7. side 贅沢を止めない王族への苦悩
ルシアナがアルバラン帝国に入った頃のこと。
王城では地獄絵図が繰り広げられていた。
「殿下、これ以上はおやめください! このままでは本当にお金が無くなってしまいます!」
悲痛な叫びと共にマドネス・グレール第一王子に縋るのは、彼を担当している侍女だった。
しかし、その侍女の姿は見えていないかのように、ちらりと視線を向けることもせずに商人と最高級紅茶についての商談を進められている。
ちなみに、先ほどはリーシャ・ジュリエス伯爵令嬢にプレゼントする装飾品――これもまた最高級のものを大量に注文したばかりだ。
それ買うだけの資金はあるものの、これも重税によって貴族や民から搾り取ったものである。
「本当に宜しいのですか?」
「問題ないさ。君達が税を払ってくれているから、破産の二文字は存在しない」
「左様ですか」
明らかに嫌な顔をする商人。
彼の礼服の左胸には、七色の鮮やかな虹の刺繡が施されている。
この刺繍はアルカンシェル商会のシンボルだ。
王国で一番力のある商会の幹部であるこの商人は、嫌悪感を笑顔の仮面の下に隠している。
しかし、内心では王子のことを罵倒していた。
(ルシアナ様から聞いてはいましたが、本当にクソ王子だ。ルシアナ様がこの国からの撤退を決断される良い機会を作ってはくれたが……。
この取引でも売り上げの半分が税として持っていかれるとは、実に不愉快だ)
もちろん税のことは事前に分かっており、本来の倍の価格で成約に持ち込んでいた。
だから商会としては痛手にならないが、グレール王国の経済にとっては大打撃である。
ここで税を徴収しなければ、アルカンシェル商会の利益が経済を回すことになる。しかし、税金で利益を奪っているせいで、経済に金銭が巡ることはなく不景気へと向かうことになっている。
お金を王家の中だけで回していては、良い効果なんて生まれない。
「では、この紅茶は書面の通りの価格で問題ありませんか?」
「ああ。約束通り、持ってきているな?」
「もちろんでございます。こちらです」
重厚な箱を開け、中身を見せる商人。
王子は満足そうに笑顔を浮かべると、大切そうに宝石箱を手に取った。
そして挨拶をせずに、リーシャが待つ部屋に駆けていった。
「王族とはいえ、態度が酷すぎるな……」
「ええ。私達はそろそろ辞表を提出しようと思っておりますわ」
「その方が良いでしょう。この国はそう遠くない未来に崩壊する。
我々アルカンシェル商会は、来週までにグレールから撤退しますから」
商人の言葉を聞いて、この場にいた王宮勤めの使用人達は息を吞んだ。
重税に次ぐ重税。そしてアルカンシェル商会が隣国やその他の国に事業を拡大していたこと。
これらを知っていれば想像は出来ていたが、彼らが思っていたよりも長く商会はグレール王国に留まっている。
……もしかしたら撤退しないのではないか?
そんな希望は、たった今打ち砕かれることになった。
「しかし、何故このタイミングで?」
「商会長は理由を明かしていませんので、分かりかねます。しかし、グレール王国に残りたい者のためにと、新事業を立ち上げるそうです」
「その新事業とは一体どのようなものですか?」
「魔物に関わる事業と聞いています。
詳細は不明ですが、おそらくは魔物の素材が目当てでしょう。魔物の素材は冒険者ギルドの力が強いので、王国も強くは出られませんからな」
そんな内情を簡単に話す商人だが、この場には部外者は居ない。
王子が去った今、防音の魔道具で盗み聞きを防いでいるこの部屋にいる全員、アルカンシェル商会から王家の内部調査のためにと派遣されている者達だから。
これらは商会長のルシアナの指示だった。
リーシャや王子から嫌がらせを受けていたルシアナが王家を敵視するのは当然のことだった。
いつ断罪されても商会ごと隣国に逃げられるに準備が進められていたことは、幹部なら誰もが知っていた。
この場にいる幹部は礼服に身を包んでいる者だけだが、撤退しない方がおかしい状況だったから驚く者はいない。
「私、病気の母がいるのでどうしてもグレールを離れられないのです。でも、商会長様は私のような者も守ってくださるのですね」
「そうなりますな。あのお方は心優しい人ですから、何があっても我々のことは守ってくださるでしょう。
遅くなりましたが、こちらは商会長からの指示書になります。確認してください」
各々に渡される封筒。
それを開けた者の目には、王宮内の調査を終了する旨の文章が書かれていた。
「やっと地獄――こほん、王宮から離れられますね」
「何を言いますか、ここは地獄と変わりません」
この場の全員、笑顔を浮かべていた。
一方。
「まぁ! すごくきれいね!」
「リーシャのために選んだ甲斐があったよ。気に入ってくれてありがとう」
密着してそんな言葉を交わす王子と聖女候補は、自らが破滅の道を全力で駆け抜けようとしていることに、未だに気付いていない。
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