原始生活6
松明に火が灯され酒とナチュラルドラッグを用意している男連中の間を掻い潜り口座へ向かった。カオ様はいつもそこへ座り、ヤパの準備を監督しているのだ。
「こんばんはカオ様」
高座の下からカオ様を見上げる。メイクもエイジングもしていないこの時代、風に晒され続けてきた肌は粗い。
「ムシクか。どうした」
「すみません。少し、お話がしたくて」
「そうか。私もお前と話したかった。こっちへ来い」
「はい」
高座へ上がりカオ様の隣へ行くと、俺は両拳を地面に突き立てた。年長者を前にする際の習慣である。
「お前、家を建てたそうだな」
「え、あ、はい……」
カオ様の口から家という単語が出てきた事に驚く。その呼称は、この群れにまだ浸透していなかったからだ(なお、ここまでに記してある会話や単語は全て日本語に訳しているものであり、実際には家は“ウウツッ”といったような発音となる)。
「他の群れの連中とも話してな。うちでもやってみようと思っていたんだ」
「あ、そうなんですね。さすが、お知り合いが多いようで」
「長く生きていれば話す人間も増えるものだ。それで、家の住み心地はどうだ」
「完成度は低いですが、洞窟よりはいいかと」
「なるほど……では、導入の検討をするか」
「ご決断が早いですね」
「良いものは積極的に取り入れていかないとな」
「なるほど」
「ちなみになんだが、この先、他の群れとの併合も考えている」
「随分急な話ですね。軋轢とか生まれないでしょうか?」
「生きて子供を残せるのであればなんでもいいのさ。それに衝突を恐れていてはなにもできない」
「なるほど」
「ムシク。お前は頭がいいというか、変に物分かりがいい反面、物事を否定的に捉えたり先延ばしにする癖がある。考え方的には楽だが、いざという時に動けなくなる」
「恐れ入ります」
どの時代も年寄りという小言が好きなものだ。ただ、言っている事自体は間違ってはいないので戒めなければなと思った。
「それで。お前の方はなにについて話したいんだ」
「あぁ、そうですね。あの、以前、エーラが骨を加工して流通させようという話をした時、お怒りになったと聞きまして……」
「怒ったつもりはない」
「あ、すみません。まぁその、その、窘めになられたと聞いたのですが、どういった理由でかなと思いまして」
「……気になるのか?」
「はい」
「なぜ」
「え、いや、単純に便利そうだし、どうして反対されたのかなと」
「お前は何故、私は反対したと思う?」
「そうですね……骨を持つ者と持たざる者で明確な格差が生まれるのと、本来価値があるものが無価値になる可能性があるからですかね」
「そういった考え方もある。だが一番危惧すべきは、人、物、命が軽くなるという事だ」
「どういうことですか?」
「私達は生きる上で必要な事をやっている。動物を狩る、木の実を採る、道具を作る、子作りをする、話し合いをする……すべてに人が携わり、すべてに過程がある。それを骨一つで渡したり渡されたりするのは不健全だと思わないか」
「それぞれ必要な事や求めている事が違うのに、一律の価値を定めてしまうのは乱暴だと」
「まぁそんなところだ。ただ、いずれはそういう世界になる。人が増え、物が増えれば管理を徹底しなければならないし、分配の方法も考えなくてはいけない。そのうえでは、エーラがいったような構造は必須だろうな」
「だったら、何故反対をされたんですか?」
「まだその時じゃないからだ。この仕組みは人同士の信用を容易に破壊し、皆が皆を疑うようになる。今その状況になっては危険だ」
「群れが小さいからですか?」
「そうだ。そして、敵に勝てなくなる」
「敵って、獣とか他の群れの事ですか?」
「……シュバルツ」
「……!」
思わぬ言葉に耳を疑った。カオ様は“シュバルツ”と、確かにそう言ったのだ。
「ムシク、お前はここから北にいるハルマの連中を知っているか?」
「いいえ」
「やつらは私が生まれる前、この辺りにいる群れを狩り女を攫ったり食料を強奪したりしていたそうだ。当然抵抗したが、奴らの持つ獲物に手が出せなかった。轟音と共に発射される石は離れていても人間の身体を容易く貫き死に至らしめる。抗う術もなく、みんな死んでいったんだ」
轟音……石……銃……! マスケットか!
「その獲物はハルマのシュバルツという男が作ったという話だ。シュバルツはそれ以外にも群れの襲撃や略奪を指示し、命令を下していたという。群れは一様に蹂躙され奪われていった。シュバルツが死ぬまでな」
「……死んだんですか、シュバルツは」
「あぁ。死んだ後もしばらく狩りは続いたが、頭目を失ったハルマは恐ろしくなかった。すぐに撃退できるようになったそうだ。石を飛ばす獲物もいつの間にか使ってこなくなったと聞いている」
さすがに耐久性はなんともならなかったか。技術の伝承も失敗したようだな。無理もない。今よりも遙かに昔という事は、人間の知能も低かったのだろう。猿に教えるようなものだ。
「それなら、今更恐れる事もないのでは」
「ムシク。シュバルツは死んだが他の人間が同じ真似をしないと言い切れるか?」
「……」
「私は第二、第三のシュバルツが現れるような気がしてならないんだ。それまでに、群れを超えた関係を作って、この周囲一体を強くしていきたい。お前なら私の言っている事が分かるだろう」
「……はい」
「よし。それでは、ヤパを楽しめ。考える事も大切だが、楽しむ事も大切だぞ」
「分かりました」
辺りは暗くなっていて、松明の光が煌々と輝いていた。周りからは歌や骨を打ち鳴らす音が聞こえ、大変騒がしい。ヤパがもう始まっていたのだ。
俺は口座から降り、空を見上げた。
シュバルツ……
世界滅亡の使者は既に死んでいるが、この世界は滅亡に向かっている。いったい、何が起こっているのだろうか。
言い知れぬ不安。広がる星々が、今にも落ちてきそうだった。
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