読めない心18

 臨時集会後、俺はブリックと公私に渡り付き合うようになる。

 ネストへの物資配送業務が始まったのと、集会での発案について話をする時間が増えたため繋がりが強くなり、奴の方から友愛の情を向けられるようになったのだ。


 ブリックは権利復古とはまた別に、差別主義としてネスト家畜化案に共感を寄せ俺に親近感を抱いていた。「ネストの連中に罰と責務を」が奴の理念で、会う度に何度も聞くに耐えない言葉を並べて馬鹿笑いを響かせるものだから眉を顰めないように苦労した。全ては目的のためである。心を削り、良心を削り、人である証を削ってブリックに追従した甲斐があり、年度が変わる前には必要な準備が整った。最新機材の搬入と新体制による強制労働は既に実施済みで、後はネストの人間から人性を奪うだけの段階。ようやく使命が果たせる時である。あらゆる書類上の承認が完了し実施まで三ヶ月というところ。俺はヤーネルとの面会を済ませ、ずっと隠しておいた機密文書とブリックの差別発言を抑えた音声。結合カメラで撮影しておいたネストの様子。そしてこれも結合カメラで予め撮影していた、例の非公式会議の様子をリークしたのだった。




 スクープ !政府の非人道的政策! 政治家とアシモフグループの黒い繋がり大公開! あらゆる証拠を一挙掲載!



 某メディアの表題である。匿名での情報提供時、「これだけ証拠の数があると何を表題にしたらいいのか分からないですね」とのメッセージが送られてきた。文体からでも喜びが伝わってきて思わず苦笑してしまったのだが、ここから笑い事ではない段階に入る。

 このスキャンダルが報じられると俺はすぐさまインタビューに追われ、事実確認、追求、非難という流れから、記者会見に至る。無駄なく効率よく至極速やかに準備された会見の場。ホテルのロビーに敷き詰められたマスコミを前に、俺は矢面に立たされた。




「アシモフさん。今回リークされた情報は確かでしょうか」


「リークというのは、何の事を指しているのでしょうか」


「非公式の集会に出席されたとか……」


「公式か非公式かというのはよく分かりませんが、集会に出席はしました」


「その集会にはどのような方々がいらっしやったのですか?」


「多くの方々がいらっしゃったと記憶しています」


「具体的には、どういった立場の方が参加されていたんですか?」


「様々な方がいらっしゃったと記憶しています」


「大統領も同席されたと聞いていますが」


「様々な方がいらっしゃいました」


「なるほど。では、その集会ではどのような話をされたのでしょうか」


「様々な話をいたしました」


「リークされた映像と音声を確認したところ、ネストへの迫害、弾圧、人権侵害を推奨する発言をされていたようですが」


「なんですかそれは。AI生成されたものじゃないんですか」


「専門家によると、間違いなく本物との事です」


「専門家にも色々な方がいらっしゃいますから、どのような方がどのような判断をされたのか、そこが重要かなと考えます」


「アシモフさんは、一連の記事に書かれているような発言はされていないという事ですか?」


「すみません、もう一度よろしいですか?」


「一連の記事の内容について、否定されますか?」


「あぁ、はい。えぇ、一連の記事というのがどれを指すのか分かりませんので、お答えいたしかねます」


「今お話ししている内容です。貴方が非公式の集会で、ネストの人間を迫害するような発言をされたのかという記事についてお伺いしています」


「現在協議中の内容もございますので、お答えできません」




 質問に明確な返答をせず同じようなやり取りが続き、結局何一つ答えが出ないまま終了した。会見の体をなしていないこの有様は大きく批判される事となる。この様子は全国で中継され、世界中に俺の醜態が晒された。誰もが知っている、誰もが後ろ指を差せる有名人に、俺はなった。市中を歩けは刺さる視線。俺を見る周りの目からは羨望の色が失せ、代わりにあらゆる侮辱が含まれる。時には直接「クソ野郎」との暴言がなげられ、更に酷い場合は生卵を投げられたり暴行を受ける事もしばしばあった。身心ともにボロボロとなり屈辱ではあったがこれは自分で選んだ道。泣き言は吐けない。

 ただ、家族役の人間にまで被害が及んだのはさすがに堪えた。

 アシモフグループの代表からは下ろされ会社からも追放されたが、元より俺には過ぎたものであったからそれはどうでもよかった。だが、俺の住んでいた家では連日破壊、汚損行為が行われ、父親役、母親役共に職場や地域住民から村八分となったのは、やるせなかった。 二人はしばらくしてどこかに引っ越したらしいが、俺に場所は告げられなかった(後に、母親役の女は精神薬とアルコールを常飲し廃人。父親役の男は細々と一人で不健康な生活を送っていると聞いた)。



 俺の周りから誰もいなくなった。尻尾を降っていた連中も「社長」と慕っていた人間も、皆離れてしまい、俺を攻撃する側に回った。

 だがそれでいい。そうでなければならない。ネストの救済は、そこから始まるのだから。


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