第14話 グラハムの策略
部屋に戻ったシンディは、ベッドで泣き伏していた。
(ううう。悲しい。どう考えても、誰が見ても私が悪いのよ。こうなることを望んでやったことだけど、それでも傷ついてしまう)
日に日にルーカスに嫌われることだけが、どんどん辛くなっていく。
侍女達に嫌われるのも辛いけれど、少し慣れた部分もある。
けれど、ルーカスのシンシアを見る冷ややかな目にだけはどうしても慣れない。
いや、どんどん辛さが増していく。
それは、きっとラムーザの国のために、シンシアの理不尽に我慢して節度ある態度で接しているルーカスの気持ちが痛いほど分かるからだ。
ラムーザのために嫌な女を演じるシンディと、ラムーザのために嫌な女のわがままに耐えるルーカスは、表面上は対立していても、思いは同じなのだ。
けれどそれを知っているのはシンディだけだ。
本当は誰よりも分かり合えるはずなのに、憎みあわなければならない。
ルーカスが立派な王だと思うだけに、こんな形で出会いたくなかったと思ってしまう。
「まあまあ、お可哀相なシンシア様。ルーカス陛下はなんて失礼な方でございましょうね」
ヒルミは少し嬉しそうに、一人で泣いているシンディを慰めにきた。
そうだ。
ここで辛さに負けるわけにはいかない。
ここからが正念場だ。
シンディは泣き濡らした顔を上げてヒルミに縋りついた。
「ヒルミ。もう嫌よ。私は一生ここにいなければならないの? グラハムに帰りたいわ」
「もう少しの
「もう少しの?」
シンディは、はっとしてヒルミを見た。
「あらあら、病でお忘れですか? 最初から三年だけ耐えるようにとお父上様に言われていらっしゃったのではないですか」
「三年だけ……?」
「思わぬ熱病で計画がすっかり遅れてしまいましたが、この三年でラムーザの軍の戦力も配置もすっかり調べ上げ、一番攻めやすい国境も見つけました。いつでも攻め込む準備はできていると連絡が入っています」
シンディはごくりと唾を呑み込んだ。
(そういうことだったの。最初から油断させて攻め込むつもりで、スパイ代わりにシンシアとヒルミを王宮に忍び込ませたのね)
最初からシンシアはルーカスに心を許すつもりなんてなかった。
むしろ仮面夫婦になるようにわがまま放題で嫌われるように仕向けていたのかもしれない。
「グラハム王はシンシア様の合図をお待ちでございます。熱病のあと、シンシア様のご様子がおかしくてどうなることかと思いましたが、いよいよ準備が整ったようでございますね」
「私の合図……」
シンディは青ざめた顔を気取られないように尋ねた。
「改めて確認させてちょうだい、ヒルミ。私はどのように合図すれば良いのだったかしら? 熱病のあと記憶が曖昧になっているから不安なの」
「よろしいですわ」
ヒルミは部屋を見渡し、誰も周りにいないことを確認してから声をひそめて告げた。
「シンシア様がルーカス様を庭園に呼び出し、二人きりになるのでございます。そこで隠れていた刺客に襲わせ、王の息の根を止めるのでございます」
「!」
シンディは叫びそうになるのを
「ル、ルーカス様を殺したら……お父様達はどうなさるの?」
「王が亡くなり動揺しているラムーザに一気に攻め込むのです。すでに国境の数か所に同時に攻め込めるように軍隊を配置しています」
「そ、そんなことをして……私やヒルミは大丈夫かしら」
「すでに逃走ルートも確保しています。ご安心くださいませ」
すべて計画済みなのだ。
シンシアは最初からルーカス王を殺すつもりで嫁いできたのだ。
なんということだろう。
「で、でもルーカス様の暗殺に失敗したらどうするの? 刺客はどうやってルーカス様を殺すつもりなの?」
できるだけ細かく計画を聞き出さなければ。
「失敗しないためにも、シンシア様にルーカス様の護衛を遠ざけて欲しいのでございます。いつもお側にいる精鋭の護衛達が邪魔なのです。シンシア様はルーカス様に、仲直りしたいので二人きりで話したいと庭園に誘い出してくださるだけでいいのです。ちょうど今朝の口喧嘩はいい口実になります。しおらしく謝ってルーカス様を油断させるのですわ」
普段わがまま放題のシンシアが素直になって謝れば、ルーカスが驚いて油断するだろうということなのだろう。
(なんて最低なの、シンシア)
グラハムの国のためとはいえ、ひどすぎる。
(許さないわ、シンシアもヒルミもグラハムの王も)
「思い出してきたわ、ヒルミ。私がすべき役目を」
シンディは静かな怒りに震えながら、ヒルミに告げた。
「ああ。良かったですわ。実は熱病のあと、どうなるかと思っていましたのよ。決行はいつになさいますか? 明日にでもルーカス様を暗殺する準備はできておりますわ」
「少し待って。一晩考えさせてくれるかしら? そうだわ。今晩ちょうど先日の青仮面の吟遊詩人が来る予定になっているの。気に入ったのだけど最後に会ってもいいかしら?」
ちょうど今晩、青仮面のアーサーがやってくる日だった。
「まあ、シンシア様ったら。仕方がないですわね。それで気持ちが落ち着くのでしたら、今宵は青仮面の吟遊詩人と最後の逢瀬をお楽しみくださいませ」
ヒルミはまさにシンシアらしいと思ったのか、あっさり応じてくれた。
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