32. side 明かされる内情
ルシアナ達が夜遅くの夕食を楽しんでいる頃、アスクライ公国とグレール王国の国境近くに一人の女性の姿があった。
闇の中でも目立つ銀の髪は黒いベールに包まれていて見ることが出来ない。
けれども、護衛の人数を見れば、彼女が並々ならぬ立場の人物だと分かる。
そんな人物が馬車から降りて向かい合っているのは、アスクライ公国を防衛している騎士達だ。
彼らの殆どはグレール王国に仕える騎士だったために、聖女の顔は知っていた。
それだけではない。
聖女が簡単に王城から出れないことも、彼らは知っている。
だから……。
「聖女様、なぜこのような場所にいらっしゃるのですか?」
そんな疑問が出てくるのは、当然のことだった。
「陛下を見限ったので、国を出ることにしたのです」
「左様ですか。ですが、我々はグレール王国に敵対している身。
いつ戦火が放たれてもおかしくない状況の我々の国に、本当に来られるおつもりですか?」
「敵対しているのは私も同じです。共に、戦いませんか?
民を守るために」
暗闇の中、ベールに包まれている顔を見ることは出来ない。
けれども、聖女の声に反対しようとする者はいなかった。
それほどまでに、今の聖女は信用されていた。
「歓迎します、聖女様。ようこそ、アスクライ公国へ」
一歩前に出た男──今のアスクライ公国の君主がそう口にすると、後ろに控えている騎士達も揃って敬礼した。
「この辺りはいつ戦が起きてもおかしくない状況ですから、聖女様は首都の方までお願いします」
そう口にするアスクライ公国の君主、大公はとある馬車を指差しながら口にした。
その馬車で安全な場所まで送り届けるという意味だったが、聖女は首を縦に振らなかった。
「治癒魔法は不要なのですか?」
「不要ではありませんが、怪我人はすぐに首都に戻れるようになっております。聖女様の身に万が一があっても、怪我を治せる者はおりません。
ですから、安全な場所に居て欲しいです」
「分かりました。そういうことでしたら、首都で待つことにしましょう。あの馬車に乗れば良いのですね?」
聖女の問いかけに頷く大公。
彼もまた騎士達から安全な場所への待避を求められているから、聖女が馬車に乗った後に同じ馬車の御者台に乗り込んだ。
「クライアス侯爵──今は大公でしたね。貴方は御者の真似事が出来るのですね」
「騎士団をまとめる立場なら、出来て当然のことです」
それから間も無く馬車が動き出すと、ふわふわとした独特な揺れが起こる。
記憶と違う揺れに、聖女は目を瞬かせていた。
けれども、大公からこんなことを問いかけられて、間抜けな表情を消した。
「聖女様、一つだけ質問しても宜しいですか」
「ええ、構いませんよ」
「何故王家を捨てて、国を出たのですか?」
そんな問いかけに、少しだけ考え込む聖女。
けれども、少し間を置いただけで、こんなことを語り始めた。
「話すと長くなります。それでも聞きますか?」
「はい。お願いします」
「最初に王家を出ようと思ったのは、マドネスが生まれてからすぐのことでした。
陛下は私に……お前は子は育てるだけで教育はするな……とおっしゃったのです。これだけならよくある話です。
ですが、娘が生まれた時、あの人は……女は繋がりを作るための道具だからマナーだけはお前が叩き込め。教育は不要だ。……そうおっしゃられたのです。
女だからって、最初から無能と決めつけられたのです」
目を伏せながら語る聖女の姿は大公には見えていない。
けれども、声色から辛かったことが他にもあったと容易に想像できていた。
「これだけならまだ許せました。でも、陛下は男の子を産めと私に迫ってきました。
公にはなっていませんけれど、グレールの王家は六人家族ではないのです」
グレールの王家は国王夫妻二人と王子二人に王女二人の合計六人。これはグレール国民なら誰もが知っている常識だ。
けれども、国王に次いで王家をよく知っている人物の認識が異なっている。
そんな違和感を感じた太公の表情が少しだけ険しくなった。
「つまり、王家から追い出された子がいると?」
「ええ。サリアスの前にもう二人、女の子を授かりましたわ。
でも……。女子ばかりの王家は恥だからという理由でレイニとレティシアは平民として生きていくことになりました。
私が最後に会ったのは去年のことです。二人とも楽しそうに過ごせていたことが唯一の救いです。
あの子達を助けてくれたルシアナさんには感謝していますわ」
信じ難い王家の内情を聞いて困惑する大公。
それからしばらくの間、車輪が動く音だけが響いていた。
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