読めない心16

「先の戦争で世界は一度滅びかけてから、改めて全人類が手を取り繁栄の歴史を歩んでいこうと誓った。秩序による平和維持を未来永劫に渡って遵守すると条約に定め、尊い命が犠牲になる事がないよう、各国の協力と理解の下、我々は今日人工惑星に住んでいる。にもかかわらず、また人類滅亡の危機が訪れてしまった。一人の若者が、人口惑星を破壊せんと凶行に及んだのだ。この事件は個人の被害妄想が産んだ悲劇であるが、問題なのは、その被害妄想がどのようにして作られたのかという点だ。事件を起こした張本人、ポール・シュバルツは貧困国の出であった。幼いころから両親を亡くし、路上で生活をする、所謂ストリートチルドレンと呼ばれる存在だ。その中でロンデムに住む人間の豊かさを見て、自身の半生と比較し、歪んだ感情が湧き上がってしまった。貧困が彼を狂わせたのだ。世界は平和になったが、まだ不幸は残っている。今後、第二、第三のシュバルツが生まれる可能性があるという事だ。シュバルツは自らの手記の中で、自分は世界の一部であり、誰も自分を傷つけられないと記している。しかしそれは妄想であり、結果は違った。私は彼を、この手で殺した。銃のトリガーは思いの外軽かったが、人の命を奪ったという事実は想像以上に重かった。それでも、私は彼を殺した事について誤った判断をしたとは思っていない。そうしなければ、人類を、世界を救えなかった。先にも言ったが、世界は、やはり不幸だ。私はその不幸を断つために、全身全霊、全知全能をもって、真の世界平和に貢献していく事をここに宣言する」




 某日、人工衛星移住記念日に呼ばれた際に俺が行ったスピーチの一文である。暗に貧困国を批判する内容であり、これは意図したものだ。このスピーチ以外にも俺は世界に対して貧困や差別について目が向くよう情報操作を実行し、世論は過激な平等論が主流となる。この世情を受けた富裕国と国連は貧困国や貧民層への支援を実施せざるを得ず、安定していた国の経済に陰りの兆候が見え始める。とくにベーシックインカムを導入している俺の国では収支のバランスが顕著に悪くなり予算修正を余儀なくされた。識者の中にはベーシックインカム廃止を訴える者もいたがそれは政府としてできない。国民から批判もされるし、支給のシステムの中に違法な金の動きを紛れ込ませているからである。ここで得られる金は私利私欲のために用いるのではなく、裏の政治資金として活用されるため、政党にとって必要不可欠な収入。絶つわけにはいかない。政府は資金繰りに頭を悩ませる事となる。


 ある日、その問題を解決すべく開かれた非公式の臨時集会に俺は召集された。各省の局長クラスが出席する非常に重大な場である。そこにはウィルズや財務省長官のアントン・ブリックも出席していたが、俺の方を見ようとはしなかった。




「アシモフさん。今回はお忙しい中ご出席いただきありがとうございます」




 そう言って話を進めるのは時の大統領である。




「いえ、国の未来を決める場に呼んでいただき光栄でございます。しかし、どうして私などがこの席に座れているのか、それが分かりません」


「結構。それでは、単刀直入にお伝えしましょう。貴方の平和的で平等な思想は実に素晴らしい。非常に理想的だ。しかし、理想は理想でしかない。現実を生きるためには、時に理想を捨てなくてはいけない時がある」


「仰っている意味は分かります。しかし、私にどうしろと」


「要望は二つ。一つはアシモフグループとアンデックスの利益を国に流れるようにしてほしい。そのための道は整えます。そしてもう一つは、現在の世論の動きを変えてほしい。平等で格差のない世界という夢から国民を覚ましてほしいんです」


「前者については承知いたしました。幾らでもお渡しいたします。が、後者についてはどうしたものでしょうか。世情は変わり始めたばかりです。市民の意識が反転するには、些か早すぎるかと」


「そうですね。まず、貴方が率先して行っている誘導を止めてほしい。そのうえで、メディア事業を使ってカウンターとなる思想を正当化する作品をプッシュしていくという手はどうでしょうか。私はコミックが好きでよく読ませていただくのですが、理想と現実の間で葛藤する主人公が、国民を救うために他を犠牲にするといったような内容なんていいんじゃないでしょうか。まぁ、素人意見ですけれど」


「素晴らしい構想です。しかし、それだけでは弱い。強力なカリスマ性を持った人間が率先してカウンターを決めると扇動しやすくなるかと」


「そういったアイコンとなれるような人物について、心当たりはおありですか?」


「チューコのワイタ―さんなどはどうでしょうか。彼は現実主義者で年も若い。また、実業者としての実績もある。今の世代にマッチするかと思います」


「素晴らしい案です。そうしましょう」


「それともう一つ、歳入と生産性を向上させられる方法がございます。お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」


「お伺いしましょう」


「ありがとうございます。それではお話しいたします。ネストを使うのです。ネストに最新の機材を導入し、でき上がったものを他国に売り出すのです。自動製造できない、価値のあるものを」


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