ロジックボム3
これでおおよその条項はクリアした。しかし、端末検証できないのは痛いな……
作り出したのはレイモクエンでは発見されていないウィルスである。試し打ちなどしたら世界中のデータを司るプリンセスティアラに捕捉され目論見は水泡と帰すだろう。クローズでテストするといっても讃美歌卿の屋敷にはデケムの目があるから迂闊な真似ができない。
目標は当初の予定通りデケムだ。ハードから直でウィルスに感染させ、奴のメインCPUをハッキングしてやる。
改めて決意を固める。しかしどうすればいいのか、特に決行場所について頭を悩ませていた。デケムの通信が一時遮断されても怪しまれない場所……そして、そこへ誘うための理由も用意しなければならない。超高性能AIを相手に、僅かな違和感も残さずどうにかして罠に嵌めねばならないという難題に、俺の意識は若干の空回りを起こす。
そもそも通信制限が起こる場所などあるのか……どこへ行ってもなにかしらの手段で干渉、傍受されるだろうに……
デバイスの充電さえワイヤレスの時代である。あらゆる場所に電波は届き、足跡を辿られる。そしてデータの痕跡が不十分であっても修復は容易。どれだけ良くても嫌疑はかけられるだろうし、悪ければ完全に露呈し粛清される状況。不可能を可能にするための知恵が必要だった。
いけるのか……大丈夫なのかこれは……成否もそうだが、讃美歌卿の手を借りている以上「失敗しました」ではやはり済まない。自身の身を守るため俺にすべての責任を負わせるだろう。そうできるように手は打っているはずだ。これまでと同じように、俺の葬式で讃美歌が流れるように……!
冷静さは臆病を誘発する。恐怖と不安が、決意の炎に水を差した。しかしだからといって逃げるわけにもいかないし、そんなつもりもなかった。とにかく、やらねばならない。そんな想いで、必死に頭を振り絞る。
考えろよ。もう引き返す事もできないし、別の方法を実施するのも無理だ。成し得ねば、どう転んでも死ぬ。俺が死ねば世界は救えない。ここで成功させなくては、レイモクエンの未来はない!
深呼吸すると、意識を失いそうになった。久しぶりの緊張感と危機意識が呼吸をする度に脳から湧き出て心臓を大きく動かす。血の流れる音がどんどんと大きくなり、発汗と息切れを発症させる。ほとんどパニックに近かったが、頭の中は驚くほどクリアであった。
このレイモクエンで見てきた事、聞いてきたことを思い出せ。何ができて何ができない。この世界には何があって何がない。今の俺の力でどうやって目的を達成できる。
まるで長距離走をしているようだった。競争と違う点はゴールが設定されているかどうか。もしかしたら到達できる場所などなく、ひたすら走り続け、死という結末に到達する以外にないのかもしれない。それが俺の業であり、曲げられない意思だったのだろう。世界を救う、人を救う、そんな身の丈に合わない想いが、俺を突き動かしていたのだ。
「……これだ!」
その諦めの悪さが功を奏したのか、閃きを得た。気が付けば全身汗にまみれ、凄まじい疲労感に体が押し潰されていた。ファンダムで数日間寝たきりになった時以来の倦怠感に、もしかしたら、またしばらく床に伏していなくてはいけないかもしれないと一瞬思ったが、どうにか身体が動くことが確認できたため安堵した。
「いや、安心している場合ではない。さっさと動かねば」
シュバルがクロックワークドミニオンへ入苑するまで時間がなかった。タイムアップなど笑えもしない。ここからはより迅速に、より無駄なく進めていかなければ世界は救えない。俺は拳を握り、足腰に力を入れて立ち上がった。
「……よし」
デバイスに文字を打ち込み、急いで部屋を出る。向かった先は讃美歌卿の寝室である。
「夜分に恐れ入ります。レインです」
ノックをして、数分。入眠手前だったのか、扉を開けてくれた讃美歌卿の目は虚ろだった。
「どうした、こんな時間に」
「恐れ入ります。どうも、このデバイスの調子が悪いようで」
「壊したのか?」
「分かりません。この前海に立ち寄ったので、潮風で駄目になったのかも……」
「分かった。修理を頼んでおこう」
「ありがとうございます。それと……」
「なんだ」
「急な申し出となり大変恐縮なのですが、一度NCIに帰舎したく……」
「それは随分とまぁ……」
「申し訳ございません。以前、財布とデバイスを落としてしまった事をお伝えしたと思うのですが、その関係で局と連絡ができておらず……このままでは除籍となる可能性もありまして」
これは事実である。
NCI局員は外出時、定期的な連絡と報告が義務付けられていたのだが、俺は海に落ちて以来一度もそれを行っていない。外部デバイスでの連絡も可能といえば可能だったし、なんなら讃美歌卿やデケムに連絡を頼むという手段もあったにはあったが、NCI所属を証明する証書とデータを再発行するには直接本局で手続きしなくてはならないのだった。
「分かった。では、一旦仕事は他の者に頼むとするかな」
「恐れ入ります。また、デバイスの件、申し訳ございません。アドベールにも同行を頼んでおりますので、確認次第そちらにご連絡いただけると」
「……分かった。そうしよう」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたしました」
俺は讃美歌卿に礼を示してから背を向けて歩き出した。意図が伝わったかどうか一抹の不安はあったが、今は彼の抜け目なさを信じる以外になかった。
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