ロジックボム2

 利用するのであれば友好的に接した方がよかったのではないか。




 俺は讃美歌卿の屋敷へ帰宅した後、ベッドの上でそう考えた。

 暴力による脅しは確かに即効性はあるが、服従しない人間には逆効果である。最初、車の中で尋問をした時に俺が易々と服従しないと理解できたはずなのだから、あの後に謝罪でもして懐に入ればゲインロス効果で強固な関係を築けるかもしれないと普通は考える。なぜそれをしなかったのか。




 気位が高いのか、貴族としての誇りがあるのか。いずれにせよ、くだらない奴だ。本当に成し遂げたい目的があるのであれば、そんなプライド捨ててしまえばいいのに。




 これは傲りである。俺は自身の経験や価値観からアドベールの心情、理念について思い至らず、つい己の尺度で奴の行動を計ってしまっていた。ただ幸いな事に、その傲慢な考えにすぐに気が付き、まったく恥知らずだと、浅慮だったと自戒したのだった。




 いや、むしろその気高さこそが奴の行動原理なのだろう。これは強さだ。俺が奴の立場であれば、あぁはなれない。家族が搾取され、家が切り売りされてなお貴族たらんと立ち振る舞えないし、復興の意思も持てはしない。「しかたない」と受け入れ、大人しく別の人生を歩むに決まっている。あぁそうか、だから俺は日本にいる頃に負け犬のような生活をしていたのか。戦えず、戦うなんていう発想さえできず、軋轢や障害から逃げてばかりで、行きついた先が虚無だったのだ。それでいうとアドベールは立派なものだ。頑なまでの我が前に進もうという意思に繋がっている。我がなければ目的も行動もなにもなかったのだ。




 プライド故に最適な行動ができず、しかしプライドがなければそもそも動く事もできない。パラドックスのようである。難儀な性分ではあるが、人間とは得てしてそういう矛盾の最中で生きているのかもしれない。勿論、それは俺もである。




 嫌だ嫌だといいながら、今は世界を救うと息巻いている。この俺が、この俺がだぞ。日本でうだつが上がらない、ブラック企業の社員をやっていたような、あらゆる面倒事から逃げてきた結果人生そのもの意味を失った俺が救世とは。




 こうした自虐は慰めであり一種の治療行為である。俺はとことん自己を否定しながら生きていかねばならなかったし、この否定こそが自己認知と尊厳の保持に繋がっている。これも……アドベールと同じ矛盾の性質である。




 もし俺もアドベールのように、あるいはハルトナーのように、ムシュリタのようにいられたら、悩みも逡巡もなく生きられただろうか。いや、三人は三人で悩みもあって苦慮する事も多分にあっただろうが、少なくともその悩みをいつまでも脳内においてウダウダと考えるような事はないように思う。俺はいつも堂々巡りなのだ。心の問題を、解決できない、割り切れない精神的な問題をいつも抱えては無駄に苦しんでいる。もっとスッキリしていていいのにそれができない。なぜ俺はこうもいらない事ばかり考えてしまうのだろうか。雑念を振り払って、世界を救う事だけに注力していればいいのに。




「性分だろうか」




 つい口から漏れ出る。部屋でのでき事は全てデケムに筒抜けであるから、少し気まずい思いをした。相手は機械だというのにおかしなものである。


 


 寝よう。




 長時間車両での作業で疲弊した俺の瞼は随分重く、容易く視界を遮った。




 疲れているな……だが、昔ならこの状態でも勉学や下準備のために必死で動いていた。なのに、ここではこの為体だ。やはりレイモクエンで俺は腑抜けたのかな……




 デバイスが水没し、部屋は監視体制にある。デケムに勘付かれるような行為が封じられている以上、この状況下ではなにもできず、規則正しい生活を送る他なかったのは確かだが、これまでのような焦りや切迫感がないのが自分でも不思議だった。何度も述べるがこの頃の俺はどこか必死さがないように感じていて心に余裕も幾分かあったのだ。ベッドに横になって眠るなど以前であれば考えられない。それがどうしてこうも落ち着いていられるのだろうと、微睡みながら意識は遠のいていった。


  翌朝、前日と同じように起床し、温室へ向かう。そこにはすでにアドベールがトラックの運転席に待機していて、無言で「早く乗れ」と促すのだった。俺は何も言わずに後部座席に入り、出発。しばらくしてから例のデバイスをケーブルに差し込んでプログラムを確認する。ウィルスのコードは順調に生産、精査され、AIもそのインテリジェンスを凄まじいスピードで高めていた。データがあるとはいえ、クローズドの環境で生成されていく人工知能というのは学術誌に乗るレベルではないだろうか。




 なにか、タブーに触れているような感じがするな。




 そんな事を考えながら微調整を繰り返し、荷下ろしをしてまた帰る。その後は食事を摂ってから眠り、また起きて、温室からトラックに乗り、確認と調整を繰り返すのだった。ウィルスのプロトタイプが完成したのは、一週間経過した頃である。


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