読めない心17

 ネストは各国がそれぞれ管理しているが無益な労働を強いるばかりで生産性の欠片もなかった。

 過去、何度か合理性を持った強制労働が提言された事があったそうだが、最新設備による半自動生産では懲罰の意味が薄れるとして棄却されており、そこは大統領からも指摘される。




「敗戦国の人間に国民と同じ仕事をさせるなど承知できませんね」


「そこはなんとでもなります。家畜と同じにしてやればいいんです。服を着せず、畜舎に詰めて、労働、睡眠、餌だけを与える。人間としての喜びと楽しみを奪い、尊厳を奪うのです。そうすれば誰もネストが自分達と同じ生活をしているとは思わない」


「……」


「人類はネストに目を向けていない状態です。宇宙の果てにある箱に押し込まれているというような認識しか持っていません。先の大戦の責任を負っているという意識すらない。世論は現在、ネストにおいても人権を認めるべきという寝惚けた事を述べる似非平等主義者が跋扈しています。戦争の悲惨さも、死んでいった人間の苦しみも悔しさも知らない人間が"ネストに自由を"とのたまっている。これは実に許容し難い。ネストに権利など不用。とことん使い潰すべきです」


「言葉が強いですね」


「そう、強い。しかし、そうあるべきです。かつてはそうだった。それだけの事をしてきた者達です。どうして遠慮する必要がある。非難すべき、罰するべき、刑するべきなのです」


「貴方の意見は分かりました。しかし、そのためには色々と準備が必要でしょう」


「当然考えています。まずネストに最新設備を卸し作業させて、その様子を公開します。そうして"あれだけの事をやっておいて、どうして普通に過ごしているんだ"という風に考えるよう民衆をコントロールするのです。これは全て計画の内。当初、市民はシュバルツや彼の国に憤激しました。そしてその後、私の誘導によって、要因を世界に蔓延る格差のせいだと結論付けた。自分で考えもせずにです。ここまで大丈夫でしょうか」


「続けてください」


「ありがとうございます。そう、民衆は考える事もなく格差のせいだと判断した。その次は、どうして格差が生まれたのかというフェーズに移る。ここで、枢軸国、ネストのせいだという風にする。ネストが母星を破壊しなければ格差は生まれなかったという歴史を作ってやればいい。勿論史実は異なりますが、そんな事は誰も気にしない。現在、我が国の収支は下方修正されたと発表されている。どこのメディアも取り上げ政府の支持率は下がる一方、国民の怒りは激しくなるばかりなわけですが、この怒りをネストに向けさせてやれば問題ない。財政の悪化は敗戦国の人間を生かしているせい。人道に基づいた過度な待遇維持によりコストがかさみ国民へ回す金が阻害されている。どうしてこうなっているのか。ネストの人間が必要以上の権利と特権を望み、安寧に暮らしているから。そう伝えるのです。すると、これまで享受できていたものがなくなり腹を満足に満たせなくなった国民は怒り、ネストを糾弾するでしょう。そうなれば後は思うがまま。ネストの人間ならなにをしてもいい。ありとあらゆる生産と仕事をネストの人間にやらせてもそれは当然の事だ。奴隷として使うのが正常だと認識するようになる」


「しかし、そうなったら、それこそ人権に対する意識が向くのではないですか?」


「そんな事は簡単に解決できます。ネストの人間の耳と鼻を削ぎ、髪を剃り刺青を掘ってやるんです。我々と掛け離れた姿形にしてやれば、同じ人間と思う者はいない。いたとしても少数。弾圧は可能です」


「……あまりに非人道的過ぎる。アシモフさん。貴方は狂っている」


「なるほど、狂っている。確かにそうかもしれない。しかし大統領。貴方は国民の目を覚まさせろと仰りました。そのためには、誰のせいでこんな結果になっているのか刷り込む必要があります。先程も申し上げましたが、貧困も格差も、自分達の生活が立ち行かなくなりそうなのも、全て先の戦争で母星を破壊した枢軸国が悪い。そう改めて教育しなければなりません」


「……」



 沈黙。一国の代表ともなれば軽はずみな発言はできない。人間を家畜化しようなどという意見にはとうてい賛同できないだろう。これは仕方がないし、そうなるだろうなと予想していた。狙いは別。この機に乗じる人間を誘うための罠である。




「生産性も上がるうえ、国民の捌け口にもなる。有効な手段ではありませんか」




 声をあげたのはアントン・ブリックである。




「アシモフ君の言う通り、敗戦国の人間などどうにでもしたらいい。我々の母星を滅ぼした罪は未来永劫消えはしません。これまで我々は博愛過ぎた。この機会に、当然の償いをしてもらってもいいのではないでしょうか」




 この発言に便乗し、「その通り」という野次が飛ぶ。これは、ブリックが属する派閥議員からのものである。



 随分前に記したが、所属派閥の弱体化によりブリックの外務省長官としての任期は残り僅かで、政治家としての寿命を迎えつつある。彼ら派閥の人間はなんとしてでも延命し、派閥の力を取り戻したいと考えるはずだ。その欲と打算から、俺の案に賛成する可能性は高いと思っていた。この非公式の集まりにより決定した事は当然秘匿となる。故に、内容を知る者に対しては厚遇をもって報いなければならない。加えて決議において存在感を残せば一目置かれる。政策の実施と運営に抜擢されたら他を出し抜いて政治力の大幅な強化が望めるわけだ。例え諸刃の剣、地雷、劇薬であると分かっていても、政治家、政治組織としては、手を出さないわけにはいかない。



「……それではブリックさん。アシモフさんと、この案についてお任せしてもよろしいですか?」


「はい。アントン・ブリック。並びに外務省一同、責任を持って、担当いたします」


「……」




 ここにきて初めてブリックと目が合った。喜びと野心に魅入られた瞳が、破滅への道を照らしているようだった。


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