最低限文化的生活4

「できました」




 どんと地におく皿石器。盛り付けられた料理に名はない。強いていうならズタボロ炒め。日本にいた頃、あまり物を掻き集めてフライパンで熱した料理をかつてそう呼んでいたのだが、できあがった芋とひき肉の寄せ集めもそれと同一であると提言したところで異を唱える者はいないだろう。無様で不恰好な炒め物のでき損ない。それがズタボロ炒めである。これ以上適切な呼称はない。




「おいムシク、なんだこれは」


「食事です」


「こんな食事があるか。見た事がない。それになぜスープじゃないんだ。これではカオ様が召し上がれないじゃないか」




 パーソ、エニン、カニカの方を見ると明らかに様子がおかしかった。自分達が水汲みを忘れてきたからスープができなかったのだと推察する知能はあるようだ。




「ご心配なく。これはカオ様にも食べていただけるものです」




 どよめき。怒声が入り喧々。穏やかならざる空気の中で俺は針の筵。今までであれば萎縮してしまっていたがもはや慣れた。落ち着き払って説明を続ける。




「まぁ食べてみてください。もしカオ様のお気に召さなかったら生き餌になります。カオ様、それでよろしいですか?」


「……」




 カオ様は黙って頷きズタボロ炒めをヘラのように加工した骨で掬って口元に置いた。冷静を装い大見得を切ったが不安が消えたわけではない。カオ様がズタボロ炒めを咀嚼して飲み込んだ後の言葉でファンダムでの生活が続くか終わるかが決まる。早くも発生した生か死かの分岐点。アンバニサルでも味わったこの緊張感はどれだけ経験しても慣れるものではない。




「……」




 カオ様がズタボロ炒めを口にした。運命の瞬間である。




 ……


 ……


 ……


 ……




「……」




 ……長い。

 いや、長く感じただけかもしれないが、口が開くまで随分待たされた気がする。緊張のためか実際にカオ様が嚥下するまでに相当の経過を要したのか、今となっては分からないし、どうでもいい事だ。





「ま、悪くはない」




 発せられる一言。生存が決定。


 カオ様の容認に胸を撫でおろす。よかった助かった。この先も生きていけると心からの安堵。命が繋がった時の幸福といったらない。俺の望みの喜びはひとしおなもので、カオ様に続いて食べていった者達が次々に「うぅむ」と眉間に皺を寄せていったのも気にならなかった。




「味はともかく、食感は面白いね。初めて食べた」




 エーラの忌憚のない意見に「ありがとう」と一応の例を述べて俺もズタボロ炒めに手を付けると、眉間に皺が寄るのが分かった。マヨネーズとはいわず、塩でもあれば改善できるのだがない物ねだり。貿易できればいいのだがそこまで文明が進むのにどれだけかかるのか見当もつかない。この世界では塩分カットの健康食生活を余儀なくされそうだなと憂う。バターを使ったオムレツも味噌汁も味わえないというのはまったく、苦行だ。




「ムシクは今日何をするの?」




 遙か遠方の故郷の味について思いを馳せていると、またエーラが声をかけてきた。どうやら話は終わっていなかったらしい。




「何をって……まぁ、いろいろさ」




「その色々を教えてほしいな。ムシクは、私達の知らない事を知っているから」


「いや、そんな事は……」




 エーラの声を聞いた男が一人、また一人と俺を睨み始める。彼女の弾ける声が自分に向いていない事に不満を持ち、俺に嫉妬の炎を燃やしているのだ。これについては非常に申し訳なく思った。狩りをしている男たちの方が偉いのだ。彼らの望む者を不本意にも占有してしまっている現状に、後ろめたさを覚えないわけがない。




「ムシク」




 渦中、割ってくる男が一人。ムシュリタである。




「俺にも何をするのか聞かせてくれよ。狩りもせずこの先どうやって生きていくのか、なぁ」


「大したことはしないよムシュリタ。お前のように狩りが上手ければよかったんだけれども、そういうわけにもいかないから自分なりにどうやって群れに貢献しようか考えているんだ」


「狩りを覚えればいいじゃないか」


「それについては前にも話したじゃないか」


「納得してないんだ。だから同じ話であっても何度でも繰り返すぜ」




 なんて質の悪い奴だ。




 ムシュリタの純粋な熱意と対抗心に対してどう応えるのが正解なのかまるで分らなかった。強引で話が通じない。厄介なものであるが、不思議と嫌な気持ちはしなかったし懐かしささえ感じた。きっと、彼が少しハルトナーに似ていたからだと思う。




「ムシク。少しこちらへ来なさい」




 身動きが取れなくなった俺を救ってくれたのはカオ様だった。




「はい、ただいま参ります。それじゃあムシュリタ、エーラ。悪いけどもカオ様に呼ばれてしまったから行ってくるよ。それじゃあ」




 二人を置いてカオ様の元へ。といっても洞窟内であるためそれ程距離は離れていないが、顔役のカオ様との話に割って入るような事はできないから、二人は俺にちょっかいをかけるのを諦めてそれぞれ仕事や暇潰しに精を出さなくてはならない。そういう理である。




「なんでしょうか」



 

 カオ様の御前に際して拳を大地に突き立てる。「よい」と許しが出て、直立に戻る。




「今日の食事について、悪くはないが明日からはスープにしてくれ」


「はい」


「それから、水汲みを忘れた三人を庇うのはいいが、度が過ぎると良くない。今度同じような事があったまず私に報告するように」


「……はい」




 さすが、状況を把握していたようだ。頭が下がる。




「それから、今お前がやっている事なんだが」


「やっている事……」




「家の建設と、植物の育成だ」




「あぁ。はい……」




 栽培まで耳に入っているのか……




 群れの中で隠し事はできないようだった。年寄りというのは、つくづく耳が早い。


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