ロジックボム1

「荷物はこれだけですか?」


「はい。以上となります。問題なければこちらのバーコードを読み取りください」


「はい。ありがとうございます」




 電子音と共に取引完了のシグナルが灯った。全件荷下ろし済みとなり、その日の青果配送は無事終了。俺はトラックへ乗り込むと、運転席から一歩も外に出なかったアドベールを咎めた。




「少しくらい手伝ったらどうだ」


「俺は往復の運転をしているんだ。荷下ろしくらいお前がやれ」




 正論である。特別な任が与えられているとはいえ表向き配送員として業務を任されているわけだから、アドベールに任せきりというわけにもいかないのだった。しかし、俺にだって言い分はある。




「とはいえ、挨拶くらいはしたらどうだ。さすがに心証が悪いだろう」


「興味がないし関係ないな」


「お前、ルブランさんの仕事を手伝ってクロックワークドミニオンに入苑するんじゃなかったのか。与えられた業務以上の事をしないと、評価はされないぞ」


「……」




 沈黙。俺の言もまた正論であり、アドベールの論拠を封じる事に成功した証拠である。これで気が晴れたため、全て水に流してやる事にした。




「まぁいい。明日からしっかりしてくれ。ところで、腹減らないか。帰りどこかで食べていこう」


「……お前、勘違いするなよ? 俺は確かにお前と仕事をしているが、友達になった覚えはない。一緒に食事など御免だ」


「しかし、お前だって腹は減っただろう」


「俺は売店でパンと水を買った」


「お前、そういうのはよくないと思うぞ」


「知った事か。帰り道乗せてもらえるだけありがたいと思え」


「……」




 多少の信頼関係は結べたと思うが、どうも邪険にされるな。今更仲良くというわけにもいかないのだろうが……




 動き出したトラックの中、アドベールとの今後の付き合い方について模索するも最適解は出ないまま、元来た道を戻っていく。

 すっかり暗くなった海岸線は昼間とは別の顔を見せ、美しさの中に人間の底に眠る恐怖を思い出させた。深淵に引きずり込まれるような波の音が、そっと心胆を撫でて鳥肌を立てる。自然、取り分け海は多数の生命を誕生させたが、同じだけの犠牲を呑み込み、満ちている。




 アドベールには悪いが、海は嫌いだな。




 恐怖もあったが、それ以上にファンダムでの体験が強烈だった。波に浚われ沈んでいった仲間達の顔が浮かぶ。俺を信じ、俺に続き、俺のために命を落としたのだという事実が時間と世界を超えて絞りつけるのだ。



 どこまで行ってももはや逃げられない業なのだろう。レイモクエンでは何を背負うのか、俺の身の丈では、とうに足らないというのに。




 後部座席の中、デバイスを眺めながら消沈していると、運転席から急に物を投げられた。何かと思えばパンと水である。




「食欲がないからくれてやる」




 ぶっきらぼうに、アドベールはそう告げた。俺が大人しくしているのを腹が減っているせいだと思い違いをしたのだろう。俺はその行為が大変嬉しく、可愛いように思えた。孫や子供を見る目というのは、こういったものなのかもしれない。




「悪いな、それじゃあ、遠慮なくいただくよ」




 俺はパンを齧り、デバイスを眺めながら時折夜の闇を目で追い、それから水を飲んではまたパンを齧り、プログラムを操作していった。必要な情報はあらかた入力済みであったから後は微調整や追加の指示を出すくらいでそこまで大きな作業は生じない。クローズサーバ容量は膨大であるため、AIとウィルス両方を作りながら、製作途中のAIにアシストをさせるというよく分からない作業工程が発生していたりしていた。




「お前は、故郷は好きか」



 

 そんな折、アドベールは思いつめたような口調で聞いてきた。




「好きも嫌いもないな。考える余地も暇もなかったというか、気付いたらそこに生まれていて、学校に通って働いて、何もかも自然の流れのように住む場所が変わっていったから、特段思う事もないな」


「? お前、ラボにいた時は実家に住んでいただろう」




「……あ、NCIでの生活が強烈過ぎて、ラボで働いていた時の記憶が薄れているんだよ」




 迂闊にも日本にいた頃の話をしてしまっていた。気が抜け過ぎである。




「……それでも、帰る場所が変わっていないというのはいい事だ。ここは……俺の故郷は、もう俺の知っている場所じゃない」


「……」


「この際はっきりさせておく。俺はな。俺の故郷をそんな風にしたルブランが嫌いだ。だが、奴の力は認めている。だからこそ恥も何もかも捨てて俺はここに来たんだ。俺はクロックワークドミニオンに入苑し、プリンセスティアラの花婿にならなければならない。家のため、故郷のためにな。そのためだったらなんでもする。例え、お前と手を組めといわれても」


「コンコルディアで俺に付きまとっていたのは……いや、初めて会った時からやけに攻撃的だったのはそのためか」


「そうだ。謎の技術と知識を持ち、プリンスデケムと接近したお前を利用してやろうとしたのさ。そしてそれは今も変わらない……いいか、肝に銘じておけよ? 俺は、俺のためにお前と仕事をしているんだ。事が済めばただの他人。それだけは忘れるな」


「……分かっているさ」




 俺はデバイスを操作しながらアドベールに答えた。その日はそれから、口をきいていない。


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