リバティ4
彼らの姿は間違いなく俺がネストを家畜化すべしと言った際に説明した様相だった。人の姿を消され、異形にさせられた人間達である。
「どうして……」
言葉が溢れる。理解が追い付かず、思考よりも先に声が吐いて出た。
「どうして? よくもそんな言葉が出る!」
ネストの一人が叫んだ。
「お前が! お前が俺達をこうしたんだ! お前が! お前は言ったから!」
「馬鹿な、あの話は頓挫したはずだ」
「俺はお前が言ってるとこを見たんだ! お前が言った通りになった!」
どうしてそうなってしまったのか。確かに俺の発案だが、実行前にリークし被害者は出ないはずだった。どこでどう間違ってこうなったのか。頭を働かせる前に、拳大の石が頭に当たり俺は地面に倒れた。ネストの人間が投石をしたのだ。
痛いな
熱を含む鈍痛。出血しているのが分かる。そしてこれから何が行われるかもおおよそ察しがついた。
「同じ姿にしてやる!」
群がるネストの人間が手や石で俺の顔を変形させようとする。耳を裂き、軟骨を砕いて鼻を引きはがし、髪を毟って、歯を折っていく。眼窩からは眼球が外され、顎も剥がされた。手足の指は潰されて、関節という関節は反対に曲げられ、睾丸は踏み抜かれ、覗いた傷口から肉と神経を掴まれ、内臓が取り出され、何度も何度も頭を叩き割られ、意識の続くまま、地獄の痛みのまま、俺はずっと、なすがままだった。
「お前が悪い! お前が! お前さえいなければ!」
破れかけた鼓膜にそんな言葉が届いた。そうとも、俺が悪いのだ。身の丈に合わない正義を執行しようとして、結果的に多くの人間を不幸にしてしまった俺が悪い。
器じゃなかったんだ。
痛みの中、生のある中、俺は自身の矮小さを改めて噛み締めた。
凡夫が人を救おうなどと烏滸がましい。義憤などに駆られず、大人しく平和な毎日を謳歌していればよかった。それで世界が滅ぼうとも俺の知った事ではない。全てコアの責任だ。そうとも、それでよかった。俺に、俺などに、いったい何ができるというのだ。
耳も聞こえなくなり、痛みも麻痺して、身体を破壊される感覚が続く中で後悔ばかりをしていた。その内に頭から脳みそが流れ落ちていくと考える事もできなくなり感覚は遮断。しばらく無意識を彷徨った後に、俺は目覚めた。そこは、いつも絶望が始まる場所だった。
「早かったですね」
コアである。奴は笑いながら俺に近付いてきた。
「人が死んだというのに楽しそうじゃないか」
「覚悟のうえなのでしょう?」
「……」
「ようやくこれまでのログを追えるようになったので確認したのですが、見直しましたよ。栄誉を全て捨て世界のために殉死する。英雄ですね。やはり貴方を選んでよかった」
「うるさい」
「おや、せっかくネストの人間を救って世界も平和になったというのに、何が不満なんですか?」
「救えてなどいない。俺は多くの人間を殺し過ぎた。不幸にし過ぎた。俺の決断と行動によってどれだけの人間が被害を被ったか、見ていた貴様なら分かるだろう」
「確かに間接的にそうなった人間もいますが、しかし比較にならない数の人間も救っているじゃないですか。大事と小事の区別くらいつくでしょう」
「人の命に、人生に、大きいも小さいもあるか!」
「そうですね。確かに命は尊い。皆一所懸命に生きている。だからこそ、より多くの人間が生きられる選択をすべきなのです。今回あなたの活躍で、どれだけの人類が救われましたか? 貴方が行動しなければ世界は滅びて全て不幸になっていました。残念ながら犠牲になった命もありますが、いわばそれは、交通事故みたいなものです。避けられなかった。仕方がないですよ」
「仕方がないだと? 人の命が仕方がないで済むわけがないだろう!」
「どうやら、随分とナイーブになっていらっしゃるようですね。まぁ無理もありませんか。最後があんな終わり方じゃ、まるで救いがない」
「……そこまで見ていたのか」
「おっと、そう睨まないでください。言っておきますが、私は世界に干渉できないんですよ。サーバをお貸ししたのがギリギリです。直接運命を変えるような真似はできません」
「助けろとは言っていない。あれは因果応報。俺の撒いた種だ。だが、どうしてあのネストの人間達はあんな風になっていたんだ。ネスト家畜化の話は頓挫したはずだろう」
「あれはウェルズという男がやった事です。あの後、貴方の死は大々的に報じられました。“アシモフ氏、暴走の果てに惨殺。暴かれた暴虐非道とその最後”なんて見出しが躍っていましたよ。移送中に逃亡して凄惨な最後を遂げたとされています。ハメられたんです。都合の悪い情報を持っていた貴方は」
「俺は独断でネストの人間を改造し、不手際で枷が外れて嬲れ殺されたと、そういう筋書きか」
「ご名答です」
「俺を殺したネストの人間はどうなった?」
「理性を失っていたとして射殺されました。まぁ、口封じでしょうね」
「……そうか」
「ちなみに貴方の墓には三名ほどお参りにいらっしゃいましたよ。名前は確か……ワイタ―、ヤーネル、ハリス……あ、このハリスって人は、貴方の墓を作った人ですね」
「……」
死後の事などどうでもよかったが、その三人が来てくれた事実が、胸を締め付けた。アンバニサルではずっと孤独だと思っていたが、そうではなかったのだ。その事実がなにより、俺の心を動かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます