第30話 拠点小屋で見つけたもの
「ト、トキヤさん……!」
「なに?」
「いえ、あのその。何と言えばいいのか」
激しく混乱した様子で、フィステラが後ろからついてくる。
さらにその後方では、巨大なヴァルトドラゴンがじっと見下ろしてきていた。
刻哉は歩みを止めず、首を傾げる。
「そんなに気になるかい?」
「気にならない方がおかしいと言いたいのですが……ああ、もう。そうでしたね。あなたはそういう方でした!」
半ば自棄になったように言う精霊少女。周囲を舞う蝶がどこか疲れたように羽ばたく。
刻哉は言った。
「休む方が先だよ。リコッタも、フィステラさんも」
「私たち精霊はおふたりとは身体の構造が違います。……けど、そんなに疲れて見えますか、私?」
「俺は他人のことを理解するのがすごく下手みたいだから、自信持って言うのも変な話だけど」
いつもの無表情、混じりけのないいつもの真っ直ぐな視線が、フィステラを射貫く。
「君はこのところ、暗い顔をしていると思った。まるで初めて会ったときみたいに」
精霊少女は立ち止まった。
刻哉は再び、首を傾げる。
「当たってた?」
「あなたという人は、もう……」
フィステラは険しい表情をした。そしてすぐに、苦笑した。
精霊少女の表情変化の意味が理解できず、刻哉は三度、首を傾げる。
やはり他人の心を理解するのは難しい――と刻哉は思った。たいてい、刻哉と話すと相手は刻哉を嫌う。元の世界ではそうだった。なのに、ここでは精霊少女も獣人少女も、刻哉を嫌う様子がない。
異世界に落ちて数日。
刻哉は、『誰からから純粋に好意や興味を持たれている状況』を、ただただ新鮮な気持ちで甘受していた。
それは刻哉以外の人間が見れば、非常に危うい関係に映るだろう。
維持するつもりのない絆は、いつか切れる。
青年の裾をリコッタが引いた。
「――、――」
頬を膨らませながら、何かを語りかけてくる。どうやら急かしているようだ。ヴァルトドラゴンを前にして恐怖に強ばっていた表情は、今はもう和らいでいた。
リコッタに先導されながら、刻哉たちは拠点小屋の前に立つ。
趣のある建物だな、と刻哉は思った。
ぱっと見は、特に変わったところがあるわけではない。木組みのシンプルな平屋小屋。
ファンタジー世界の小屋といったら、こんな感じと多くの日本人が思うだろう。いせスト視聴者ならなおさら。
ただ。
こうして小屋の目の前に立ってみると、テーマパークや映画のセットに出てくるような建物とはやはり微妙に違う。ほんの少しの
それら全部を引っくるめた、空気感。
今は誰もいなくとも、間違いなくここには、人の残り香があった。
刻哉はちらりと振り返る。
ヴァルトドラゴンは再び元の位置に戻っていた。威圧するのにも飽きたのか、眠るように頭を地面におろしている。
小屋が無傷なのは、ヴァルトドラゴンが大人しくあの場所を護り続けてきた証。
「律儀なところがあるじゃないか」
刻哉が言うと、ドラゴンは瞳だけこちらに向けた。いかにも面倒くさそうな仕草に、刻哉は目を細めた。
「トキヤさん。リコッタさんが呼んでいますよ」
フィステラに声をかけられ、前に向き直る。
手招きする獣人少女に続き、拠点小屋に足を踏み入れた。
板張りの床を靴のまま歩く。
小屋には間仕切りがなく、ひとつの部屋となっていた。
入り口から入ってすぐ正面、床の中央に、大きめの暖炉が設えられていた。脇には焚き付け材と見られる木の束が荒紐で結ばれ積まれている。暖炉の火は消えていた。使われなくなってしばらく経っているようだ。
暖炉の向こう、壁際には本棚がある。『本』と呼べるのかどうか、皺の寄った紙が何枚か束ねて紐で綴じられている。
紙を使う習慣があるのなら、武器を作る技術も期待できそうだ。
そういえば――と刻哉はふと思う。いせスト動画では本の存在はあまり気にならなかった。このあたり、動画公開時に敢えてデフォルメされているのだろうか。
だとしたら、誰が? いつ編集した? 少なくとも、いせストの『リア動』はリアルタイムのライブ動画だったはずだ。
視線を横にずらすと、窓のない壁にはいくつか金属の突起があった。形状からして、剣とか槍とか弓とか、そうした武器の類を引っかけていたのだろう。
ただ、今はそこには武器がひとつも残っていない。
さらに視線を巡らせる。小屋の隅には簡素ながら十分な調理スペースが設けられていた。戸棚は開け放たれ、皿や調理器具が散乱している。まるで誰かが物色したような有様だった。
部屋の中央、暖炉の側まで歩く。
「――……!」
リコッタの声がした。調理スペースとは反対側の壁を見る。
そこは小屋の半分の空間を使った、
一言で言えば、雑多。乱雑。目を瞠るほどの数の諸々が、無造作に放置されている。
「少々……ひどいですね。まるでゴミ捨て場のようです」
フィステラがつぶやいた。
壊れて使えなくなった武具、何に使っていたのかわからない小石類、分厚い本。
そして、骨や爪、牙などのモンスター素材が山のように。
刻哉は思った。ゲームで良くある、名も無き拠点のアイテムボックス。仮にそれをひっくり返して中身を全部ぶちまけたら、こんな有様になりそうだと。
不要になった。整理が面倒くさい。重すぎて持ち運べない。そんな理由で『放棄』されたアイテムたち。
「もしかしてこれは、いせストのキャラクターたちが放り込んだのかもね。持ちきれない荷物を、この小屋にさ」
「誰もいないのをいいことに、ですか?」
「そう。勝手に」
フィステラは視線を落とす。
「じゅうぶん、あり得ます。むしろ自由意志がないぶん、チーターたちの方が躊躇いがないと思います」
「なら、ここはリコッタたちがいない間、チーターたちが好き勝手に使っていた、ということか」
リコッタは、物置と化した空間の片隅に膝を突いている。
雑多に積まれたアイテムの下から、彼女は一抱えほどある木箱を引っ張り出した。おそらく、もともとこの小屋に保管されていたものだろう。
木箱を開け、中を探るリコッタ。その尻尾が震え出す。
「リコッタ?」
「リコッタさん?」
刻哉たちが背後に立つ。
獣人少女の手元をのぞきこむ。
そこには、埃を被った手縫いの人形が握られていた。
リコッタは何かをつぶやくと、その人形をそっと額に当てる。
それからゆっくりと木箱に寄りかかると――彼女は、声を抑えてむせび泣いた。
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