6. 必要のない事

「そういえば、お嬢さん。名前をお聞きしても?」

「ルシアナよ。貴方は?」

「俺はジークです」


 お互いに名前を伝えて、挨拶を交わす。


 ガタガタと揺れる馬車の乗り心地は決して良いものではないけれど、さっきまで乗っていた馬車よりは快適になっている。

 だから、陽が傾いてきたころに少し眠気を感じた。


 けれども、すぐにその眠気は遠のくことになった。


「ま、まずい! 魔道具が効いてない!」


 異変が起きてしまったから。

 八本ある棒のうち七本を倒しながら、そんな言葉を口にするジークの姿に、私はつい口を出そうとしてしまう。


「相手は何かしら?」

「コムレドンだ!」


 出てきた名前は、この馬車の天敵の魔物の名前だった。

 ゴムレドンという魔物は強い弾力があって、髪留めや衣服に使われるゴムの材料になる魔物で、弓矢や攻撃魔法が効きにくい。


 かなりの数がいるから対策はしているのだけど、その対策が効果を為さない個体もいる。

 今回は運が悪かったみたいね……。


「まずい! 尻尾で叩かれる!」


 そんな声の直後、大きな音が響いた。

 でも、馬車が壊れたりはしていない。


「これでどうだ!」


 最後の棒が倒されると、魔物の悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。

 最後に倒された棒は、馬車の前側を除く周囲に槍を突き出すというもの。


 威力は決して高くはないけれど、突き刺しに弱いゴムレドンには通用する。


「よし、倒せた。心配かけて申し訳ない」

「大丈夫よ。私、魔法は扱えるから何かあったら頼ってもらえると助かるわ」

「分かりました。この馬車は優秀だから大丈夫だとは思いますが、何かあったら頼らせてもいます」


 護衛として少しでも給金を貰おうと考えていたのだけど、厳しそうだった。

 私が作った魔道具が無ければ、護衛役も出来たはず……。


 自分で自分の首を絞めるとはこのことね。


 今日の宿、どうしようかしら? お金は没収されたから、何も持っていないのよね。

 最悪、支店に泊まればいいのだけど、そのためには商会長の正体を明かすことになってしまう。


 でも、王国にいた時のように「貴族令嬢は令嬢らしく生きなければならない」なんてことは言われないから、正体を明かしても私が不利になることは無い。

 アルバラン帝国は身分を尊重しつつも実力が正しく評価されることになっていから、正体を隠している方が不都合になってしまうかもしれない。


 そのことを思い出したから、ドレスの中に隠していたアルカンシェル商会の長の証を握りしめた。


「今日はどこに泊まる予定なのかしら?」

「バールフィルにあるアルカンシェル商会の支部に泊まる予定だ。もしかして、宿に泊まる金も無いのか?」


 心配そうな声がかけられたけれど、私は証を見せた。

 ちなみに、何かあった時に助けを求められるようにと、この証の存在は商会に関わる人全員に教えることになっている。


「今は持っていないけれど、私はこういう者だから心配はいらないわ」

「正体を隠しているのでは……? こんな下っ端に正体を明かしても大丈夫なんですか?」


 ジークも存在を覚えていたみたいで、すぐに私を凝視してきた。

 関係ないはずの人が商会長だって分かったら、私も間抜けな顔をすると思う。


「王子にグレールからの追放を言い渡されてしまったから、隠す必要が無くなったのよ。でも、今はこのことを広めないでほしいわ」

「分かりました。今日あったことは口外しません」

「理解が早くて助かるわ」


 このやり取りをした後も何度か魔物の襲撃を受けたけれど、私の出る幕はやっぱり無かった。

 そうして無事にバールフィルの街に着いた私達は、そのまま商会の支部に向かった。

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