リバティ1
とうとう来るべき時が来た。
「ピエタ・アシモフさん。警察です。家の中を見せてもらいます」
早朝、インターホンの音で目覚めマイクを繋げると、機械的な声でそう告げられた。家宅捜査である。
叩けば埃は幾らでも出る。叩かれてこなかったのは政府の後ろ盾があったからで、孤立無援となればこうなるのは至極当然の成り行き。この時の俺は世に出ると危険な情報を握っているため捕まった方が国にとって都合がいい。この捜索は政府が噛んでいると見てまず間違いなかったが、それを確かめる術はもはやなく、なすがまま、部屋の中をひっくり返され、持っているデータも押収された。その中には違法な税金対策や亡命の準備が保存されている。当然、意図的にだ。俺は有罪となるため、故意に証拠を残したのだ(動きがなければまた俺から情報提供をしてやるつもりだった)。
「それではアシモフさん。詳しいお話をお聞かせいただきたいのでご同行いただきたいのですが」
「分かりました」
反抗する理由はない。大人しく連れて行かれる。
部屋の外に出ると野次馬が多くいて、心無い言葉を浴びせられた。
「犯罪者」
酷い響きだ、日本でもエニスでも呼ばれた事がない人称である。
「はい、じゃ乗って」
警察は野次馬を静止しようともせず俺をパトカーに誘導。罪人や容疑者を運ぶための車両であるのに逆に守られているような気分になったが、ボソリと聞こえた。
「若くして世界的な企業の社長になったってのに、なにをやってんだかね」
隣に座る若い巡査がそう吐き捨てたのだ。
返事は求めていないだろうし、なんと返していいかも分からなかったから黙っていた。
それからパトカーは道なりに、静かに進み、時折マスコミのフラッシュが光った(容疑者段階での撮影は御法度だがパトカーの窓越しの姿を写すのはグレーな領域であり手口としてポピュラーである)。
警察署につくと取調室に入れられ数時間待たされた。室内環境は悪く高湿。水も出ないから、座っているのも苦しい。室内には誰もいないがマジックミラーの奥からしっかり見られているために机に突っ伏す事もできない。まだ容疑者段階であるためそれくらいは許されたかもしれないが、実行する度量はなかった。
「お待たせ」
湿気と温度に苦労していると、ラフな格好をした中年男が部屋に入ってきて空調を操作して対面に座った。清涼な風が部屋に行き届き、今度は逆に身体を冷やした。
「押収したデータ、見させてもらったよ。まずいねあれは。なんであんなものを何の対策もなしに置いといたんだい。不用心だろう」
「物臭なもので」
「それだけ? 何か隠してない?」
「なにかとは?」
「他に悪い事やってて、かく乱するために分かりやすい証拠残したとか」
「フィクションに触れすぎですよ。それに、仮にやっていても喋るわけないじゃないですか」
「それもそうだ。ま、こっちとしては容疑さえ認めてくれればいいんだ。どうだい。自分が何をやったのか話してもらっていいかい」
「計画的な脱税と星外逃亡ですね」
「なるほど。こちらの確認した内容と一致している」
「そうですか」
「なんだかまるで他人事みたいだね。言っておくけどね。素直に言ったからって情状酌量なんて事はないからね」
「それは裁判所が決める事です。が、別に刑罰が軽くなる事を望んではいません」
「……一応伝えておくとね。本来脱税で捕まっても基本的には執行猶予がつくんだ。けど、君の場合は額が額だし、計画性があり、常習性も認められる。こうした場合は実刑。疑う余地なく刑務所暮らしになる。過去にも事例があるんだ。このままじゃ君、豚箱行きだよ?」
「そうですか」
「ただ君は若いし、才能がある。それをここで潰すのは非常に惜しい。そこでだ、君が持っている情報を全て渡せば、今回は執行猶予を付ける事を約束しよう。まぁ、執行猶予期間は長くはなるがね」
「司法取引ですか」
「そうだ。悪い話じゃないだろう」
「申し上げたように、僕は罪の軽減を望んではいませんので」
「いいのかい? 判例に則れば七年は確実に放り込まれる事になるんだぞ?」
「短いもんですよ、七年なんて」
「……」
人生三度目。すべて十年生きてきた。七年など大した数ではない。それに、俺の目的は既に完了しているのだ。檻の外だろうが中だろうが考える事は変わらない。生きる意味もない。どこにいようが、ちっとも興味がなかった。
「後で後悔しても知らないよ?」
中年の警察官はそれだけ言って取調室を後にし、しばらく遅れて俺も連れ出されて今度は留置所へと入れられた。狭く埃臭い部屋だった。
生きていくうえで不自由はしなさそうで、しばらくここで暮らすのも悪くないななどと能天気な事を考えていたら、思ったよりも早くに有罪が確定し刑務所へ移送される事となる。裁判で弁護士をつけず、一切の罪を認めた結果、陪審員達から満場一致で有罪。刑期は中年警察官が言っていた通り七年と三か月。執行猶予はなしの実刑判決となった。
そして、俺と入れ替わるようにして檻の外へ出ていく者がいた。ヤーネルである。
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