30. 夢中の代償

 すっかり空が暗くなった頃。

 私は重い物を持ち上げるための魔道具の上に乗って、思い通りに動いているか確認していた。


 ここは二階の天井と同じくらいの高さで、足場の幅は私の足の幅の倍しかない。

 でも、足を踏み外してしまっても大丈夫。


 いつでも風魔法で身体を持ち上げられるようにしてあるから、怪我なんてしない。

 ちなみに、今この場にいる従業員は今日の当直担当だけだから、人手が必要な作業は出来ない。


「その縄を引っ張ってもらえないかしら?」

「こうですか?」

「ええ、ありがとう」


 この巨大な魔道具に付けられている縄がピンと張って、私が乗っている足場が動き始めた。

 この部分は動かしやすいように、何本もの筒の上を転がるようになっているから、引っかかるような抵抗感は感じなかった。


「おお、これは軽いですね」

「反対側に動かせるかしら?」


 私が声をかけると、ゆっくりと止まってから反対側に動き出した。

 問題は……無さそうね。


 一通り確認してから結論付けた私は、風魔法で落ちる速さを緩めながら地面に飛び降りた。


「試しに一台作ってみます」

「ええ、お願いするわ」


 試しに使ってみたいという声があったから、頷く私。


 ちなみに、この魔道具は一本だけ付いている棒を手前に倒すと持ち上がり、奥に倒すとゆっくり降ろすというもの。

 今みんながしているように縄に付いている輪を車体の四隅にある突起に引っ掛けて、そのまま棒を手前に倒すとしっかり縄が張って固定される。


 持ち上がったら、車輪の部分を持ってきて、車体の位置を調整してからゆっくり下して繋げたら無事に完成。

 本来なら十人ほどは必要だったこの手順を、今回は三人だけで終えることができていた。


 人手が少なくて済むだけでも魅力的なのに、かかった時間も今までよりもうんと短い。

 水を流すだけの魔道具でも、こんな力があるのね……。


 今更だけれど、水の力の凄さに気付いた。


「これ、本当に素晴らしい魔道具ですよ! これなら腰が痛くならない!」

「手を挟むことも無くなりますね!」

「縄が切れた時が不安ですけど、吊り下げている車体の下に入らなければ問題ありません」


 次々と意見が出てくる。

 私は「この魔道具があれば楽に作れるようになる」くらいにしか考えていなかったのだけど……。


 怪我の危険を少なくすることが出来るのね……!

 この辺りの意見は実際に作っている人達から聞かないと分からないことが多いのだけど、今回も同じだった。


 でも、そんなことよりも。


「手を挟んだ人がいるのかしら? 事故の報告は無かったのだけど……」

「あー、挟んだのは俺ですね。でも、この空気が入っている部分がいい感じに凹んでくれたので何ともありません!」

「そう、分かったわ。痛みも無いのね?」

「もちろんです!」


 手を激しく動かしていても表情が歪んだりはしていない。

 でも、一歩間違えれば大怪我になっていたことなのに、ずっと対策出来ていなかった。


 これは問題だわ……。


「今回は何も無かったから良いのだけど、今後は怪我をしそうになったことも報告するようにして欲しいわ。メモ書きでもいいから。

 何かあってからでは手遅れなの」

「分かりました」


 少し手間が増えてしまうけれど、怪我をされるよりは良い。

 それに、私はみんなに楽しく仕事をしていて欲しいと思っているから、怖くなるようなことを少なくしたいのよね。


「これからは安全第一でお願いするわ。多少は遅れても構わないから、怪我は絶対にしないように」

「はい、分かりました」


 物を持ち上げる魔道具は無事に完成したから、私の役目はここまで。


 だから、しばらく様子を見てからレオン様と工房に戻った。

 今からするのは……。


「本当に今から二個目を作るのか? 今日はもう遅いんだから、明日の朝にした方がいいと思う」

「今、何時ですか?」

「九時の鐘が鳴ったばかりだ」

「九時!? もうそんな時間だったのね……」


 今から二個目を作ろうと思っていたけれど、明日にした方が良さそうね……。

 普段なら湯浴みを済ませている時間なのに、夕食すら済ませていないのは良くないもの。


「途中でも声をかけた方が良かったな。済まない」

「レオン様は悪くないですわ。時間も時間ですから、夕食にしましょう」

「そうだな。この辺りに良い店はあるのか?」


 レオン様からの問いかけに頷く私。

 基本的に当直の人達は自分で食事を作ったりしているから、本部の中に食材はある程度保管してある。


 けれども、私なんかが作った美味しいとは言えない料理をレオン様に食べさせる訳にはいかない。

 だから、急いで外出の準備を済ませて、レストランに向かったのだけど……。


「ここも閉まっているね」

「そうみたいですね……。ごめんなさい」


 申し訳なくて、頭を下げる私。

 そんな時。くぅ、という可愛らしいお腹の音がレオン様の方から聞こえてきた。

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