最低限文化的生活3

「ムシク。言われた通りできたよ」


「分かった」



 

 炉へ戻り辺りを見ると、ミンチになった肉と葉に包まれたポテトがあった。思ったよりも綺麗にできており、原始人というのは器用だなと思った。




「これでいい?」


「あぁ」


「どうするの? これ?」


「まぁ見ていろ」




 石器に芋を入れて蓋をしそのまま炉に乗せる。水はないが葉っぱの水分で蒸し焼きを作る算段。それまで焼く、煮る、炒める程度の手法しか使った事がなかったが完成系は描けていた。料理初心者が持つ謎の万能感である、




「肉はどうするの?」



「貸してくれ」



 

 ひき肉を一つにまとめて香草などと混ぜ拳大にかためる。その後、もう一つの炉に石器を置いて、熱を持ったのを見計らい肉を置いていく。作りたいのはそう、ハンバーグである。




「いい匂いがするね」


「そうだね」




 子供達の期待度が上がるのに気分を良くしてでき上がるのを待つ。これが上手くいったら料理の腕でのし上がれるかもしれない。そんな妄想を広げる。よく現代知識を使って異世界で出世していくとかスローライフを満喫するとかいった話があるが、自分もそんな物語の主人公に慣れるのではないかと儚くない希望を持ってしまったのをここに認めよう。日本で何もなし得てこなかった人間が他の世界に行って何かできるわけがないというのに、愚かな事である。




 そろそろかな。




 上機嫌で肉をひっくり返そうとする。が、ひき肉の強度が異様に低いのに、石器にへばりついて持ち上げられない。




 脂をひいてないからか……




 肉汁で何とかなるかと思ったが、誤算だった。ひき肉の底はがりがりに固まり焦げ付いている。そのくせ上は生焼けで柔く、時間が経過するにつれ形が変形していく。繋ぎもなにもないのだからこうなって然るべき惨状である。目も当てられない。




 ……しかたない。こちらはそぼろにしよう




 肉を混ぜ込み掻きまわす。自棄の勢いで思い切り満遍なく火を通していくとボロボロのひき肉が茶色になっていく。無情の色だ。




「わ」




 そぼろを処理していると子供が急に声を出した。「どうした」と視線をやると、芋の入った石器から水が溢れている。覗いてみると、葉の水分が出てしまって水浸しになっていた。葉は小さくなり芋は根肌を露わにしている。包み焼にするつもりがただの芋煮だ。それに……




 青臭い……




 一口舐めてみると草の味が広がる、それはそうだ。草から出た水なのだから草の味がするに決まっている。そしてその水に浸かって煮込まれている芋もまた草の味がするのは必然。早い話、食べられたものではないという事。




 困ったな……香草で誤魔化せるか? いや、厳しい気がする……それに数にも限りがある。一度にそんなに使うわけにもいかない。くそ、マヨネーズかカレー粉でもあれば……




「ムシク、どうしたの?」




 覗き込むエーラ。俺の顔はきっと青ざめていたのだろう。彼女の目がそう言っている。




「なんでもないさ。さぁ、もうすぐできるから準備を進めてくれ」


「分かった……」


 


 エーラを遠ざけて水を捨て、芋の皮を剥いていく。冷やすものがないので一苦労。爪先でちまちまとつまんでいくが、そのうち面倒になって止めた。時間がいくらあっても足りない。




 いままでも皮ごと食べていたんだ。今更そんな事を気にするものか。




 全てを諦めた俺は次に芋を潰していった。マッシュポテトを作りたかったのだ。歯を痛めているカオ様でもペースト状なら口にできるだろうと考えたのだが、知識とスキルが不足していた。できあがったポテトを手に取り味見してみるとやはり草の味が広がる。そのうえパサパサで口の中の水分がすべてもっていかれるのだ。どう考えても失敗の判定。食べられたものじゃない。つまりは塵にしたのだ。貴重な食料を台無しにした挙句、朝の活力を奪う蛮行。この時代では万死に値する。比喩でもなんでもなく、死ぬ。殺される。獣を誘き寄せる餌になるのだ。




 こんなところで、こんな事で死ぬのか? 冗談じゃない!




 あふれ出る生存欲求。死への恐怖が俺を動かす。どうにかしなければ、なんとかしなければ、生きなければ、そんなワードが頭を支配し脳を稼働させていく。死と隣り合わせの世界。死が当たり前にある世界だからこそ生が尊く感じられる。命の価値は、死によって定められているのだ。価値があるから手放したくない。




 どうする。香りと食感……今更どうにかなるか? 




 価値ある自らの命を守るために考える。有限の時間でどうやって生きるのか。この発想こそ、人類の発展、繁栄に繋がったのだろう。絶体絶命の状況であっても死にたくないという心の持ちようが活路を見出すのだ。死中に活である。




 脂……臭い……そうだ……!




 閃き。

 俺はでき上がっている肉そぼろに芋のペーストを投入してよく混ぜた。肉の脂と香草が渾然一体となったその様は食欲を減退させるような形であったが、鼻腔は擽られる。




 どれ、一口食べてみるか……




 一掬いして舌に載せる。草味は消えていなかったが、肉と香草の香りによってマイルドとなりむしろアクセントになっているようにさえ思えた。美味いか不味いかでいえば不味い部類だが、原始時代であるという事を考慮すればなくはないレベルである。




 これならなんとか……




 何とかなる。そう確信して、俺はエーラが用意していた石器に料理を載せていった。マッシュポテトとひき肉の炒め物を見る子供達の目には先程のような煌めきが失われ、懐疑的になっていた。


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