リバティ2

 面会の際、俺はヤーネルにこう伝えた。




「近々逮捕されますので、ネストの人間をお願いします。諸々手筈は整えています」




 他にも色々と話したが、全て他愛なくどうでもいい雑な内容だった。

 ヤーネルは俺に文句も恨みも言わなかった。先の内容を伝えた際も、ただ「分かった。お疲れ様」と述べたばかりであったから、こうなる事は予想できていたのかもしれない。

 ちなみに彼が既定日数を大きく超えて違法に長期間拘禁されていたのはウィルズの越権によるもので、警察、検察、法務省に根回しをして裁判中の自由を封じていた。完全なる違法行為だがそれが許される状況であったし判決においても有罪が確定していたのだが、俺のリークによりウィルズは失脚。そのうえで、押収されたデータにはヤーネルの逮捕が冤罪であり、全て俺の責任のもとに実行されたとする証拠(捏造)が残されていた。理由も拘束力はなくなり、無事釈放となったわけである。

 さらに、俺はウェアラブルとアシモフグループの外部顧問として招集できるよう仕込みを終えていた。代表職を退任する前に次期人事に関する書類を製作しアップロード。そこに記載されているワンダー・エイブスという名こそヤーネルである。これは、彼がこの国へ帰化する前のものであるが公表されていないため誰も知らない。こういった場合原則的に帰化後の名前が登録名として使用されるが、過去、帰化前の名前であっても適法であるという判例が出ているため問題はない。お膳立てが済んだ状態でヤーネルが表舞台に戻れば、間違いなく上手くやるだろうという確信があったし、やはり上手くやったという事を刑務所の中で知った。ネストの人間の雇用と居住を保証し、自治権も認めさせた。驚くべきスピードで事態は好転していくのを見て、やはり持っている人間は違うなと痛感したものだ。そう、俺程度の人間が誰かを救うなど烏滸がましいのである。これまでずっと、常に誰かに助けられ、誰かに救われて生きてきたのだから……


 




「お久しぶりですね、ピエタ君」




 収監中、面会者が来たというから誰だと思ったら、俺のメンタルを担当していた軍医のハリスだった。




「何かご用でしょうか」


「君らしい挨拶だね。元気そうで結構だよ。大変だと思って励ましに来たんだけどもね。大きなお世話だったかな」


「……」


「そう睨まなくてもいいだろう。刑務所の中はどうだい。快適かな?」


「問題ないです。これで毎日シャワーが浴びられたら最高ですね」


「その辺りは人権派弁護士と活動家が今も騒いでいるよ。運がよければ服役中に変わるかもしれない。朝か寝る前に、熱いシャワーとコーヒーが許されるかも」


「セリドゥンさん。貴方、なんのために来たんですか?」


「励ましにと言ったと思うけどね」


「だったら不要ですので、帰ってください」


「……分かった。本当は、伝えたい事があるんだ」


「なんですか」


「そうだね……実のところ、言おうか迷って、来ない方がいいかなとも思ったんだけれども、やっぱり家族の事だから耳に入れておいた方がいいと思ってね」


「家族?」


「君のお母様が死んだよ。自殺だそうだ。お父様はアルコールと薬の過剰摂取で精神に支障をきたしている。施設に入るよう伝えているけどね。聞いてくれない」


「そうですか」


「すまないね。今の君に聞かせてもどうしようもない事だけれども、知らないままというのも、寂しいものだからね」


「どうして貴方が家族について知ってるんですか?」


「お母さまがね、君のスキャンダルが報じられてから私の所に相談に来たんだよ。それから、引っ越した後もやり取りをしていたんだけれども、突然警察から連絡があってね」


「そうですか」




 ふとハリスの目を見ると俺を慈しむような目をしていて、深い皺が弛む顔は何ともいえない表情だった。




 あぁこいつ、俺を心配してるのか。




 俺は初めて、このハリスという男の為人を知ったような気がした。過去感じていた脅威はなく、むしろ、俺のためを思っている人間だと直感したのである。そして同時にシュバルツの言葉が思い出された。




“バレていたんだよ。そのうえで見逃されたんだ”




 ……




「……セリドゥンさん」


「なにかな」


「ブリックさんから聞いたのですが、昔、外務省の命令で僕を追っていましたよね?」


「そうだね」


「その時、僕がやっていた事、もしかして全部ばれていましたか?」


「……君は確かに頭がよかったけれどね。あんな子供だましの隠蔽で、軍人の目を欺けると思うかい?」


「どうして黙っていてくれたんですか?」


「どんな理由があろうとも、子供が死ぬような事に加担したくない。それだけだよ。まぁ、私の我儘というか、小さな良心だけれどもね」


「……ありがとうございます」


「私が勝手にやった事だよ。ただね、せっかくこうして生きているんだ。これからは国や生まれで差別なんかせずにもっと人間を愛してほしいものだね」


「そうですね。考えておきます」


「……」




 答えに納得したのかしていないのか、ハリスは腕を組みしばらく俺を見据えた後、帰っていった。「また来るよ」と言い残して。


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