読めない心15

 静寂となった研究室。デバイスを見ると着信とメッセージが多数。ウィルズからも連絡があったが今はそれより部屋から出なければならなかった。技術チームをネストへ呼び隠し通路を隔てる壁を排除。「いやぁ助かった。さぁ早く出よう」と急かして、俺は無事ロンデムへと帰着した。そしてウィルズに折り返すと、すぐに商務省に来いとの事であったため、俺は指示通りに赴く。






「いったいなにがあったのか、説明してもらいましょうかね」


「それはもちろん。しかしこの後警察に報告しなくてはいけない事がありますので、手短にお話いたします」


「警察? ネストの衝突についてなら後に国で問いただす予定だが?」


「ネストを止めるために人を一人殺しましたので」


「……一体誰を殺したのかな」


「下請けの人間です」





 俺はウィルズに、シュバルツは他国からの密入国者で、妄想に取り憑かれた結果、人類に対して恨みを抱くようになり今回の騒動を引き起こしたと伝えた。貧困国の出であるため、裕福に暮らす人間が許せなくなったというシナリオである。






「それこそ、君の妄想じゃないのかね」




 よくできた話だと思ったが、ウィルズは渋い顔をして、渋い返答を述べた。




「だったらどれほどよかったか。なんとか衝突は阻止しましたが、信頼していた人間に裏切られ、計画は御破算。それに、今回の件について責任も取らなくちゃいけない。まったく、これから大変ですよ」


「そうだね。事実かどうかは置いておいておこう。それで、君は今後どうするつもりなのかな?」


「如何なる理由があろうとも人を殺したとなれば相応の罰があるでしょう。しかし今捕まるのはまずい。どうにかしたいですね」


「……今回の件、君は確かに社長責任を負うし、本当に人を殺したというのであればその罪に対しても償いをしなければならないだろう。しかし、罪人であると同時に世界の危機を救った英雄でもある。世間には、そちらの方を大きく伝えるべきだね」


「お力をお貸しいただけますか?」


「お願いをする際は、相手に見返りを用意すべきだよ」


「言い値でお支払いいたします」


「アシモフ君。勘違いしないように。私はなにも……」


「ウィルズさん。茶番はやめましょう。僕は今切羽詰まっている。言葉を選んだり思惑を考えている余裕はないんです。この部屋は僕と貴方の二人だ。誰に聞かれる事もない密室。何を口にしても問題ない。はっきり言います。僕の罪が放免となるよう取り立ててほしい。星間運送構想においてネストの運用は恐らく不可能となりましたが、まだやれる道はある。僕はまだやれるんです。貴方に……この国に貢献できると考えております」


「君、だいぶ無茶をしていると聞いているよ。役員からの不満が溜まっているようだ。そんな調子で大丈夫かな」


「そうですね。大丈夫ではないかもしれないです。今回もネストへ強行し、連絡も無視してしまっていましたので、役員連中は大いに腹を立てているでしょう」


「部下を蔑ろにするトップは落ちていく一方だよ」


「はい」


「またね。さっき言った役員の内の一人がね。"私だったら絶対あんな真似はしない。もっと会社を成長させられる"と言っているんだ。そして皆、その意見に賛同している」


「はい」


「このまま突き上げを喰らったら君、退任する事になるよ。これまでのような無茶はできないんじゃないかな」


「それまでに、できうる限り国に貢献いたします」


「……」


「ウィルズさん。どうか今回、よろしくお願いできないでしょうか」


「……分かった。なんとかしよう」


「ありがとうございます」


「ただし、これはラストチャンスだよ。今回で信頼を取り戻せなかったら、私は君を見限る。いいね」


「はい」


「……まぁ、頑張りなさい。それと、身の振り方を考えるように」


「……」




 ウィルズは露骨に蔑みの表情を浮かべていた。「まるで駄目だ」とでも言わんばかりである。ラストチャンスと謳いながら、既に、奴の中で俺は古い駒となっていたのだろう。求心力が衰え暴君のレッテルが貼られた若い実業家の行末は暗いと損切りの算段を立てているのだ。どのような理由があるにしろ、公に人を殺したという事実もある。今後のリスクを考えれば妥当な判断といわざるを得ない。


 だが、易々と使い捨てられるつもりはない。俺は、逆にウィルズを利用してやるつもりであった。




 身の振り方を考えるのはお前の方だ。




 呪詛を吐き商務省を後にして、警察へ。対応した人間に脚色された内容を話すとすぐにスクープとなる。未だ混乱冷めやらぬ中、俺に対する世間の声は賛否両論。印象操作を行なっての結果であるから実質否の方が多数派である。

 だが、シュバルツが持つ法律上の国籍(違法取得した国籍に記載されている出生国)へヘイトが向くように工作をすると一変。差別が盛んとなり俺の行為は肯定され英雄視されるようになった。また、政府の方でも調査内容や見解の報告書について有利な記載が絶妙な塩梅で差し込まれイメージは好転。シュバルツを殺した罪で立件されていたが超法規的措置により無罪放免となる。ここまで約半年。この半年で俺は、民衆の大半を味方につけていた。


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