原始生活5

 また、木の実を収穫する際もムシュリタは無言だったし、女の仕事であるからと手伝ってくれる事もなかった。まぁ一人分の木の実を採るだけなのだから二人で作業しても返って非効率ではあったのだが。




「終わったよ。行こうか」




 作業完了の旨を伝えると、ムシュリタ「おぉう」と唸って俺がもぎった木の実を二粒摘んで口に入れ、頬を搾った。




「食べすぎるなよ、なくなるから」


「分かってるよ」




 分かっていると言いつつさらに木の実を拾い上げたため、それ以上盗られないよう細心の注意を払いつつ帰路に着く。ムシュリタがヤパで騒ぐ歌を響かせながら歩く道中は非常に煩かったが、太陽が沈もうとしている時間は大変心細かったからよかったかもしれない。





「エーラ、帰ったよ」




 住居の扉を開けるとエーラは座り込んで編み物をしている最中だった。木の茎や蔓を使ったカゴを制作していたのだ。




「お帰りなさい」


「ほら、木の実……」



 持ってきた木の実を見せようとした瞬間、ムシュリタが素早くひったくって俺を押し退けた。




「エーラ、お前のために木の実を持ってきたんだ。さぁ、食べてくれ」



「ふぅん。いただくけど、摘んできたのはムシュリタじゃないよね?」


「当たり前だろう。木の実を採るのは女の仕事だ。俺がそんな真似をするか」


「だったら、ムシュリタにお礼を言う必要はないね」


「な……」


「ありがとう、ムシク」


「……」




 ムシュリタの視線が刺さる。そんな目で見られても俺は知らんという話だがフォローはしてやらなければという妙な義理難さが発芽し、俺はエーラに向かって、当人の代わりに弁明してやった。




「ムシュリタには護衛を頼んだんだよ。暮れ時は危ないからね。獣が出ても、僕一人じゃどうしようもできないから」


「そう、そうだとも! 俺はこの情けないムシクの安全のために同行したんだ!」


「そう、だったら、弱虫のムシクが悪いね。ちゃんと獲物が使えれば、一人でも大丈夫だったのに」


「……」


「そうだぞムシク。お前は弱い。さっきも言った通り、何でもいいから獲物の使い方を覚えろ」


「……考えておくよ」


「覚える気になったらいつでも来い。俺がしっかり教えてやるから」


「……」


「ねぇムシュリタ。そろそろヤパの準備をしなくちゃいけないんじゃない?」




 エーラは窓(といっても壁に穴を空けただけなのだが)に視線をやった。空の橙はもう地平線を弱々しく彩るばかりで、昼に見せていた支配の権化たる灼熱は完全に鎮火しようとしている。夜の時間、狂乱の時間が差し迫っているのである。




「お、もう夜になるか。それじゃあ、準備に行くか」




 夜にはヤパがある。ヤパは男たちが準備をするのが慣わしだった。ムシュリタが家屋から出ていくのを見届けると、頃合いを見てエーラが溜息を吐く。




「嫌だな。どうもムシュリタは好きになれないんだ」


「何故。腕は立つし狩りも上手い。これ以上ないってくらいいい男だろう」


「皆そう言うけれど、私にはあまり魅力に感じないんだ。どうしてかな」


「エーラがまだ子供だからじゃないかな。歳を重ねれば、良さに気が付くよ」


「うぅん。むしろ逆だと思う」


「逆?」


「うん。ムシュリタは私より一つ上で、小さい頃から他の男よりも力があって何でもできる子だった。それを凄いなって思っていた時もあったんだけど、段々とどうでもよくなってきちゃって……今じゃ、喋るのも嫌なくらい」


「そうか。でも、あいつは君の事が好きなんだ。仲良くしてやってくれ」


「そう、そういうところ」


「なにがだい?」


「普通はそんな事言わない。男って子作りしたい女の取り合いみたいな事するのに、ムシクにはそれがない。ムシクのそういうところ、私好きなんだ」


「……」


「ムシクは他の人と違う。考え方や生き方が私達とは別。それって、素敵じゃない?」


「しかし君は、狩りの仕方を覚えろだの、変な事を考えるなだのと言ってきたじゃないか」


「だって、皆の前では普通にしてくれたら、私がムシクと子作りしたいっていっても問題が起きないでしょう?」


「……どうだろうね。ムシュリタや他の男連中から目の敵にされそうだけど」


「そんなの放っておけばいいじゃない。一人前にさえなっちゃえばいいんだから。それに、いざとなったら二人で群れを出ていけばいいの。そうして子供を作って、子供と暮らして、また子供を作って、それで暮らして……死ぬまでそんな生活をするの」


「君は僕の異端な部分に惹かれたと言っていたが、今の話だと、生活自体は変わらないじゃないか。だったら、僕以外の人間と子作りして一緒に過ごしても同じなんじゃないかな」


「うぅん。違う。全然違うの」


「どこか?」


「胸がね、ドキドキしないの、他の人だと。私はね。ムシクとだったらどんな生活してもいいんだ。今と同じ生活をしてもいいし、変わった事もしようとしても、私はムシクについていくよ」


「気の迷いだね。今に忘れるよ、そんな気持ちは」


「じゃあ、ムシクが大人になってもまだ私がドキドキしてたら、子供を作ろ?」


「……僕は狩りができないぞ」


「斧や槍を使えないだけでしょう? ムシクは他の方法で動物を狩れる。うぅん。もしかしたら、狩りなんてしなくても食べ物に困らないんじゃないかなって私思ってるんだ」


「どうしてそんな事が分かる」


「なんとなく」


「……」




 俺はエーラを恐ろしいと思った。価値観が現代的かつ破滅的で、どうにも手に負えない。




 面倒な奴のお眼鏡に叶ってしまった。




 先行き不安。どうしたものかと一考するも答えは出ず、一先ずその場凌ぎとして「カオ様の所へ行ってくる」と言い残し外へと出た。こういう時は逃げるが一番であるし、貨幣についても聞きたかった。一挙両得である。


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