第6話 影武者デビュー


 王宮に到着したシンディとアーサーとシリは、そのまま王妃が隔離されていることになっている塔の部屋に裏口からこっそりと入った。


 そこにいたのはアーサーの部下らしき黒服の男性が二人と医師らしき初老の男だけだった。


「君が影武者だと王宮の中で知っているのは、私とシリを含めここにいる五人だけだ。他の者は誰も知らない」


「五人だけ……」


 他の誰にも気付かれてはならないのだ。


「王妃と侍女達の遺体はどうなった?」


 アーサーが部下二人に尋ねた。


「王妃様の遺体は馬車で山奥に運び、土中深くに埋めました」

 

 シンシアはグラハムの王女として生まれ、ラムーザの王妃という地位にありながら、誰に弔われることもなく山奥に埋められてしまったのだ。


 そう考えると、気の毒になる。

 自分がひどく罰当たりなことをしているような罪悪感を抱いたが、それも仕方がない。


「侍女二人は熱病らしき斑点を体中につけて棺に入れました」


 部下が指し示す部屋の隅に、棺が二つ並んでいる。


「ヒルミ様が王妃様に会わせろと、こちらに何度も使いを寄越しています。どうなさいますか?」


 部下の一人がアーサーに尋ねた。


「会わせよう。そして侍女二人は熱病が悪化して亡くなったのだと亡骸なきがらを見せるのだ。触れたらうつるからと、決して体を調べさせるな」


 医師に指示を与え、アーサーはそばにいたシリを見た。


「君はすぐにシンディを夜着に着替えさせて病人に見えるような化粧をするんだ。腕や顔には斑点も描いてくれ。髪を乱れさせてあまり顔が見えないようにな」


 シリは「はい」と肯いて、シンディを寝室に連れて行き指示通りにしてベッドに寝かせた。


「シリ、大丈夫かしら? 私にできると思う?」


 シンディはシリの手を握り尋ねた。


「自信をお持ちください、シンシア様。あなた様はこの三年で完璧に王妃様に必要な教養を身につけられました。誰が見てもシンシア様にしか見えません」


 いつも厳しかったシリの言葉が心強かった。


「分かった。がんばるわ」


 その後、アーサーと黒服の部下二人は、シリと医師に任せて別室に隠れたようだ。

 すぐに隣の部屋が騒がしくなって、ヒルミと言われる侍女が部屋に入ってきたらしい。

 隣の部屋から声が聞こえ、シリは急いで熱病を看病する人のように大きな布で顔を覆い手袋をつけた。


「熱病だなんて嘘をおっしゃい! シンシア様をどこに隠したの?」

 ヒルミらしき女性の甲高い声が隣室から響く。


「いけません! 顔を布で覆ってください! 熱病がうつります!」


 医師がヒルミを押しとどめているようだ。


「こんな茶番に騙されないわよ! シンシア様をすぐに返して! さもなくばグラハムの王様に知らせるわよ! シンシア様と一緒にいた侍女二人はどこへ行ったの? 二人に話を聞けば分かることよ!」


 ヒルミが医師を問い詰めているようだ。


「残念ながら……侍女二人は熱病が悪化致しまして……こちらに……」


 医師は二つの棺を見せたのだろう。

 途端に「きゃあああ!」というヒルミの切り裂くような叫び声が響いた。


「な、なんてこと……。なんてことなの! 侍女達を殺したの?」

「い、いけません! 肌に触れたら熱病がうつります! どうか顔も覆ってくださいませ」


「う、嘘をつかないでって言っているでしょう! あなた達が殺したのでしょう!」

「いいえ! 侍女のお一人が先日裏庭でサルに噛まれたとか……。そこで何か病気をうつされたようでございます。聞いておられませんか?」


「そ、それは……確かにそんなことを聞いたけれど……」


「我がラムーザ国ではサルに噛まれた者は悪い熱病にかかることが多いため、隔離するのが決まりです。しかし侍女の方は知らずに王妃様に接して熱病をうつしたのでございます」


 すごい。

 ちゃんとそんなシナリオができていたのだ。

 偶然そんな事件があったのか、後からそういう噂を流したのか。

 用意周到なアーサーが少し怖くなる。


「私はいつものように回診していて侍女から話を聞き、その体に斑点が出ていることに気付きました。そして慌てて塔に隔離するよう王様に進言したのです。けれど、その時にはもう一人側にいた侍女と王妃様まで体に斑点が出ておりました。それで仕方なく王妃様も一緒にこちらに隔離させていただいた次第でございます」


「……」


 ヒルミは怪しみながらも本当なのかもしれないと思い始めたようだ。


「そ、それで、シンシア様は? まさか、シンシア様まで亡くなったりしてないでしょうね! そんなこと許されないわよ! グラハム王が黙っていないわ!」


「はい。我々も王妃様だけはお救いせねばと昼夜を問わず看病しております。王宮の主治医である私が付き添い、王宮でも一番有能と言われている侍女を側に置いています」


「あ、会わせてもらうわよ」


「はい。構いませんが、どうかヒルミ様の御身のためにも覆布と手袋をつけてくださいませ」

「わ、分かったわよ」


 さすがにヒルミも熱病は怖いのか、素直に従ったようだ。


 シンディは慌てて目を閉じて、やつれた化粧と斑点のついた顔を天井に向けてベッドに深く沈みこんだ。その顔にシリがそっと緑のほつれ髪を散らばす。


「シンシア様!」


 部屋に入ってくるなり、ヒルミはベッドのそばに駆け寄ったようだ。


「ああ……。なんてことなの。こんなにおやつれになって……」


 そして側で看病するシリに気付いたらしい。


「あなた……。シンシア様の結婚当初、侍女に付けられていたシリではないの?」


 シンシアの側で働いていたシリを覚えていたようだ。


「あなたのその黒髪と赤目……。ルーカス陛下と同じで見たくもないと、シンシア様に嫌われて王宮から追い払われたのではなかったの?」


 そんなことがあったのだ。シンディは知らなかった。


「はい。シンシア様のご不興を買い、職を解かれてしまいましたが、王宮の侍女達は熱病の看病を恐れ、誰も引き受ける者がないと私が呼ばれたのです」


「なんということでしょう。シンシア様が嫌っているあなたが看病をするだなんて……」


「では……ヒルミ様がここで看病なさいますか? 私は構いませんが……」


 シリは手袋をつけた手で、そっとシンディの手をベッドから出してヒルミに見せた。


「ようやく熱が下がってまいりました。この手の斑点をご覧ください。少し赤茶けてきております。これは病が峠を越した証拠でございます。快方に向かわれていると思われます」


 ヒルミはほっとしたように息をついた。


「ですが治りかけが、一番やまいがうつりやすい時期でございます」


 シリが告げるとヒルミは「ひっ!」と叫んでベッドから少し離れたようだ。


「ど、どれぐらいでうつらなくなるの? 元気になるのでしょうね?」


「あと十日ばかり隔離した方がよいかと思います。きっと元気になられると信じて看病させていただいております」


「ふ、ふん。分かったわ。必ず治してちょうだい。万が一のことがあればあなたも死罪にしてもらうわ。分かっているでしょうね」


「はい。その覚悟でお仕えしております」


「い、いいわ。あなたに任せるわ! 頼んだわよ!」


 ヒルミは手の斑点が余程恐ろしかったのか、入ってきた時の勢いをなくし、逃げるように出ていった。


 こうして、アーサーの書いたシナリオ通りに、影武者への交代は滞りなく進められた。



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