最低限文化的生活2

 意識を肉体に戻すと黎明の空色が窓から差し込んでいた。遠方では獣の鳴き声。原始の人間がぼちぼちと起き始める時間である。仕事は明るい内にしなければならない。俺は「さてと」と身体を起こした。




 ……あぁ、そうだったな。



 隣を見て、横になっているエーラと目が合った瞬間に思い出した。彼女と同棲しているという事を。




「おはようムシク」


「おはよう寝心地はどうだった」


「洞窟よりずっといいね。凄くすっきりしてる」


「それはよかったよ。じゃあ、ご飯の準備をしにいこう」


「うん」




 この群れでの食事は朝夕の二回。朝は子供と女が、夕は男が行う。夕食に関しては昼から準備してヤパの前か、手間取った場合はヤパの最中に食べる。どちらも準備が大変であり一苦労で、俺は改めて文明と叡智の偉大さを実感していた。そして、実感したからこそ、これまで学んだ文明と叡智について有効に使うべきなのである。




 さて。




 炉の前に座り、火を起こす。火は人類の発展を大きく加速させた偉大なる自然の光である。




「ムシクは火を起こすのは得意だよね」


「まぁ……」





 炉に火種を落として点火する作業は一見容易だが創意工夫がいる。ファイアスターターなどないこの時代、石を打ったり摩擦熱を利用したりとステレオタイプのやり方が主流である。

 これらの方法はやはり時間がかかるため、俺は自分用に改良した火打石を使用していた。剥き出てていた鉱物を削り出し細かな溝を作って摩擦力を強めたものを製作。この独自規格アイテムにより火起こしの工数は格段に短縮され五倍以上の効率化に成功していた。他の人間があくせくする作業を涼しげに処理できる素晴らしい逸品である

 このハンドメイドのスターターについてはあえて周知しないでいた。金属加工の手段が限られている時代、その技法、技術を持っていれば先駆者になれる。そうなれば俺の立場は確約されたも同然。食うに困らない地位を得られる。まだ研究の余地がある段階で早期に共有するのは競合を増やす愚行である。




「あら、水がない」




 エーラから、悠々と火を起こしてすぐの一言。二人で作業しているんだから先に確認くらいしてほしいものだ。




「昨日、水当番誰だったんだ」


「パーソとエニンとカルカ」


「またか……」



 

 パーソ、エニン、カルカは群れの中で中年に分類される女である。彼女たちは物忘れが酷くよく仕事をすっぽかすのだが、頑丈な子供を産む事に定評があるため基本お咎めなしとなっている。なお、子供を生めなくなった場合はどうなるか、きっと悲惨な未来だろうから、考えないようにしている。




「二―ラッドに報告してくるよ。エーラは火を見ておいてくれ」


「分かった」




 炉から離れて、子供をまとめるニ―ラッドの所へ向かう。彼の為人は、まぁ、原始人だ。主に食糧番をしている。




「ニ―ラッド」


「なんだ」


「水がない」


「どうして」


「昨日汲み忘れたようだ」


「どうする」


「どうするといっても……」


「食事がないと動けない。狩りもできない」


「それはそうなんだが」


「今から水汲んできても間に合わない」


「そうだな」




 一番近くの川まで約十キロある。往復で三時間以上。確かに、今から汲みに行っても狩までには間に合わない




「水がないとスープができない。カオ様が食べられない」


「あぁ」




 カオ様の歯はガタガタで固形物が食べられないのだ。狩りに行く男達も大事だが、カオ様も大事である。





「食事用意できないと俺達、餌にされる」


「そうだな。困るな」


「どうする?」


「なんとかするから肉と芋をよこせ」


「なんとかなるのか? 本当に?」


「信じなくてもいいが、その場合はニ―ラッドがなんとかしてくれよな。まとめ役なんだから」


「……分かった。ムシクに任せる。でも、何もできなかったら、ムシクが責任を取れ」


「分かった」




 ニ―ラッドから肉と芋を貰い炉へ戻ると起きてきた子供達が騒いでた。皆一様に深刻そうな顔をしていたりパニックになりそうな表情であったから、何があったのかエーラから聞いたのだろう。




「ムシクお帰り」


「あぁ……」


「ムシク! その肉と芋はなんだ!」


「まさか焼くつもりか?」


「カオ様が食べられない!」


「それはまずいぞ!」




 責め立てる子供達。彼らも生き残るために必死なのである。




「大丈夫だ。問題ない。ただ、お前らにも少し手伝ってもらうぞ」


「何をする気だ」


「まず、二手に分かれろ……そうだ、それでいい。で、一方は芋を葉っぱに包んでいけ。で、もう一歩は肉を鏃なんかで潰していけ。綺麗な獲物を使うんだぞ」


「なんでそんな事するんだ?」


「いいから言われた通りにしろ。終わったら呼べ」




 調理を子供達に任せ一旦小屋に戻る。植えた植物の様子を見るためだ。




 成長はしているが、遅いな。水をやってないから時間がかかりそうだ。もしかしたら成長しないかも。




 観察後、記録を小屋の表面に付けていく。簡単な記号で日数と成長速度を記していく方式。分かりやすくていい。




 栽培が成功したら畑を作って、その後に牧場を作ろう。柵を張って、適当な草食動物の番を捕まえて放逐して、家畜化して……




 こういう計画は考えている時が一番楽しいもので、いざ実行に移して運営していくと思った以上に苦労すると分かっているのに、ついすべて上手くいくと皮算用をしてしまうものである。それは料理も同じで、こういう形で、こういう味になるだろうと思って作っても、なにがなにやら分からないでき栄えとなる事が、ままあるものだ。


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