リバティ3

 誰も彼も離れていったが、最後に寄り添ってくれた人間が過去に憎んでいた相手だというのは皮肉なものだ。最初から正直に全て話していれば協力してくれたかもしれず、俺も捕まらずに済んだかもしれないが、まぁ、たらればは無意味だろう。結局俺は、刑務所の中で現実を受け入れるしかなかったのだ。

 刑務所では雑居房に入れられ、カーストの最低で暮らす日々だった。嫌がらせや暴力は日常茶飯事で、皆、若くして成功した人間が転落してきたという認識で共通しており、その生涯を更に惨めなものにしてやろうと目をぎらつかせていたのだ。食事はだいたい何かしらのゴミが入っていたし、看守の目が行き届かない場所では傷が増えていった。だが、そんな事はどうでもよかったし気にする事でもないと思った。たまに見られる配信で、ネストの人間の生活環境がよくなっていく兆候が顕著に表れていたからだ。やはりヤーネルが上手くやってくれた。生きているネストの人間の他、俺のために死んでいった人達の命を救済してくれていた。また、彼らよりも遙かに劣るものの、俺の逮捕も無駄ではなかった事が、恥ずべき事だが嬉しく感じた。俺のこれまでの発言と行動によって人権派の動きが急速に強まりヘイトへの反発が激しくなっていったのだ。強大な力とカリスマ性が反転し批判の対象となると、それまでの働いていた力のベクトルが完全に逆となって作用し、凄まじい流れで世論が変化した。以前、俺が差別や格差を是正しようとしていた動きも悪意として捉えられ、真の意味での平等とはなにかという哲学めいた問題提起が社会全体で論じられるようになった(このあたりはヤーネルが情報操作をしていたのだろう)。巷では魂の解放、自由、完全なる独立を掲げるトゥルーリバティ(真実への放浪と意訳される)という思想が流行となる。

 トゥルーリバティはこれまでの価値観や固定概念を疑い、人として何が必要なのか、何に重きを置くべきなのかといった事を追求する哲学であるそうだが、残念ながら俺は深く触れる機会はなかった。あくまで個人的な感想をいえば現実味のない極めて馬鹿馬鹿しい暇人の暇潰しという表現をさせてもらうのだが、当人たちはいたって真面目に議論を交わし自由とはなにかと途方もない疑問への答えを出そうとしていたそうだ。なんにせよ、差別と人間について考える土台ができ上がった事については喜ぶべきだろう。予想以上の波及、伝播に、俺は十分満足していた。俺自身が、どうなろうともである。



 

 


「社長さん、出なよ」




 とある看守にそう言われて、檻の外に出る。

 なお、本来は称呼で呼ばれるのだが、俺は「社長さん」と侮蔑を込めて呼ばれていた。




「悪いけど出所じゃないよ。移動だ」


「房が変わるんですか?」


「違うよ。場所が変わるのさ。別の所に収監されるんだ」




 ニヤニヤと笑う看守に「どこへ?」と聞いたが「行けば分かる」としか答えられなかった。それ以上は無駄だなと思い、俺は警備に小突かれながら外に出て護送車に乗せられる。そうして長い時間をかけて到着したのは宇宙港だった。俺がネストへ侵入するために爆破事件を起こした、あの港である。専用の搬送口から車両ごと通行できる仕様のようで、俺は小さな駐車場で降ろされた。




「ロンデムを出るんですか」


「そうだ」


「行先はロプロですか? ネプですか?」


「行けば分かるよ」


「……」




 何も答えない警備に不信感を抱きながらも誘導されるままに歩くと、目の前には軍用の補給艦が停泊していた。




 これは、ネストへ物資配送をする艦か……




 その時、遅まきながらようやく理解した。俺がどこへ連れていかれるのかを……




「乗れ」




 急かされるままタラップを上り、そのまま艦内の懲罰室へと入れられる。




 ネストへ行くのか……政治犯用の隔離施設にでもなったのか? それとも流刑地だろうか……




 そんな事を考えながら過ごす。やる事はなく、途中で出た食事を胃に入れるくらいなものだったが退屈はしなかった。腹を決めてはいたもののやはり何か異様な事が起れば不安にもなるし恐れもある。普段行われていた嫌がらせ程度であればなんともでもなるが、人工惑星を出てわざわざ宇宙の辺境へ運ばれるというのは解せない話で、何をさせられるのか皆目見当がつかなかった。道中は睡眠の許可も出ていたが眠れるわけもなく、やる事もないのに時間が経過も早く、気が付けば重力装置特有の衝撃を感じ、俺はネストへ到着した事を知った。




「出ろ」


「……僕はここで何をするんですか?」


「前と同じように収監されるだけだ」


「……」




 補給艦から出され、護送車に詰め込まれた。護送車はそのまま走り、かつてネストの人間が強制労働させられていた区画に到着する。半分空いた工場の扉から動く事のない最新式の機器がチラリと見えた。傷も誇りも少なく、もうずっと動いていないようだったし、動く気配もなかった。そしてその周りには、耳鼻を削がれ、髪が抜かれた、入れ墨を掘られた人間が立っていた。ネストの人間だった。




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