最低限文化的生活5

「お前がやっているのはすべて今までにない事だ。それらは今後、群れにとって必要になってくるだろうから、しっかりやれ」


「ありがとうございます。しかし、皆には狩りのやり方を覚えろと言われており……」


「他の者の声などなんとも思っていないだろう、お前は」




 お見通しである。




「そうですね。ただ、煩わしくはあります」


「次に何か言われたら私の名前を出せ。そうすれば、皆黙るだろう」


「ありがとうございます」




 この一言により俺は大義名分を得る。

 カオ様の言葉は非常に有用であり俺が欲しているものだった。イノベーションを起こしても認知と需要がなければ無意味。どれだけ汗を流しても無駄骨となってしまうわけだが、権力者の威を借りればそれを回避できるし、もし住居や栽培計画などについて反対多数となっても鶴の一声で覆してもらえるかもしれない。これは強力である。




「ムシク。これからは狩りばかりではだめだ。お前のように、ものを考えられる人間が先頭に立っていかなくてはいけない。上手くやれ」


「いささか買い被りいただいているようですが、やれるだけやってみます」




 この言葉は謙遜半分、本音半分である。現代知識やある程度の歴史、史実を把握しているのだからこの時代の人間より近代的であるのは当然。これまでの実績や経験もある事から多少なりとも傲りはあった。しかしながらそれまで。これまでの実績や経験は多くの人に助けられて積んできたもの。俺自身、己一つの力で成し遂げた事など何一つとしてない。小賢しくはあるものの、大局を見たり動かしたりできる人間ではないのだ。




「……お前はもう少し自信を持った方がいいな」




 俺の心境を看破した様なカオ様の呟きに「善処します」と返答。これにて呼び出しは終わり解放。小屋へと戻った。




 エーラは……いないか。




 中へ入るともぬけの殻。昨日渡した木の実の残りが幾つかあるばかりである。

 俺より年上のエーラはもう仕事をしている。植物を採り、籠や服を作り、紐を編む。あぁみえて立派な社会の一員なのである。




 ヒモになった気分だな。




 別にエーラに食わせてもらっているわけでもないのだが働いていないという負い目から情けない気分となった。精神衛生上、非常によろしくない。一刻も早く従来なかった仕事をクリエイティブしバリューを出さなければと奮起する。




 家屋はいつでも作れる。今回のように突貫での作業ではなく、丁寧に作れば改善は容易だろう。であれば、目下の目標は栽培の方だな。




 外に出て今一度栽培中の植物を確認。朝に見た時と変わりはない。




 多分、これでは駄目だな……




 小さな芽を眺め、直感的に上手くいかない事を悟る。というより、薄々そう感じていたが「ものは試し」の根性で深く考えないようにしていたのだ。


 駄目で元々。上手くいけば儲けもの。


 この精神は俺の仕事に対する基本スタンスであるが、それではまったくいけなかった。上役より直々に「やれ」と言われたし、そのための許しも得た。狩りはしなくていいとの言質も取った。ここまでお膳立てされて「駄目でした」は通用しない。なんとしてでも、何でもいいから成果をあげなくては未来がない。失敗したら、生餌にされて短い生涯に幕を閉じるのだ。死に物狂いで挑まねば、活路は開けない。




 足りないもの……肥料か……




 育てているのはいずれも気候に適した植物である。水の不足はないだろうと推察し、それ以外の部分で不足しているものは何かと考えると、栄養素ではないかという仮説が立った。土から掘って持ってきたとはいえ環境が変わったのだ。これまで補えていたエネルギーが枯渇したという事も十分に考えられる。




 しかし、どうする。堆肥など作った事がないが、俺にできるのか……駄目だ、そんな弱気な発想では駄目。何とかするという気概がなくては成功しない……考えろ。そして思い出せ。これまで生きてきた中で、少しでも役立つ知識があるはずだ……




 なけなしの知恵を絞り思考。想像。現代日本、エニス、アンバニサルの人生で記憶してきた内容を思い返す。容易に想起されるのが糞尿であるが、熟成発酵させなければ根が腐ると聞いた事がある。却下。次に動物の死体など。これも血液で腐ると聞きかじっている。却下。最後に、牡蠣の殻を使った農法とやらを昼のニュースで見たなと朧げに回想。これはいいんじゃないかと思ったがしかし、海がどこにあるかも、牡蠣が生息しているのかも分からない。




 牡蠣……牡蠣の殻の何が作用して植物が育つんだ……無機物……カルシウム……うん?カルシウム?




 脳の中で何かが光ったような気がした。




 ……もしかして、骨で代用できるんじゃないか?




 加工できない獣の骨は食事の最中そのまま地面に捨てられる。もし仮説が正しいのでれば、これを利用できるのではないかと一案。廃棄物で食べ物が育つのであればこれほど効率的な方法もないだろう。SDG’sの先駆けである。



 

 ともかく試してみよう。




 俺は共同の食事場へと向かい、落ちている骨を拾った。それらをまとめて土で洗い(水はまだ汲まれてきていなかった)、しっかりと汚れを落としてから粉砕。地面に混ぜて経過観察を実施。周りからは奇異な目で見られ、やはり「狩りを覚えろ」と批判されたが、全て「カオ様から言われている」の一言で封殺。権力最高。権威主義万歳である。


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