第13話 嫌われ者シンシア
「なんなの、このドレスは! こんな古臭いドレスなんて着たくないわ!」
「熱っ! このお茶を淹れたのは誰っ! 熱すぎてのめないじゃない!」
「テーブルに
シンディは翌日から別人のごとく嫌な女に振り切った。
侍女にドレスを投げつけ、やることなすこといちいち文句をつけた。
そしてついには、震える手でムチを取り出し、侍女の一人をムチ打った。
(ううう。これだけはやりたくなかったのに……)
なるべく手加減したつもりだが、侍女は
ヒルミは目を輝かせ、嬉しそうにヒルミに駆け寄った。
「まあまあ、落ち着いてくださいませ、シンシア様。けれどもようやく以前のシンシア様らしくなってこられましたわ。安心致しました」
おかげでヒルミがシンシアを怪しむ様子はなくなった。
次はルーカス王との朝食で、シンシアが以前と変わらずラムーザを毛嫌いしていることを示さねばならない。
シンディはいつもの朝食の席で、目の前のルーカス王をそっと見つめた。
無言だが、優雅に食後のプディングを食べている。食べる姿も素敵だ。
この平和でおだやかな空間を、今からシンディが台無しにするのだ。
(ごめんなさい、ルーカス陛下)
シンディは覚悟を決めて大きく息を吸い込むと、目の前のプディングの皿を右手で床に払い落とした。
ガシャンと皿が割れる音がしてベシャリとプディングが床に散らばり、部屋の中が凍り付くのが分かった。
「……」
ルーカスは眉間にしわを寄せ、シンディに目を向ける。
「甘さが足りないと言っているじゃないの! ほんっとうに何度言ったら分かるの?」
シンディは大声で誰にともなく怒鳴る。
給仕が慌てて飛んできて、割れた皿を片付けながら「申し訳ございません」と謝った。
「このプディングを作った者を呼んできなさい! ムチで打ってあげるわ!」
(ううう。嫌だ。呼んでこないで。誰かうまいこと断って)
シンディの心の声に気付くことなく、給仕が「はい」と言って呼びにいこうとする。
しかし。
「待て」
ルーカスが給仕を呼び止めた。
(よ、良かった。ルーカス様が止めてくださった)
ほっとするシンディだったが、ルーカスは控えめに言っても、史上最悪のクズを見る目でこちらを見ている。
「私には、このプディングは充分すぎるほど甘く感じた。いや、甘すぎて砂糖の
ついに堪忍袋の緒が切れたように言い放った。
(ひいいい。怒ってる。そりゃあそうよね。私だって怒るわ)
けれどわがまま放題のシンシアならば、ここで引き下がるわけにはいかない。
「では、私が間違っていると言いたいのですか? ルーカス様」
つんと顎を上げて生意気に告げる。
「あなたの味覚はどうかしているようだ。そんなに甘い物ばかり食べていては体に悪いと心配しているのです」
(ごもっともです。シンシアの味覚はどうかしています)
思わずその通りだと
「ルーカス様こそどうかしていらっしゃるのではなくて? いいえ、ラムーザの方々の舌は野蛮にできているのかしら? 下品な料理ばかりで
(ううう。嘘です。とっても美味しいです。ううん、本当は塩味の普通の食事が食べたいです。甘い物ばかりで、おっしゃる通り病気になりそうです)
だがシンディの心の声は決して届かない。
「では……グラハムから料理人を呼べばいいのではないですか? 申し訳ないが、ラムーザにはあなたの期待に応えられる味覚の料理人はいません」
ルーカスは決して声を荒げないが、静かに沸々と怒りを込めているのが分かる。
その冷ややかな目にくじけそうになるが、これもトロイの村とラムーザの国のためだ。
「ふん。これだから野蛮人と結婚などしたくなかったのよ」
「これは初めて気が合いましたね。私もですよ、シンシア王妃」
「……」
いつも我慢して紳士的な態度を崩さなかったルーカスだったが、さすがに怒ったらしい。
面と向かって言われると、さすがにショックだ。
いたたまれなくなって、シンディは立ち上がった。
「これ以上、あなたの顔など見たくなくてよ。失礼しますわ!」
言い捨てて、逃げるようにダイニングルームから立ち去ったのだった。
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