23. 跳ね返るもの

「ルシアナって女知っているかしら? あの女はね、聖女候補で癒しの力を持っていて可愛くてみんなに愛されている私が妬ましかったみたいなの。嫉妬心からドレスを切り裂いたり、三階の窓から投げ飛ばされたりしたの。酷いわよね?」


 間延びしたリーシャ様の不快な声に耳を覆いたくなってしまう。

 彼女の声だけなら我慢できたけれど、そこにマドネス王子の声も加わってしまった。


「ルシアナ嬢は僕に執着していたそうでね、リーシャに嫉妬して酷いことを沢山していたんだ。

 だから僕がこの手で国外追放に処したんだ。今はこの国にいるはずだから、あの痴女に男達が誘惑される前に追放した方が良いですよ」

「マドの言う通りですわ。陛下、ルシアナを国外追放にしてください」


 誰が痴女ですって!? それは貴方の隣にいる聖女候補のことです!


 ここ帝国では露出の多いドレスは好まれない。

 王国では好みが分かれていたけれど、帝国のパーティーで背中と胸元が大きく開いたドレスを着ていたら白い目で見られることになる。


 そのことは王国内でも知られていることなのに、リーシャ様は露出が多いドレスを身に纏っている。

 私はというと、主役ではないのだから装飾品は最低限にしたシンプルなデザインのドレスを纏っている。もちろん露出は最低限。


 そのことに周囲の方々は気付いたみたいで、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 けれども私への根も葉もない悪口は止まらなくて。


「レオン様、断罪の時の音を流しても良いでしょうか? それと、王宮に潜入していた人から貰った嫌がらせの証拠も」

「構わない。王国の信用は地に落ちるが、国交が切られるくらいで済むだろう」


 ……怒りを覚えた私は、マドネス王子達が私に嫉妬したことを理由に嫌がらせをして、断罪までした証拠が詰まった魔道具を取り出した。


「では、いきますわね」


 魔力を流してから、そのまま床に置く。

 素知らぬ顔でその場を離れると、リーシャ様の声が魔道具から放たれた。


「マドぉ、ルシアナって女なんとかならない? 大した力もないのに、みんなから気に入られているから腹立たしいのよ。

 あの女のせいで私は聖女候補なのに見向きもされないの。だから王国から追い出してちょうだい」

「分かったよ。国外追放に処そう」


 この会話の内容を知ったのは帝国に渡ってからのことだったから、あの時は何も対策出来ていなかったのよね。

 でも、私が知らなかったお陰で、無事に証拠として残すことが出来た。


 もしも事前に知っていたら、この声が入った魔道具を持ち歩いていたはずで、無実を証明するためにマドネス王子達もいる場所で声を流していたかもしれない。

 そんなことをしたら壊されてしまうことは確実だけれど、そんな状況で冷静でいられるとは思えないのよね……。


 そんな私の予想は間違っていなかったみたいで、声に気付いたマドネス王子は魔道具を床に投げつけて壊していた。


「誰だ、リーシャと俺の声を真似て流した奴は!」

「私ですわ。何かご不満でしたか?」

「ルシアナ、お前……」


 腕をプルプルと震わせて、そんなことを口にするマドネス王子。

 その隙に、私はもう一つ魔道具を取り出して全く同じ音を流し始めた。


 ちなみに、この魔道具も壊された魔道具も、一度蓄えた音を流して複製したものだから、いくら壊されても証拠が消えることはない。

 ただ、二つ持ってくるとなると荷物になってしまうから、レオン様も私も大きなカバンを近くに置いている。


「声を捏造して俺達を陥れるつもりか!?」

「事実を捏造しようとしていた人に言われたくないですわ。それに、この魔道具は実際の音しか蓄えられませんの。

 ここにいらっしゃる皆様でしたら、ご存じだと思いますけれど……捏造は不可能ですわ」


 畜音の魔道具は、主に約束事の時に証拠を残す目的で使われているから、その信頼性は広く知られている。

 だからマドネス王子の言い分は全く聞き入れられていなかった。


 そのことに腹を立てたのかしら?

 マドネス王子は銀色に煌めく何かを取り出して、私に投げつけてきた。


 この形は……ブーメランね。

 でも、勢いがなかったことと距離を取っていたことが幸いして、簡単に避けることが出来た。


「チッ……」


 舌打ちをするマドネス王子。

 ブーメランは護身具にもよく使われているけれど、こんな場所で投げたら無関係な人達を巻き込んでしまうのに……。


 不安になって後ろを見てみると、そこには誰もいなかった。

 だから、躊躇なく投げてきたのね……。


「あのブーメラン、毒が塗ってある。色は麻痺毒だ」

「あんなに遅かったら当たりませんわ」


 私の方に戻ってくるブーメランが目に入ってきたから、言葉に続けて躱してみせる私。

 飛び道具を避ける練習は、護身術の一つだから散々練習させられたから、これくらいのことは難しくない。


 練習させられていた十歳くらいの頃は、練習が辛くてお父様に「大嫌い」だなんて言ってしまったけれど、今では感謝している。

 ちなみに、練習相手はレオン様だったから、私が泣きながら逃げるところも見られているのよね……。


 思い出したら恥ずかしくなってきたわ……。



 でも、直後に誰かの呻き声が聞こえたから、顔の熱が引いていった。

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