお肉を取り出す私。
レオン様は普段から私の倍くらい食べているから、今日は私一人だけの時の三倍。
慣れない量だけれど、調味料の量も三倍にすれば良いから困らないはず。
「包丁を使えたのか」
「ええ、一応。でも、たまに手を切ってしまうこともありますの」
お話をしながら野菜を切っていく私。
それから数分が経った時には食材を切り終えて、炒める準備を始める。
フライパンに油を入れて、満遍なく伸ばしていく。
それから、魔道具に付いている棒を捻って火を点けると、油がパチパチと音を立てはじめた。
「火起こしをしなくていいのか。これがあったら母上が喜びそうだ。問題は無さそうに見えるが、商品化はしないのか?」
「もう商品化してますわ。でも、大きい商品なので中々売れませんの。
それに、この大きさですから在庫も用意していませんの」
「なるほど、別の問題があるのか。商品自体があるなら、一台買いたい」
「手配しておきまわね」
そう口にして、切った野菜をフライパンに入れていく。
手を休めずに炒め続けると、最初は沢山あった野菜の量が少なくなっていた。
でも、これは予想済み。
続けてお肉も炒めて、味付けをしたら完成。
料理の香りの誘惑に負けたのかしら?
レオン様の方から、くぅという音が聞こえてきた。
主食のご飯を炊いている時間は無いから、凍らせてあるものを使った。
均等に温める魔道具を使えば、良い感じになるのよね。
「お待たせしました」
「ありがとう。いただきます」
ちなみに、このご飯──ライスは帝国軍で腹持ちの良い食料として使われていたもの。
でも、味が濃い料理と一緒に食べると美味しいそうで、貴族に広まったのだそう。
「うん、これは良いな。美味しい」
「良かったです」
美味しそうに食べてくれるレオン様を見て安心したから、私も彼の向かい側に座って料理を口に運んだ。
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